第四十一話「知り合い」
みるみる魔法陣の光が増していく。
「気を抜くな、なにか転移してくるぞ!」
ルークさんが剣を抜く。
ルークさんの声でジーニャさんも剣を抜き、ニーナさんは杖をかまえた。
そしてお猿さんっぽい人は私の手をとり、私を光から遠ざける。
みんな素早い。
いつの間にかルークさんが右手に寄り、左手にジーニャさん、少し下がり目の中央にニーナさんが立っている。
まるで私を守るような陣形になっていた。
みんな無駄のない動きで、瞬時に反応しているのが凄い。
更に光が増した瞬間、魔法陣の中からドサッと何か茶色い塊が落ちてきた。
「痛テテテテテテテ……」
人間?
もんどりうって落ちてきた茶色い塊は、地面に腰を打ちつけた衝撃でコロコロとのたうち回っている。
とりあえずモンスター系の敵ではないみたい。
て言うかアレ、知ってる。
思い出すと同時に、なぜかアノ臭いが鼻の中に蘇ってくる。
このツンとくる臭いはアイツしかない。
クサピだ……。
なんでクサピが出てくんのよ……。
「なんだコイツ……」
「人間族のようね…」
「ヤルだけやっちゃうニャ?」
三人がクサピを囲んで顔を見合わせている。
それにしてもジーニャさんの“ヤル”って、「殺る」じゃないわよね……。
「人を装った新手の魔物かも知れねぇな。今のうちにやっちまうか?」
「ヤルニャ!」
「ちょ、ちょっと待って!」
私の声でみんながこちらを向いた。
クサピまで。
「あ、お前はイオンじゃねぇか? こんなとこで何してんだ?」
それはこっちのセリフよ。
クサピを見ただけでなく声を耳にしたせいか、鼻の中が凄いことになってるんですけど……。
「お前ら知り合いか?」
「いや、知り合いと言うほどでもないんです……」
「仲間だ仲間。俺とイオンは牢仲間だ」
絶対に仲間じゃないから。クサピめ。
ルークさん、そんなヤツに耳をかさないでいいから。
「ああ、辺境伯に捕らわれた時のアレか…」
「そうそう。そのアレだ。あんときは随分と世話を焼いたんだぜ?」
嘘おっしゃい!
嗅覚を焼き切りたかった記憶はあっても、世話を焼かれた記憶はない。
なんなのよこの男。
「やっぱりやっちゃっていいわよ」
「わかったのニャ!」
「いや、なに言ってんだイオン? ようく見ろよ、俺だぜ俺。あんなに相談にのってやっただろ? そんな俺の顔を忘れたとは言わせねぇぜ」
情報は仕入れられたけど相談にのってもらった覚えはない。
やっぱりこの人、自分の臭いで鼻どころか色んなところがバカになってるのだろう。
かわいそうに。
「ジーニャよせ、イオンは本気で言った訳じゃねぇ」
「ニャニャ??」
ジリジリとクサピに近づいていたジーニャさんを止めるルークさん。
ジーニャさんの手にはギラギラと光った剣が握られていた。
彼女がいるとこで迂闊なことは言えないみたい……。
可愛らしい顔して生粋のマーダー気質なのかも……。
「で、あなたの方こそなんでこんなところにいる訳?」
ニーナさんが至極真っ当な問いをしてくれる。
そうだニーナさん、あの借りたワンピの元凶はコイツだからね!
洗っても洗っても臭いは薄っすら残ってしまい、返した時のニーナさんは微妙に眉を寄せていた。
結局くれたんだけど……。
「ああ、それな。ちょっと訳ありで魔石ハントに来たんだが、迷宮転移魔法陣に乗っちまってこのザマだ。かれこれ五回も乗っちまった」
「五回って多すぎだろぉ〜? そぉ〜れで良くも生きてたられたなぁ?」
すかさずお猿さん系イケメンの人がツッコミを入れる。
誰だろ、この人。
「ああ、コイツはジョシュって言ってな、昔ニーナとパーティを組んでた冒険者だ」
私がポカンと口を開けて見てたせいか、ルークさんが教えてくれた。
なんか恥ずかしい……。
「そぉ〜うだったなぁ。俺としたことが、レディに自己紹介もしてなかったぜ〜。ジョ〜シュだぁ〜。よろしくなぁ、お嬢ちゃん」
「はい、よろしくお願いします。イオンです」
しゃべり方がやけに軽めのイケメンなお猿さん系イケメンのジョシュさん。
もしかして3世だったりする泥棒さんだったり?
きっと豊満なバストのジーニャさんが好みのはず。
私は……ま、いっか。
「しぶといんだ俺は。それに案外強えんだぜ、俺?」
自分で強いとか言うとすぐ死んじゃうよ、との言葉をぐっと喉元でとどめる。
「まあ、そこそこ強くねぇと迷宮に一人で入りはしねぇやな? で、お目当ての魔石は見つかったのか?」
「見りゃわかるだろ? 情けねぇことに、未だなんの魔石も手にしちゃいねぇ。それにこの迷宮にはお目当ての魔石はねぇ。とにかく魔物を倒しながら逃げるのが精一杯だったぜ。肩慣らしにランク1の迷宮に入ったんだが、甘く見て痛い目にあっちまったってところだな」
「ランク1〜? お前、どぉ〜この迷宮に入ったんだぁ?」
またもやすかさずツッコミを入れるお猿さん系イケメンのジョシュさん。
ジョシュさんの隣にいるニーナさんの杖が日本刀に見えてくる不思議。
「とりあえず肩慣らしと思ったんで、近場の南竜王岳にある『竜王の口』だ」
「ほぉ〜う。そぉ〜れが本当なりゃ〜、お前は全っく別の迷宮に転移してきちまったってことだなぁ〜」
「どう言うことだ?」
クサピがジョシュさんに怪訝な顔を向ける。
元がイケメンなだけに、シリアスなクサピは意外とカッコイイ。
なんか納得いかないけどね。
「ここにはランク5以上の迷宮にしかいないアダマーレムがいたからな。だからお前は、ジョシュが言ったように別の迷宮に飛ばされたって訳だな?」
「そうね、そうとしか考えられないわね」
「ニャニャニャ」
ルークさんの話に同調するニーナさんと、同調してんだかよくわからないジーニャさん。
しかしこう見てると美男美女揃いだな……。
なんて思っていたら、ゴゴゴゴゴと地響きみたいな音がした。
壁の一部がひび割れ、パックリと縦に口を開いたのだ。




