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第六十話「空の旅」

 


「ここからの景色は何度観ても飽きないわよね?」

「ボクはちょっと飽きてきたけどね…」


 ちょっとじゃ無さそうな顔で私を見上げる銀一。

 そして、ぐいーっと前足を突き出して猫伸びしたかと思ったら、跳ねるように広いデッキへ駆けていってしまった。


「もう…相棒とこう言う時間を過ごすのも大事なんだからね……」


 思わず銀一の後ろ姿に口を尖らせると、銀一はサッと身を低くして立ち止まり、キュッキュッと鋭く方向を変えたりジャンプしたりと、まるでアダマーレムと戦っていた時みたいな動きを始めた。


 見えない敵でもいるの?


「ギギ! 敵はどこにいるの!」


 私は即座に火炎球ファイアボールを作り出して叫んだ。


「アハハ。これはイオンを護るための鍛錬だよ?

 それに、もしボクの援護をするにしても火炎球ファイアボールはないでしょ?

 そんなの発射したら飛行船が丸焼けになっちゃうよ?」

「…………そ、そうね……」


 なんだ。紛らわしい……。

 でも、頼もしい限りよね。


「早く消さないと本当に火事になっちゃうよ?」

「あ、ああ……」


 頼り甲斐のある相棒の忠告通り、危ないので火炎球ファイアボールを消火する。

 あわあわ消火する私を呆れたように笑った銀一は、ヒュンと鋭く飛躍して、またさっきの続きを始めた。


 私には銀一もいるしレムもいる。

 それにルークさん達だって。

 そう考えると私は心強い味方に恵まれてる。


 うん。きっと王都まで無事にたどり着くね。



 空の旅も今日で五日目。

 初日はジーニャさん騒動があったり、命を狙われてるなんて言われたりして、一体どうなるんだろうと思ったけど、その後は拍子抜けするくらい平穏だった。

 なにより天候にも恵まれて、実に快適な空の旅を満喫している。


 なんてったって眺めがいい。


 眼下に広がる雲の隙間からは、山や川の美しい自然が臨め、時にはオモチャみたいに見える農村風景などを楽しめた。

 今は山間の上空を飛んでいて、鬱蒼とした森が私の目を癒してくれている。


 そして不安に思っていた原動力、飛行石ボーイングは実にいい仕事をしていて、滅多なことでは揺れたりしないので、空の旅を更に極上のものにしてくれている。


 この乗り心地を体験したせいか、今では飛行石以外でこんな大きなものを飛ばしちゃダメな気がする。

 もう飛行機なんて怖くて乗れないよ。

 ジェットエンジンとか、所詮は機械だもんね。

 故障したら墜落するし、なにより燃料がないと飛べないしね。

 機体だってあんな重い鉄の塊より、木造の方が軽くて効率的で環境にも優しい。

 それに見事な彫刻で装飾された船体は、乗り物の域を超えた美しさがある。


 まさに空飛ぶ芸術品。


 思いのほか完璧な乗り物なのよ、こっちの飛行船。


 そして、食事もちょっとしたサプライズがあって充実している。

 なんとジャーナイルさんがロマロピューレ※を差し入れしてくれていたのだ。

 定食屋で食べたのは試食と賄いの時の二回だけだったので、もっと食べておけば良かったと思っていたのよね。

 おかげで、またカーニャロウズのロマロ煮込み※が食べられた。

 ありがたい限りよ、本当。

 ただ、飛行船にはメッコローナ※粉しか積んでないそうで、残念ながらオムライスは作れないんだけどね。



【イオンの食メモ】


※ロマロピューレ

限りなくトマトピューレ。

ロマロはまさにトマトのことで、こっちの世界では食用と言うより主に観賞用。便秘薬としても知られている。

味は青臭いし酸味が強くて硬いので、火を通すのがオススメ。


※カーニャロウズのロマロ煮込み

ビーフシチューみたいなもの。

ロマロピューレと生のロマロをワインと一緒に煮込んだカーニャロウズ。

食サンロールを一緒に煮込んだバージョンがオススメ。


※メッコローナ

細長いタイ米が、30センチくらい極端に長くなった、スパゲッティーニの乾麺みたいな形状のお米。

米粒サイズに切ることでお米を再現!

ジャポニカ米に比べてパサパサ感があるので、炒めたりそのままリゾット風にするのがオススメ。



 そんな食のサプライズもあって、ますます空の旅を快適に過ごせていた。

 ジャーナイルさんには本当に感謝しなきゃよね。

 また何か新しいメニューを考えて教えてあげよう。うん。


「今日の眺めはどうだ?」

「あ、ヴィンツェントさま…」


 振り向けば満面の笑みの御子息くんが立っていた。

 御子息くんとは、こうして毎日景色を眺めながらお話をしている。


 昨日までは主にジーニャさんの処遇なんかを話していた。

 ジーニャさんは相変わらず拘留されたままで、今の感じだと王都まで解き放つことはないみたい。

 そして王都へ着いたら着いたで、牢獄へ入れる話にもなっているのよね……。

 なんとかそれまでに容疑が晴れてくれるといいんだけど。

 だって、そもそもジーニャさんは冒険者のお仕事を休止してまで、私の護衛を買って出てくれたんだし、これが冤罪だったら申し訳なさすぎる。


「今日もとても綺麗です。天気もいいですし、本当、快適な空の旅を満喫していますよ」

「それは何よりだ。ただ今日は竜王山脈を掠めて進む故、多少の揺れがあるかも知れないぞ?」


 だから鬱蒼とした森が続いていたのね。

 でもまだ言うほどの揺れはないし、ただただ森の緑が気持ちいい。


「しかし、確かにこの度は天候にも恵まれ、なかなか良い空の旅になっている。

 これもイオンが竜神に愛されているおかげだな?」

「竜神…ですか?」

「そうだった、イオンは記憶を失くしていたのだったな?

 古より天候は竜神の機嫌次第で左右すると言われていてな。竜神に愛されている者は、こうして旅に出た時には晴れの日が続き、また、雨が降って欲しいと願えば雨を降らせるとの言い伝えなのだ」

「へぇ〜。そんな言い伝えがあるんですね?」


 言ってみれば晴れ女ってことかしらね?

 まあ、昔からどちらかと言えば晴れ女だったかも。

 でも竜神に愛されてるって、ある意味素敵な言い回しだけど、魔王云々のアレを考えるとなんか微妙よね……。


「そうだな。だが、これは単なる言い伝えではなく、今では魔力量が多い者ほど竜神に愛されると魔学的に立証されているのだ。

 イオンは魔力量がかなりあるようだから、この晴れ続きはイオンのおかげだろうな?」

「……………」


 ここでもまた魔力量か。

 竜神に愛されるって、やっぱりNGね……。

 それにしても魔力量の基準がわからないよな。


「魔力量って、普通はどんな数値なんですか?」


 いい機会だから聞いてみることにした。



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