第四十七話「魔石の話・1 」
「ちょっと待っててください……」
「おっ、やっとしゃべりやがったな? ったく、言葉まで忘れちまったかと思ったじゃねぇかよ」
「…………」
ギルドに帰ってきた。
終始無言で。
だってコイツ、許せない。
コイツ、私の裸を見てぬかしたのだ。
「子供みてぇだな?」と。
「顔は可愛いのにもったいねぇな?」と。
何ももったいなくないっつの。
胸が大きい人は他も大きいのよ!
絶対そうよ! そうに決まってるのよ!
クサピのニタついた顔が今でも忘れられない。
全くデリカシーのかけらもない男だ。
クサピ最低。
しかしどの辺がツボなのかわからないけど、この世界では私の顔面偏差値は上の方らしい。
ただ、体はかなり残念な数値らしいけど。
だってクサピのヤツ、私を見ながら心底気の毒そうな顔をしてた……。
とにかく、こんな最低な男とは話すことなどない。
クサピは帰り道に終始ピーピー話しかけてきてたけど、私は完全無視で、時折現れるヴィッギーマウスやらヴォーパルニー※やらを退治しながら、ぶり返す怒りを紛らわしていたのだ。
【イオンの魔物メモ】
※ヴォーパルニー
見た目可愛らしい白黒のウサギ。
目の周りや長い耳、両手両足が黒く、顔や胴体は真っ白。パンダみたいな配色。
血の匂いに敏感な肉食の獰猛な魔物。
目を合わせると金縛りにあい、その隙に攻撃されて食べられてしまう。
毒があって食べられないのがネック。
両目に『氷槍』を突き立てるのがイオン流。
「俺も一緒に行かなくていいのか?」
「ここで待っててください」
私はクサピをギルドの外に待たせ、さっさと中へと入る。
やはりクサピはアレークラ王国の人間だしね。
そもそも何故クサピとギルドまで一緒に帰ってきたかと言うと、例の譲ってあげると約束した魔石を取りにきたからだ。
しかしあの魔石はルークさんに預けているので、ルークさんに入り用の訳を話さなければならない。
何処まで話すかが問題よね……。
実はクサピを無視し続けていたのも、このことを考えてたからって言うのもある。
だって、記憶喪失の私が異世界召喚や転移に興味があるって、明らかに不自然だよね?
それでなくても運命人の件もあるし、どう切り出していいかわからない。
ましてや明日には答えを出して、王都行きを決めなければならないと言うのに、対立国であるアレークラ王国に行きたいだなんて言い出したら……ねえ?
せっかく考える時間をもらったのに、逆に話をややこしくしてしまった。
でも、『運命人』のことを考えるには、もう一人の『運命の人』の問題をはっきりさせなければならない。
これは私にとって無視できない問題なのだ。
それにしても上手く説明する自信がない。
歩きながらずっと考えてきたけど、今の今まで良い案が浮かんでいない。
とにかく今は、グローグリーを譲る話だけでもいいのかな?
クサピに渡さないことには、この話は前に進まないし、なんと言ってもグローグリーは二つあるのだから、ルークさんも聞き入れてくれるだろう。
説得するのは簡単なはず……よね?
アレークラ王国行きなどの難しい話は、いっそのこと魔石を譲ってからでもいい……よね?
「ルークさん、お話があるのですがお時間ありますか?」
とうとうルークさんの部屋に着いてしまった。
とにかく魔石の話だけでもしなければ……。
「イオンか? ちょうどお前に客人が来てるところだ。入っていいぞ」
中から返事をしながらルークさんが出てきた。
ニヤリと意味深な笑みを浮かべてる。
客人って誰だろ…。
「お前の為に飛行船を出してくれたヴィンツェント様だ。とにかく、まずは礼を言うんだな?」
辺境伯の御子息くんだった。
確かにまだお礼も言ってなかった。
「この度は私の為に手を尽くしてくださり、ありがとうございました」
「い、いや、いいのだ……。とにかく無事で何よりだったな? しかしこんな遅くに出歩くのは感心せんぞ…」
初めて出会った時とは別人のような表情の御子息くん。
最初は7歳くらいかと思ったけど確か12歳だったっけ、この子。
しかし相変わらずの上から目線、いや、紳士ぶりが微笑ましい。
でも確かに御子息くんの言う通りだ。
助け出されて間もないのに、暗くなってから出歩くのは不用心だった……。
「ごめんなさい。そうですよね、軽はずみな行動でした……」
「あ、いや、咎めている訳ではない……。心中察するに、気分転換でもしたくなると言うものだ。ただ、こんな遅くに出かけていると聞いて、少々心配になってしまったのだ…」
なんか優しいじゃん、御子息くん。
出会いが最悪なだけに、好感度が半端なく上がったよ。
行く行くはこの辺境地区を統治する人物なんだよな。
いい領主さまになりそうだ。うん。
「ところで話ってなんだ?」
私が御子息くんの将来に想いを馳せていると、ルークさんがおでこを小突いてきた。
「あ…えーとですね……。急な話なんですが、預けているグローグリーを一つ知り合いに譲ってあげたいのですが…」
「確かに急な話だな? で、知り合いってぇのは迷宮にいたアイツだろ? あの時は何も言ってなかったのに、なんでまた気が変わったんだ?」
おお。
ルークさんはお見通しだったみたい。
ま、近々でグローグリーを欲しがってた人って言えば、クサピくらいなんだからわかるか。
「待て。迷宮にいたと言うのは、我が屋敷で捕らえていたウィリアム・フラットリーのことか?」
「名前は知りませんでしたが、報告していた例の地下牢の男です。その様子ですと、ヤツに何か問題があるので?」
ルークさんじゃないけど、確かに御子息くんの言い方は曰くがありそうだ。
しかしまだ幼さが残っている分、眉間にシワを寄せて考える姿には、思わず口角が上がってしまう。
「問題と言えば問題だな…」
名探偵のようにクイっと顔をあげる御子息くん。
メガネと蝶ネクタイが欲しいところよね。
「話してなかったが、あの男の家はアレークラの王族なのだ。しかもフラットリー家と言えば、国王にも信頼の厚い武闘派で知られている」
「そんなヤツがどうして?」
「国事とは無縁で、魔石ハントの為に入国したと言い張っていたが……まあ魔石ハントは本当だったようだな? ただ、その魔石がグローグリーだとすれば、国事と全く無縁とは言い切れないだろう。それに、あのグローグリーは、既に王都へは入手したと連絡している。グローグリーが二つあるとは言え、譲り渡すにしてもまずは王都へ持参し、エクシャーナル王国から譲る形が得策ではないかと思う」
「確かにその方がアレークラに貸しが作れる、か……」
「うむ」
いやいや、私がゲットしたんですけど!
と、喉元まで出てきたけどやはり言えない……。
確かにクサピの話では、王位継承権のかかった第一王子の為に使うってことだから、国事には変わりないし、今のところ私はエクシャーナル王国の人間って立ち位置だから、国益を優先させるのは当然なのかも知れない。
かも知れないけど……。
「やっぱり、このまま譲ってあげるのは難しいですか?」
聞かずにはいられない。
だって、私もある意味貸しを作って情報を聞き出したいのだ。
あれを手に入れるために足が千切れるくらいがんばったんだしね。
「相手が相手なだけに難しいな? お前が手に入れたもんだし普好きにさせてやりてぇが、ここは諦めろ」
「そうですか……」
ルークさんにきっぱり言われてしまった。
二つあるからと甘く見てたよ。
どうしよ……。




