第五十三話「出発前に皿洗い」
「イオンちゃん、もう出発なんだろぅ? 出発の準備もあるだろうし、皿洗いなんていいからもう上がっておくれよぅ」
「準備と言っても荷物なんてほとんどないですし、ギリギリまで働かせてください」
ジュリエルさんが呆れ口調で現れた。
こんなやり取りもこれで四回目。
急に私の王都行きが決まってしまい、お店にだって多少は迷惑をかけるんだから、今日は特に最後までしっかり働きたい。
私にとってここは、異世界にきて初めての職場。
短い期間だったけど感慨深いものがある。
それにジュリエルさんたちはとても親切で、異世界で最初の職場は凄く恵まれた良い職場だった。
今日は娘さんのジェシエルさんも来ていて、早速オムライスの玉子焼きのコツを教えてあげた。
実は新メニューで忙しくなるのを見越して、ジェシエルさんに来てもらったそうなんだけど、玉子を焼く引き継ぎもできたしタイミングが良かった。
ジェシエルさんは二人の娘だけあって、教えたこともすぐに覚えて器用にこなしている。
実際、昨日の忙しさを思うと、ジェシエルさんの加入で少しホッとしている。
そして例の客寄せ目的での置き土産、アダマーレムの像の寄贈は叶わなかったけど、あの新メニューが置き土産になってくれればいい。
本当にアダマーレムが客寄せになるかわからないしね?
良かれと思ってやったことが裏目に出る可能性も否めない。
それに今となっては正直な話、裏目に出そうな発想だったと自覚してもいる……。
なんてったって邪魔だしね。
そのレムは今、斜めがけバッグの中にいる。
ちなみに銀一は肩の上。
レムのことは説明が面倒だし、魔力量のアレがあるから、ルークさんやニーナさんには今のところ伏せている。
『運命人』の他に魔王認定を受けるのもアレだしね……。
とにかく、ゴーレム使いがどんな立ち位置なのか聞くまでは、レムの存在を内緒にしておくことにしたのだ。
そう言う訳で、レムは私と銀一以外の人がいる時はおしゃべり禁止にしている。
そして体も小さいまんまでいてもらってる。
もう完全にフィギュア状態。
レムは真面目で私の言いつけをしっかり守ってくれるのだ。
時折バッグの中を覗くと、目をピコピコ点滅させて嬉しそうに合図を送ってくる。
銀一とは違う癒し系の御仁なのだ。
「そうかぃ…。でもキリが無いし、時間が来たら適当なところで上がっておくれよぅ?」
「はい。ありがとうございます!」
そうなのだ。
定食屋さんは大盛況で、さっきから引っ切り無しにお皿が運ばれてくるのだ。
まさに嬉しい悲鳴と言うやつ。
そんな訳で、ジュリエルさんとのこんなやり取りも多くなってしまったと言える。
また何か新しいメニューが思いついたら教えてあげよう。
王都に行けば、ここでは見たことない食材とか料理とかに出会えるかも知れないしね。
「イオン、やっぱり飛行船で行くの?」
「うん。なんか急いでることだし、わざわざ辺境伯さまが飛行船を出してくれるって話だから、無下に断れないらしいわ」
今朝の話で、王都へは辺境伯さま所有の飛行船で向かうことになったのだ。
銀一は飛行船が苦手らしく、陸路で行きたいみたいなの。
私もどちらかと言えば飛行船には乗りたくない。
だって、動力が飛行石って魔石なのよ?
石コロに命を預けたくない………。
常識が違うのはわかるし、自分だって魔法を使えたりしてるんだから、魔石の力を信じてあげたいところだけど、やっぱり不安になってしまう。
飛行機にだって乗ったことがないから、尚更石コロで空を飛ぶなんて怖くて仕方ない。
そんな訳で、銀一も嫌がってることだし、ルークさんに陸路での王都行きを頼みに行ってみたんだけど、辺境伯の好意を無下にできないし、陸路だと五ヶ月はかかるそうなので、ギルドを留守にすることになるルークさん的にもありがたいのだとか。
それに、旅慣れない私が一緒だと半年以上かかるかも知れないから、クサピに譲ってあげる予定のグローグリーのことを考えたら、往復するだけで王位継承が決定する日を過ぎてしまう恐れがあるので、その意味でも願っても無いことだと言われた。
もう飛行船で行くしかないのだ。
「気持ちはわかるけど、もう陸路は諦めてね?」
「わかったよ……。でもボク、地上から離れ過ぎると魔力が低下するから、船内で何かあったら、イオンを護ってあげる自信がないんだよね?」
そんな心配をしてくれてたんだ。
相棒想いなんだね、銀一。
「でも船内では辺境伯さまのご家来もいるし、何よりルークさんやニーナさんも一緒だから大丈夫よ? でもありがとね、ギギ」
「ダイ、ジョ、ブ、レム、イル」
可愛らしい声がバッグの中から聞こえてきた。
そうだ、レムもいるのよね。
「そうね、レムもいるのよね。お願いね、レム?」
「レム、イオン、マモ、ル、ダイ、ジョ、ブ、ギギ、ダイ、ジョ、ブ」
「アハハ。そっか、レムもいたね? じゃあ頼んだよ、レム。でも、レムはまだみんなには秘密だから、最悪の事態じゃなければ出てきちゃダメだよ?」
「ハイ、レム、ヒミ、ツ、マモ、ル、イオ、ン、マモ、ル」
バッグの中でモゾモゾ動くレム。
手を振り回して気合を入れているレムが目に浮かぶ。
「まあ空の旅だし、私が襲われることはないでしょ。それよりも墜落しないかの方が心配よ?」
「辺境伯クラスの飛行船だと、最高級の飛行石を搭載した飛行船だから、まず墜落はないと思うよ? ボクが心配してるのは空賊だよ、イオン」
「クウゾク?」
「うん、空賊。空のバイキングさ。奴らは空の戦いに慣れてるから厄介なんだよ。それに高級な飛行船なんか見たら絶対襲ってくるからね? とにかく出逢わないことを祈るしかないよ。ま、もっとも滅多に遭遇することはないみたいだけどね?」
そんなのがいるんだ。
滅多に遭遇することはないって、それ、フラグの香りがプンプンするんですけど……。
「それにここ最近は空賊が出たって話も聞かないから、大丈夫だと思うけどね?」
「…………」
これ以上フラグを立てないでよ、銀一……。
それでなくとも初めての空の旅が石コロ任せなのよ?
なんだか不安になってきたよ……。




