第五十九話「容疑」
「イオン、早速お前は狙われてるみてぇだ」
唐突に話し出すルークさん。
ルークさんの隣では御子息くんがふむふむと頷いている。
私が狙われてるって……誰に?
「出発前に王都より情報が入ったのだ」
「情報……」
「そうだ。ある公爵家が空賊に見せかけた襲撃を企てているとな?」
空賊……。
銀一も言ってたわね。
チラリと肩の銀一を見ると、銀一は耳をピンと立てて真剣に聞き入っていた。
その姿は下から見てるせいか幾分勇ましい。
それにしても空賊って………。
「まあ襲撃を回避するため、航路を度々変更しながら向かうことにしたので、滅多なことでは遭遇することはなかろう」
私が不安な顔をしていたせいか、御子息くんは優しい口調で続けた。
「そうだ。それに遅かれ早かれこうなる事はわかっていたからこそ、こうして俺たちがついてきてるんだ。そう心配することねぇぜ?」
「ありがとうございます…」
ルークさんがテーブルに身を乗り出して言ってくれる。
「ただ空の上だと万が一ってことがあるから、最悪の場合に備えて先に伝えておくことにしたの。イオンもそのつもりで用心するのよ?」
用心って言われても……。
と思ってたら、ニーナさんが白い腕輪を私の前に置いた。
真珠みたいな綺麗な白い石が連なって埋め込まれた銀色の腕輪だ。
「もしもの時はこの腕輪に魔力を注入しなさいね。イオンくらいの魔力保持者だったら、簡単に宙を浮くことができるわ」
「宙を浮く?」
「ああ。最悪の場合はそれで脱出するんだ。戦闘が終わったら拾いに行くが、万が一はぐれるような事があったら、とりあえず一人で王都へ向かえ」
「ひ、一人で?」
「最悪の場合だ。必ず追いかけて合流するから安心しろ。これは王都への地図だ。これもあくまで万が一を考え、用心するに越したことねぇから渡しとくだけだからな?」
そうしてルークさんから地図を渡される。
地図は肉厚の和紙みたいに見えるけど、何かの皮でできてるっぽい。
どちらも使うことがなければいいけど……。
「ここまでは、もしもの時に備えてお前に言っておきたかったことと、渡しておきたかったものだ。次はジーニャについてだ」
「ジーニャさんについて…」
ルークさんはそう言ってニーナさんを見た。
ニーナさんは小さく息を吐いて私に体を向ける。
「イオン、ジジはヴィンツェントさまが言っていた、ある公爵家に通じてる可能性があるの」
「通じてるって言うのはスパイみたいなことですか?」
「そうね。ただ、あなたに剣を抜いたことを考えると、暗殺の依頼を受けてる可能性だって考えられるわ」
「あ、暗殺って……。ジーニャさんはそんなことしませんよ!」
「お前に剣を抜いたのは事実だ。暗殺の容疑は消せねぇ」
ルークさんが静かにそして力強く言い切る。
確かにあの時は死ぬかと思ったけど、あのジーニャさんが暗殺者なんて考えられない。
「イオン。お前の気持ちもわからなくないが、未だに剣は落っことしたなんて言い訳してるヤツだ。私もルークやニーナ同様、ジーニャは間者であると同時に、あわよくばお前の暗殺を目論んでいたと考えている」
「…………」
まだそんな言い訳してるんだあの人。
もしかしてレムのことは内緒にしてって頼んだ、あの私との約束を守ってるの……??
…………。
「あの……ジーニャさんはコレの正体が知りたくて剣を抜いたんです」
私は正直に話すことにして、バッグからレムを取り出してテーブルの上に置いた。
だって、もし私との約束を守るために冤罪になったら、ジーニャさんが可哀想すぎる。
「なんだソレ?」
「私の作ったゴーレムです。このゴーレムを斬りつけて剣が折れたんです」
「まさかこんな小せえゴーレムでミスリルの剣が折れたのか?」
ルークさんは驚いた顔でレムを手に取った。
「ええ。例の魔力量のことがあったので、ジーニャさんには内緒にしてもらっていたんです」
「例の魔力量って言うのはどう言う事だ?」
当然ながら御子息くんが疑問の声をあげる。
「いや……ま、まあイオンはかなり上級の魔法が使えるんで、魔王クラスと誤解されないように使用を控えさせていたんです…」
「魔王クラスとは本当の事なのか?」
「……イオンは記憶を失くしているせいか、オミニラーデに魔力量が出ないんで、あくまで誤解されないようにって話ですよ…」
「そう言う事か……」
流石のルークさんも急に持ち上がった話のせいか、言い訳する声が少し上擦っていた。
「ですから、ジーニャさんは私との約束を守って、落っことしたなんて嘘をつき通してるんですよ!」
話を逸らす意味でも声高に話を戻すことにした。
「しっかし、そぉ〜いつがミスリルの剣をねぇ〜」
今まで黙っていたジョシュさんが間の抜けた声をあげる。
明らかに場違いなテンションだけど、逆にそれが緊張感を解いてくれて少しホッとする。
「まぁ〜本人が言うんだから、ジーニャの暗殺云々はねえんじゃねぇかぁ? そぉ〜れにアルギーレに連絡したことは認めてたんだろう? 俺が暗殺者だったらそんな事は認めねし、まぁしてや自分から白状なんかしねぇぜぇ〜?」
「そりゃそうなんだが、あのジーニャだぜ? 何考えてっかわかったもんじゃねぇからな…」
確かにジーニャさんは何考えてるかわかんないわよね……。
勝手にパーティメンバーにされてるし、正直意味わかんない。
ところでアルギーレって誰だろう?
「アルギーレって誰なんですか?」
私の疑問に御子息くんを筆頭に、みんなの非難の目がジョシュさんに集まる。
ジョシュさんは一瞬バツが悪そうな顔をするも、舌を出して戯けてみせる。
どう言うこと?
「例の公爵の家名だ。イオンが『運命人』ならば、今後嫌でも付き合って行かねばならぬ故、できるだけ名前は伏せておくつもりだったのだ…」
「どう言うことです?」
うん。意味がわからないよ、御子息くん。
「余程の証拠があれば断罪できるが、向こうもそう馬鹿ではない。企てが失敗したとしても関与を有耶無耶にして、その後も平気な顔でお前の前に顔を見せるだろう。貴族というのは、そうした腹黒い相手とも素知らぬ顔で付き合わねばならぬからな。お前はそうしたことに慣れてなかろう? なので要らぬ情報を得ることで、お前が後々付き合い難くならぬよう伏せていた訳だ。知らずに済むのであれば、煩わしい貴族の付き合いも少しは楽になると思ってな?」
「はぁ…」
わかったようなわからないような……。
とにかく私を思って名前を伏せていたってことかな?
「話を戻すが、ジーニャにはまだ間者の疑いもある。疑いが晴れぬ内は解放し兼ねる故、今しばらく様子を見ることにする。良いな?」
御子息くんが厳かに声高に言った。
ジーニャさんの疑いは晴れないのか……。
ジョシュさんで少し和んだから期待してたのに。
まあ暗殺の疑いが晴れたようだからまだマシか……。
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