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第三十一話「暗闇の戦い」

 


「ぐっ……」

「イオン!」


 暗転した次の瞬間、鋭い痛みが右肩を襲った。

 痛みと銀一の叫び声で、これが夢じゃなく現実なんだと思い知らされる。


 ただ、視界は闇のまま。

 幾分闇が淡くなった気がするけど、バッグの中の銀一すら見えない暗闇だ。

 そしてこの冷んやり肌寒い気温は、ここが暗転する前と全く違う場所であることを示している。


 さっきの緑色の光は魔法陣の発動光だろう。


 文字らしきものが浮かび上がっていたし、何よりこの状況を思えば、私が転移魔法陣に乗ってしまった可能性が高い。

 そうとしか考えられない。


 右肩がドクドクと脈を打つ度に激しく疼く。

 思わず肩を押さえると、ぬちゃりと生温かいものが左手に付着する。


 かなり血が出ていたのだ。

 どうりで痛い訳よね……。


 血はドクドクと脈に合わせて吹き出していて、指を伝ってポタポタ落ちて行くのがわかる。


「イオン、後ろ! 後ろを照らして!」


 銀一の声で左手に松明を灯しながら振り返る。


「……!!」


 目の前に黒い塊が迫っていた。

 松明の灯りに反射して目が赤く光っている。


 グギャギャギャギャギャギャギャ


 黒い塊が耳障りな鳴き声を上げながら私の横をかすめて落下した。

 咄嗟に魔力を込めた松明が暴発した花火のように黒い塊に飛び散ったのだ。

 もろに炎を浴びた黒い塊は半ば火だるまになっていた。


「な、なによコレ……?」


 振り返って松明で照らすと、火だるまになっていたはずの黒い塊が、のっそり立ち上がるところだった。

 60センチくらいの人型をしたコウモリだ。

 しかも、そのコウモリの背後に対の赤い光が無数に並んでいる。

 窮屈そうにしゃがんだ人型コウモリが、岩壁にぎっしり並んだ穴からこちらを見ていたのだ。


 咄嗟には数え切れない数の人型コウモリが、もそもそと穴の中で動き出す。


「イオン、今のうちにあの穴に閉じ込めちゃえ!」


 銀一に言われるも、どうしたらいいかわからない。

 とりあえず目に入った松明に魔力を込め、バスケットボール大の丸い炎の塊を作り出す。

 炎の熱気顔がでチリチリ焼けるように熱い。


 たまらず発射する。


 ヒュンと猛烈なスピードで発射した火炎球ファイアボールは、尾を引きながら岩に衝突して大音響とともに爆ぜた。

 でも爆発により一気に光量が増したせいで逆に何も見えない。

 グギャグギャと騒がしい鳴き声がするだけだ。


 ただ爆発は人型コウモリの壁の二割ほどの範囲だったので、未だ八割は無傷と考えられる。

 なので見えないながらも連射することにする。


 私は一気に魔力を込め、右肩へ治癒ヒールをかけながら左手にバスケットボール大の火炎球ファイアボールを作りだす。


「おねがい、火炎球ファイアボール!」


 思わず火炎球ファイアボールにお願いしてしまう。

 穴の中の人型コウモリが、翼を広げながらぞろぞろ出て来ているのが目に入ったからだ。


 ヒュン、ヒュン、ヒュン、ヒュン


 立て続けに4発の火炎球ファイアボールを発射する。


 ヒュン、ヒュン、ヒュン、ヒュン、ヒュン、ヒュン……


 続けて左右の手から乱れ打ち。

 爆発音とともに、目を開けていられないくらいの光と熱気が一帯を覆い尽くす。

 視界が効かない中、爆発音に混じってかすかにグギャグギャ言ってるのが聞こえる。


 ヒュン、ヒュン、ヒュン、ヒュン、ヒュン、ヒュン、ヒュン、ヒュン……


「……ッ!?」


 いつの間にか銀一が私の肩に乗っていて、肉球でほっぺをパシパシやられた。


「え?」

「だからやり過ぎだって!」


 耳元で大声をあげる銀一。

 何度も叫んでいたみたいで、銀一の声は少し枯れ気味になっている。

 爆音で聞こえなかったよ……。


 ただちに火炎球ファイアボールを中止して炎を松明に戻す。


 少し松明の炎を強めにして辺りを照らしてみると、そこには凄惨な光景が広がっていた。

 消し炭みたいに炭化した人型コウモリが、重なり合うように転がり地面を覆い尽くし、岩壁に張り付いていたりしている。

 皆、大口を開けて叫んでいるような苦しげな表情……。

 顔はコウモリで翼が生えているとは言え、身体が人の形をしているだけに、余計にむごたらしい光景に見えてしまう。


 しかも私がやってしまったのだ……。


「穴に閉じ込めちゃえって言ったじゃん。氷か土で穴を塞いじゃえば良かったんだよ」

「…………」


 確かに……。

 でも肩の痛みも凄かったし、咄嗟のことでそこまで頭が回らなかったよ。

 そうよ。

 一匹であんなことになったんだから、もしあの数で襲われでもしたら、私と銀一は目も当てられない姿になっていたはずよ。

 手段に問題があったにせよ、きっとこれで良かったのよ。


 だって、ここではいつ殺されてもおかしくないんだし。


 うん。ここはやるかやられるかの世界なのよ。

 そうよ。可哀想だなんて言ってられないのよ。


「とにかくイオン、ここは何処かの迷宮だよ?」

「迷宮?」


 なんとなくは感じていたけど、やっぱりそう来たか……。


「うん、迷宮さ。しかもヴィギーダがいたってことは最低でもランク3以上の迷宮だね」

「ヴィギーダ…?」


 多分この消し炭さんたちのことだと思うけど、思わず銀一に聞き返してしまう。


「コイツらのことさ。単体では大したことないんだけど、ヴィギーダはこうして群れてるから厄介なんだよ。にしても、こんな数のヴィギーダは初めて見たよ。この数だともしかしたら赤竜レッドドラゴンクラスに匹敵するんじゃないかな」


 赤竜レッドドラゴン

 と、新たなワードが気になってしまう。

 でもこんな問答を繰り返していたら永遠に終わらなそうなので、赤竜レッドドラゴンの事はまた今度聞くことにしよう……。

 銀一先生はなんでも教えてくれそうだけど、今はそれどころではない。


「何処かの迷宮って、ギギは迷宮に詳しいの?」

「詳しいってほどじゃないかな。時々任務の合間に潜り込んで、魔力強化してたくらいだよ。あ、そうだ。迷宮で傷を負ったのが、イオンと知り合うきっかけにもなったんだよ!」


 そんな嬉しそうに言われても…。

 って言うか任務中に迷宮で魔力強化って……。

 それってサボリよね?

 あの猿顔の人が不憫に思えてきたよ……。


 それはさておき、さして迷宮に詳しくないにしても、今は経験のある銀一に頼るしかない。


「抜け出せそうなの?」

「抜け出すしかないよね?」

「……………」


 即答で頼りない答えが返ってきた。

 物凄く不安になってきたよ……。


「イオン、あれ見て!」

「え? あ……」


 私が火炎球ファイアボールを連射していた壁の一部がボロリと崩れ、薄っすらと明かりが漏れてきたのだ。


「まあ他にも出口はあるんだろうけど、これでヴィギーダの巣からは抜け出せそうだね?」

「あっちへ行ってみるってこと……よね?」

「どちらにしても移動しなきゃ迷宮からは出られないからね?」

「確かに……」


 とは言いつつも、向こうに行っちゃいけない気もしてくる。

 未知の恐怖が半端ない。


 なにかに襲われるイメージしか湧かないよ…。


「とにかく行こ」

「ちょ、ちょっとギギ待ちなさいよ…」


 私の肩から飛び下りた銀一は、さっさと壁に開いた穴へと駆けて行ってしまう。

 しかも物凄く楽しげに見えるのは気のせい?

 この期に及んで尚、私の魔力強化を期待しているとしか思えない……。


 とは言っても、いつまでもこんなところに留まってる訳にはいかないんだけど。

 それに、このヴィギーダが焼けた臭いも強烈だし……。


 もう行くしかない。



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