第四十八話「魔石の話・2 」
「そんなに譲ってやりたいのか?」
「ま、まあ……はい……」
ガックリとうなだれていたからか、御子息くんが怪訝そうに私を見る。
「そもそもグローグリーは、お前の記憶喪失の治療に使うべきだと思っていたくらいなんだが、それをせずに他人にくれてやろうと言うには、よほど特別な事情でもあるのか?」
グローグリーは万病を治す魔石って話なんだから、確かに御子息くんの言う通りよね。
でも私、記憶喪失じゃないのよ……。
「事情と言いますか、さっきエルマーテで話を聞いているうちに、薄っすらと記憶が蘇ったと言いますか、ピンときたと言いますか、とにかく心に響いたんです」
「エルマーテだと!」
「何の話をしてたんだ?」
御子息くんの大声にびっくりしてしまう。
ルークさんは「まあまあ」と、宥めるように御子息くんへ手をかざし、私には目顔で答えを促した。
「詳しくは言えないのですが、ある魔法の話です」
「魔法?」
「み、見られたのか!? 彼奴に見られたのだな!?」
御子息くんのテンションがおかしなことになっている。
ルークさんは気にするなとばかりに目顔で続きを促してくる。
「ええ。ある魔法に精通しているお方がいると聞いて、私が探し求めていたものはそれなのかもって……。説明が難しいのですが、私は以前からその魔法を調べていたのかなって……」
厳しい言い訳だけど、あながち間違ってはいない、よね?
とにかく、元の世界へ帰れる手がかりになるかも知れないのだ。
「どんな魔法なんだ?」
「開戦だ! 今すぐ開戦だ!」
やっぱり気になるよね、魔法。
って言うか、御子息くんのテンションがやばいんですけど……。
「ここだけの話にしてもらいたいんですけど、それって約束できますか?」
「わかった。どんな魔法かを聞くくれぇだしな? 余程のことでなければ口外はしねぇ」
余程のことだったら口外するのか……。
ま、私にとっての『運命の人』と、第一王子の『運命人』の話さえしなければ差し支えないか。
「召喚魔法です」
「召喚魔法だと…」
「召喚魔法だと!!」
多少の驚きを見せたルークさんを押しのけ、御子息くんが目を剥きながら私に迫ってきた。
ついさっきまでとは違った意味で取り乱した感じだ。
「は、はい…召喚魔法です……。召喚魔法に何かあるんですか?」
「ああ、ある。大ありだ。召喚魔法を行使しての戦は禁じ手だからな? 精通とはどの程度なのか聞いているか?」
鬼気迫る御子息くんに思わず息を呑んでしまう。
「どうなんだ!?」
「異世界からの召喚も可能だと……」
勢いに負けて思わず答えてしまった。
それにしても召喚魔法ってそんな危険なものなの?
クサピは王子関連の話をエクシャーナル王国の人間に聞かせたくないと言ってたけど、こう言う意味じゃなかったはず……だよね?
「……その話が本当ならば、アレークラ王国は禁じ手を破って我が国へ攻め入るつもりかも知れない。実際、我が国の召喚魔法はアレークラ王国に遅れをとっていると言われている。召喚魔法の成熟を勝機と見て研究を継続していたのかも知れない…」
「しかし、いくらなんでも向こうも召喚魔法の危うさを知っているはずだ。もしも戦いで召喚主が死んだら、召喚したモンスターの暴走を止められず自国だって滅び兼ねねぇ。そんなわかり切った道理をわきまえてねぇとは思えねぇ」
御子息くんの言葉にルークさんが諭すように続けた。
この世界での召喚魔法はかなり微妙な立ち位置らしい。
それを探し求めていた私ってどうなんだろう……。
「でも、そんな剣呑な話ではなくって、もっとやんわりした使用目的でしたよ?」
このままでは話が変な方向に行ってしまいそうなので、極力声を落ちつかせてフォローしてみる。
「やんわりとはどんな事だ?」
「いや、アレークラが研究を続けているとしたら、軍事目的以外は考えられない!」
「…………」
ルークさんは聞く耳を持ってくれているけど、御子息くんは鼻息が荒くなる一方だ。
やはり召喚の目的は話しておいた方が良さそうだ。
両国の関係を悪化させてまで内緒にすることはない。
でも……。
「今、外に本人を待たせているので、詳細を話していいか確認してきていいですか?」
やはり約束は約束だからこの先を話すんだったら、クサピの了承を得てからの方が気持ちがいい。
「なんだ、アイツは外にいるのか?」
「ええ。待っててもらってます」
「ならばもう一度捕らえよう。先日は思わぬ要人と発覚したので後々の事を考慮して釈放したが、やはり拷問してでも厳しく追求した方が良さそうだ」
「いや、それは待ってください! 彼とはグローグリーと引き換えに、精通してる人を紹介してもらう約束をしてるんです!」
「なに!」
「紹介ってイオン。お前、まさかアレークラ王国へ行くつもりか?」
「…………」
思わず言ってしまった。
だからノープランはダメなんだ。
やっぱり交渉ごとは、もっと話の持っていきかたを練ってからじゃないと……。
まあ、一応考えても出てこなかったんだし、しょうがないんだけど。
「安心しろイオン。アイツを捕らえたりはしねぇ。とにかく、早くここへ連れて来るんだな?」
場に妙な緊張が走っていただけに、ルークさんの優しげな声に救われる。
「は、はい……」
結局はクサピを連れて来ることになってしまった。




