第二十一話「友達」
【ルーク視点】
「それにしてもどう思う?」
「どうって何が? イオンのこと?」
俺に言わせようってか?
って、俺もニーナに言わせる魂胆だったんだがな。
俺たちはナッハターレ卿の元からイオンを連れ戻し、つい先ほどギルドへ戻ってきたところだ。
イオンはあのままジャンやジュリに挨拶へ行き、今はホーバキャットの看病をするとかで、新たに与えた部屋で休んでいる。
俺は今、ニーナと二人きりだ。
仕事に戻る前に、どうしてもイオンの事を話しておきたいからだ。
ニーナには茶でも飲もうと誘い、残ってもらっていたのだ。
目撃者は俺とニーナだけだ。
ここはしっかり話し合っておかねぇと、後で面倒な事になるはずだ。
「ああ、イオンのことだ。あの短時間にあんだけの魔力を使ってケロっとしてるんだぜ? ニーナも尋常じゃねぇって言ってたじゃねぇか?」
この先はコイツに言わせよう。
俺はあんな可愛い娘を魔王呼ばわりしたくねぇ。
「言ったかも知れないけど、だからなに?」
ったく、コイツも言いたくねぇんだろうな。
最初に言い出した方が、最終的に上への報告をするハメになりそうだからな……。
ま、仕方ねぇか。
「イオンの魔力量の話だニーナ。お前もわかってるだろうが、イオンは魔王クラスの魔力量を保持してる可能性がある…」
「そんな訳ないでしょうよ。それに、もしあったとしても、オミニラーデに数値が出ない限り憶測でしかないわ」
「…………」
そりゃそうなんだがよ…。
ブラッケンストーン製のオミニラーデが、わざわざギルドにある意味ってぇのを考えろよな。
魔王と疑わしきヤツを探し出すのも仕事の内だっつの…。
まあ、まさかイオンが魔王な訳ねぇけどな。
それにコイツも心中疑わしく思ってても、わざわざ口に出して先走りたくねぇんだよな。
そんなもん目を見りゃわかるぜ。ったく。
確かに今は憶測でしかねぇからな。
それに言い伝えなんて言うのも胡散臭ぇっちゃ胡散臭ぇや。
膨大な魔力があるからって、魔王になるとは限らねぇもんな。
それにイオンは実にいい娘だ。
あれが人々を恐怖で震え上がらせる化けもんな訳ねぇ。
俺の先走りのせいで、イオンが悲しい思いをすんのはごめんだしな。
それに、もし間違ってたら取り返しがつかねぇ。
いずれにしても、もう少し様子を見るとするか……。
「確かに憶測であれこれ話すのは良くねぇな? ニーナ、今俺が言ったことは忘れてくれ」
「忘れるもなにも、私は何も聞いてないわよ」
ほらな。
やっぱりわかってて言ってんじゃねぇかよ。
ま、それがコイツのいいとこなんだがな…。
とにかく、今のところは話し合いもこのくれぇ雑でいいな。
十分ニーナの気持ちが知れたしな。
あとはイオンが魔王じゃねぇ事を祈るだけだ。
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それにしても良く寝るなぁ、この子。
ルークさんが抱き上げた時からずっと意識がない。
正直、心配になるくらい寝てる。
でも、この寝顔が可愛くてたまらない。
大きな耳をピョンと立て、時々ピクピクって動かしたりしている。
多分、寝ながらにして聞き耳を立ててるんだろう。
夢の中で私の声を聞いてるかも知れないな。
それにシルバーグレーの毛並みのいいこと。
しっとりなめらかでいて、ふぅわふわなのだ。
こうやって並毛で触るとしっとりなめらか、それでいてこうして逆毛で触るとふぅわふわ。
たまらない。
耳や鼻や肉球がピンク色してるのも可愛い。
ルークさんがホーバキャットはネコの魔物だって言ってたけど、まさにネコよね。
違いと言えば、普通のネコに比べて目が異様に大きいこと。
でも、それは子ネコのバランスで逆に好印象だ。
さっきは怖い顔してたけど、きっと目を開けたらすっごく可愛いんだろうな。
しかし、このしっとりなめらかのふぅわふわ。
ずっと撫でていたい。
「くすぐったいわ、ソレ」
しゃべった?
ぱかりと大きな目を開けたと思ったら、いきなり子供のような幼い声で話しだしたのだ。
「しゃべれるの?」
「聞こえるの?」
「え?」
「ん?」
噛み合ってるようで噛み合わない。
でも「聞こえるの」って言った。
今度はしっかり聞き取った。そら耳なんかじゃない。
「あなた、お名前は?」
「そっちこそ、なんて名前なんだい?」
やっぱりしゃべってるよ、このネコちゃん。
確かルークさんはこっちの言葉は理解できるけど、しゃべりはしないって言ってたよな…。
でも実際しゃべってるんだから、こっちが正解よね。
「私はイオンよ。本当は稲田依音って言うだけどね。こっちではただのイオン。イオンって呼んでね?」
「ふぅん。こっちではタダノイオンで本当はイナダイオン…。良くわからないけど、イオンでいいんだね?」
超通じてるし。
ちょっと感動。
それに、小首を傾げてる様がぬいぐるみのようで超可愛い。
「で、あなたのお名前は?」
「ないよ」
「ないの?」
「そうさ。あんなヤツに付けられた名前なんていらないもん」
そうか、あの猿顔の人か。
確かにあんなことされた人に付けてもらった名前なんて嫌よね…。
「そうだ。イオンが付けてよ。ボクの名前」
「えっ、いいの?」
「もちろんさ。だってボクが危なかったとき、助けに来てくれた人だもん。ちゃんと覚えてるよ」
「そうなの? 覚えててくれたんだ!?」
なんか怖い思いしたけど、それを聞いて報われたよ。
だって、そうじゃなかったら守銭奴と化したルークさんの手の上で、いいように転がされてただけだもん。
「じゃあ、何か希望ある?」
なかったらアレにしよう。
だって、せっかくの魔女宅セット。完成に近づけたい…。
「……うぅぅうんん。イオンが付けてくれるんならなんでもいいけど…」
「ジジは!?」
「それはちょっと…」
なんでよ!
なんでもいいって言ったじゃないのよ!
ただ、小首を傾げてる様が超可愛いから許すしかない。
しかし、ジジ却下かぁ……。
しかも言葉は濁していたけど、びっくりするくらいの即答だった。
「じゃあジャンは?」
「悪くはないんだけど……もうちょっと何かない?」
あんたさっき、私が付けるんならなんでもいいって言ったわよね?
ジャンにしといてそのうちジジ作戦。
ぐ…見抜かれたのかしら?
もうジジは諦めるしかないのかな……。
いや、まだ何か手があるはず。
「あのさぁ。他になんか候補とか考えてなかったの?」
私の熟考時間に耐えられなかったみたいで、疲れたように言ってくる。
自分にとって大事な事なんだから、もう少し時間をくれてもいい気がするんだけど。
でも、正直ジジしか思いつかない。
「じゃあボク、銀一がいいかな?」
「ジジじゃダメかなぁ…へっ?」
最後のおねだり作戦に出ようとしたら、コンマ何秒の差でナンカ言った。
「ぎ、銀一……って言った?」
「言ったよ。なんか夢に出てきたんだ。この名前。なんか響きは聞きなれなくて変だけど、男らしい感じがして夢の中でいいなって思ったんだ?」
「…………」
ルークさんだよ、ソレ……。
アイツ、やってくれちゃってるよぉお……。
それにしても、あの時どうして私も名前を挙げなかったんだろう。
もしあそこで私が、「そんな名前は嫌です! 名前はジジに決めてるんです! ジジ、ジジ、ジジ、ジジ、ジジ、ジジ、ジジーーっ!」って、ジジを連呼でもしていたら、あの即却下はなかったかも知れない。
すっごい悔やまれる。
「ねぇ、銀一以外でないの?」
「銀一がいい!」
返し早っ。
もう銀一以外ならなんでも良くなってたんだけど、そんだけ嬉しそうに即答されると、これ以上交渉の余地がなくなるじゃないのよ。
銀一。
ど和風なんだけど。いいの?
ここファンタジーな世界だと思うんだけど。大丈夫?
んー、銀一かぁああ……。
「イオンはボクの命の恩人だから、これからはボクがイオンを守るね!」
「そんな命の恩人だなんて……。でもありがとう」
ぬいぐるみみたいなネコちゃんが、可愛いい声で健気なことを言ってくれる。
なんか、いいお友達になれそう。
「今日からボクらは相棒だよ! ボクはイオンの銀一だからね!」
「そ、そうね。今日から相棒ね、私たち。ぎ、銀一………??」
もう勝手に銀一になってるじゃないのよ…。
それって私が決めるんじゃなかったの?
それにしても、銀一かぁあああ…………。




