第四十五話「ギルドにて・2」
第一王子?
エドワード殿下?
エクシャーナル王国って言えば私が今いる国よね……??
なにソレ。
なんでそんなことになるのよ……。
あの小学生が言ってた良縁って、このこと……?
でも私には心に決めた人がいるんだけど……。
「どうしたイオン?」
顔をあげると、ルークさんが心配そうに私を見ていた。
「これは既に殿下もご存知のことなんだ。殿下の運命人にイオンの名前が浮上してから、すぐに貴族名簿を調べたようだが、何処にもイオンの名前が見つからず、今は全国に捜索の指令がくだされている。辺境伯の使者もその連絡を受けてここへ来たんだ」
「…………」
そんなこと急に言われても……。
「正直なところ、これは断れない話なんだ……」
断れないって……。
私がなんて返していいかとまどっていると、ルークさんが「が」と強調するように続けて、隣のニーナさんをチラリと見た。
ニーナさんは何も言わずにコクリと頷く。
「今のお前は記憶を失ったままだ。それに魔力量のこともある。それでなくとも更新された運命人は命を狙われる恐れがあるのに、そんな弱みを握られちまったら、反対派が増える一方でますます命が危ねえ。まさかとは思うが、もし本当にお前の魔力量が魔王クラスだったら、王都へむざむざ死にに行くようなもんだ」
「死にに……」
思わず口をついて出てしまう。
やっぱり逃れられないのか……。
「そうだ。だから俺とニーナはお前を匿うつもりだ。いや、だったと言った方が適切だな。って言うのは、お前が手に入れたグローグリーだ」
「グローグリー?」
「そうだ、魔石のグローグリーだ」
アダマーレムの目の魔石よね……。
そうだ!
あの小学生があれを王都へ持っていけって言ってた……。
「名前は伏せられているが、王族の誰かが死の病にかかってるみてぇなんだ。あの魔石は万病を治すとされる魔石で、半年ほど前から王都から依頼されていたんだ。冒険者には買い取り金の他に褒賞金まで出すって内容で依頼を出していたんだが、未だに獲得者が出てねぇ。そんな時に、なんの因果かお前がグローグリーを持ち帰って来た」
ルークさんは一度言葉を切り、私をまじまじと見つめる。
「これは王族、いや、殿下とイオンが余程の縁で結ばれてんだと思う。それで俺たちはイオンが運命人に相応しいと考え直すことにした。それに殿下ご自身の意向もイオンを歓迎していると聞く。そこへ来てグローグリー持参で王都へ赴いたイオンに、誰ひとりなにも言えまい。だから殺されるようなことはないと結論付けた訳だ」
「……………………」
なんて答えればいいのだろう。
全く整理がつかないよ……。
「イオン? 王都には護衛として私とルークが付いて行くし、状況を見て私だけでも暫く残っていいとも思っているわ。だから私たちと一緒に運命人として王都へ行ってくれないかしら?」
「……………………」
井伊加瀬先輩はどうなるの?
このオミニラーデにちゃんと先輩の名前も出てるんだよ?
まだ消えてないんだよ?
「急な話で整理がつかねぇだろうし、このことは一晩ゆっくり考えてくれ? ただ、これは辺境伯も承知のことだから、明日にははっきりさせねぇとならねぇがな?」
「そうね。私たちがイオンにとって悪い話ではないと判断したことも忘れずにね?」
二人が私のことを色々考えてくれたことはわかるけど、やっぱり急すぎて理解が追いつかない。
それに、一晩でなんかで決められないよ……。
「ーーわかりました……」
正直わからない。
でも、そう言って私は席を立った。
>>>
「やめとけば、イオン。だって王妃ってことだよね? イオンだったらもっと上に行けるよ!」
「上って……」
全く整理がつかない。
そして銀一は初志貫徹と言うべきか、私には最強の群れ長になって欲しいみたい。
それはまず無いけどね……。
それにしても困った。
いきなり第一王子とか言われてもピンとこないし、なにより私の運命の人は井伊加瀬先輩なのだ。
ただ、先輩はここにはいないんだよな……。
帰る方法もわからないし、このままだと一生先輩に会えないかも知れない。
そもそも帰る方法なんかあるのだろうか。
なんだかわけがわからなくなってきたよ……。
「気分転換に散歩でもする?」
無意識に頭をかきむしっていたせいか、銀一がそんな提案をしてきた。
確かに気分転換が必要かも。
ついでにお風呂にも入ってこようか。
温泉にゆっくり浸かれば、頭もスッキリするかも知れない。
って、待てよ。
クサピのせいで温泉は汚物の沼と化してたんだ。
なんて最悪な男なんだろう……アイツ。
しかし温泉も循環してるんだろうし、もうあの臭いは消えてるかも知れない……よね?
まだ自然浄化には時間的にきびしいのかな……。
でもどうせ散歩するんだし、その後の様子だけでも見にいこうかしらね?
浄化具合を見るだけでもいいしね。
「そうね。そうしましょっか」
私は少し考えた結果、銀一の意見を取り入れたのだった。
>>>
「あ、もう臭わないじゃない!」
思わず声が弾んでしまった。
気分転換の散歩と言いつつ、銀一と運命人について話しながら来たせいか、どんよりとした重い気分になっていた。
それでも夜風が気持ち良かったので、部屋の中で考えてるよりはマシだったし、例によってヴィッギーマウスやレジーガ※を退治しながらの散歩だったので気が紛れた。
【イオンの魔物メモ】
※レジーガ
黒豹に猪の牙が生えたような魔物。
夜行性の肉食魔獣。
ほぼ全ての魔力を身体能力アップに費やしている為、パワーとスピードが尋常ではない。
特大の『氷槍』で仕留めるのがイオン流。
しかし臭いがとれてるとは言え、クサピが浸かった湯に入ると思うと気がひける。
デカイ垢がどうとか言ってたし……。
「どうしたのイオン? 寒気がするなら帰ろっか?」
クサピの言葉を思い出して身震いしたせいか、銀一が心配顔で見上げてきた。
「大丈夫よ…。ありがとギギ」
「大丈夫ならいいんだけど。今日はなんだかんだ魔力使ったんだし、あまり無理しない方がいいよ? って痛いよイオンっ」
銀一の優しい言葉にグッときてしまい、思わず銀一を抱き上げて力いっぱいギューってしてしまった。
なんか色々ありすぎて弱ってるかも、私。
「ごめんね…」
「へへ。別にいいんだけど、次はもう少し力を抜いてくれると助かるかな?」
そう言って銀一がペロリと頰の涙を舐めてくれた。
いつの間にか涙を流していたみたい。
やっぱり弱ってるな、私。
しかし相変わらず銀一の舌はこそばゆい。
そして癒される。
なんだか少し気分が晴れた気がする。
銀一の言う通り、散歩に来て良かったかも。
って言うより、銀一が一緒だったから良かったのだろう。
「やっぱり入っちゃおっと」
バサッとワンピを脱ぎ捨てる。
銀一は家族みたいなものだし、なんといってもここは銀一の他には魔物くらいしかいない。
とにかくワザと開放的に振る舞って、もう少し気分を上げてみることにした。
「はぁ〜、やっぱり温泉はいいわね〜」
「好きだね、イオンは…」
頭上から銀一の呆れた声が聞こえてくる。
相変わらず手ぬぐいのように銀一を頭の上にのせている。
ここが温泉の苦手な銀一の定位置。
温泉どころか水自体が苦手なんだけどね。
「ところでイオン、体に変化はない?」
「なんで?」
「いや、なんかこう魔力が充実してきてるとかさ、今までとは違う魔素の流れを感じるとかさ、なんか急激な変化を感じてたりする?」
確かに思い当たる節がありすぎるけど、なんだろこの銀一のウキウキした口調。
あたかも予想してたかのような物言い。
魔力強化の成果を確認してるにしても、何か解せないものを感じる。
「ギギが言ってるように魔素の流れからして今までと全く違うし、魔力の充実具合もこれまでにないくらい感じてるから、迷宮の魔力強化は確かにあったと思うわよ」
「本当!? やっぱりあの噂は本当だったんだ!」
ぬぬ、あの噂ってなによ……。
「あの噂ってなに?」
「アダマーレムの洞窟でイオンの足を埋めたでしょ?」
「う、埋めたわね……」
グロいのを思い出しちゃったじゃないのよ……。
「アダマーレムの洞窟に自分の一部を埋めると、魔力が増えるって伝説があるんだよ。アダマーレムは土や岩の魔素の塊みたいなものだからね。信憑性はあると思ってたんだけど、なかなか自分の一部を埋めることなんてできないじゃない? だから伝説は耳にしてても、実際埋めたヤツの話は聞いたことがなかったんだよね! それにアダマーレムを倒さない限り、そんなことやってる暇なんかないしね?」
「………………」
それで魔力量が半端はいことになってたの?
これ以上いらないんだけど、魔力……。
て言うか、あの時にそんなことを考えてたってこと?
左足を想ってくれての優しさかと思ってたよ。
ってことは一緒に埋葬モードで祈ってたのは魔力祈願?
健気に肉球を合わせる銀一を見て、微笑ましくもありがたく思った私の気持ちを返して欲しい。
「ちょっとギギっ!」
「にゃ〜」
「ふぁ〜、夜のエルマーテもいいもんだなぁ〜」
ザップーンと盛大な水飛沫とともに男の人の声がした。
だ、誰よっ!




