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第百十六話「嘘でしょ?」

 


「嘘でしょ……」


 隣で呟いたニーナさんの声がヤケに震えている。

 私の治癒魔術でゾーイさんの手足が生え、瀕死の状態から全回復したからなんだけど……。

 まあ、ここまでの治癒を見せたのは銀一の時くらいだから、ニーナさんが驚くのも仕方がないか。

 今の私の魔力量はあの時の比じゃないから、治癒力もあの時とは桁違いなんだと思うしね。

 何よりエドワード王子の時同様、詠唱して手足がスポンと生えてきたから尚更驚いたのだろう……。


「私の治癒ヒールって異常ですか?」


 薄々は気づいているけど一応聞いてみる。


「異常……って言うより魔王レベルかも……」

「ま、魔王…………」

「あ、いや、そのくらい高位の治癒ヒールを習得してるって意味よ。イ、イオンが魔王な訳ないじゃない……」


 なんだか聞かなきゃ良かった。

 ここで魔王が出てくるとは思わなかったよ。

 正直ここのところ魔王云々とか忘れかけてたし……。


 てか、忘れちゃダメだよね……。

 特に王都では気をつけないといけないんだよ。

 そうだよ。人前でこんな治癒を見せちゃダメなんだよ。

 それこそ魔王認定されて絶対通報されちゃうよ……。


 肝に銘じよう。うん。


「イオン様……? わたくしはこんなところで何を…………」


 ゾーイさんが目を覚ました。


「首を斬っといて惚けるつもりか! お前はイオンを殺そうとしたんだぞ!」

「そ、そ、そ、そ、そんな……」


 唾を飛ばして詰め寄るルル。

 ゾーイさんはルルに指を差されて慌てふためいている。

 ルルの指先に小さな火炎球ファイヤボールが灯っているとは言え、それに怯えている感じでもない。

 素で何がなんだかわからないと言った感じだ。


「ルルの言う通り、あなたはイオンを殺そうとしたのよ。いや、殺したと言ってもいいくらいだわ。それなのに全く身に覚えがないの?」


 ニーナさんが落ち着いた口調で問いかけると、ゾーイさんは震えながらもコクコクと小さく頷く。

 やっぱり何がなんだかわからない状態のようだ。


「みみみみ……身に覚えがないと言うよりも、イオン様とお話するのも初めての事ですから、本当に何が何やら……」

「へ? シューリングさんの使いで私の部屋に来て話しましたよね?」


 思わず私が口を挟むと、「何のこと?」って感じでポカンと口を開けるゾーイさん。

 見るからに全く身に覚えがなさそう。


「あなたはこの庭園への外出許可が出たと言伝に来たのよ。そして自ら案内役を買って出て、油断を突いてイオンの首を斬り落とした……」

「ま、ま、ま、ま、まさか…………」


 ニーナさんの言葉に両腕を抱きながらブルブル震えるゾーイさん。


「でも……イオン様の首は今も……」

「信じられないかも知れないけど、イオンは自分に治癒魔術をかけて回復したのよ。あなたがやった事はここに居るみんなが見てるから間違いないわ」

「…………」


 ゾーイさんが恐る恐る疑問を口にするも、ニーナさんの言葉で黙ってしまう。


「本当に記憶がないの?」

「は、はいっ! も、申し訳ございませんっ!」


 ニーナさんの念押しにビクビクしながら答えるゾーイさん。

 この様子を見る限り、ゾーイさんは本当に何も覚えていないらしい。

 私の首を落としたと聞いて、恐ろしさでガクガク震えているくらいだもんね。

 嘘をついているようには見えない。


「これには何か裏がありそうね……」


 そう言いながら顎に手を当てて考える素ぶりのニーナさん。

 ニーナさんもゾーイさんが嘘をついているようには見えないようだ。


「記憶が飛んでるのもそうだけど、あの身体能力を考えると、知らないうちに魔法をかけられたとしか考えられないわね……」

「ま……魔法?」

「そうよ。きっとあなたは体の何処かに魔法陣が刻まれていたはずよ?」

「ま、魔法陣が……」


 火炎球ファイヤボールで焼かれてかなり露出度を増した自分の服の中を覗き込むゾーイさん。


「まあ、魔法陣はルルに焼かれた時に跡形もなく消えたはずだから、今となっては証明出来ないわよ。いくらイオンの治癒ヒールで火傷が治ったとしても、流石に魔法陣までは元通りにならないしね」


 ニーナさんはそう言うと、何かを思い出したような顔でこちらを向いた。


「イオン、そう言えばジョシュは?」

「はい? ああ。ジョシュさんならあそこで気を失って……」


 指を差しながら首を傾げる。

 あの辺にくたーっと倒れていたはずなんだけど……。


「ギギ知らない?」


 銀一に聞いてみるも銀一は小首を傾げるだけ。

 しかしゾーイさんを治癒して、こうして話を聞いていた時間はせいぜい10分くらいだろう。

 ジョシュさんはこの10分くらいの間に何処かへ行ったに違いない。


「おかしいわね……」


 ニーナさんが首を傾げながらスタスタとジョシュさんが倒れていたところへ歩いていく。


「何がおかしいんですか?」

「さっき自分の生首と目が合ってびっくりしたって言ってたわよね?」

「はい。あ……」


 ない。

 言われてみたら私の生首がない。

 気を失ったジョシュさんの足元に転がっていたと思うんだけど、ジョシュさん諸共跡形もなく消えている。


 アレは幻だった?


 まあ今は五体満足で首だってついてるんだし、アレは何か幻覚でも見せられていたのだろうか?


「もしかして私、首チョンパにはなってませんでした?」


 そうよ。

 こうして普通に話せてるんだしアレは幻覚だったのよ。


「イオン、私はあなたの首が落ちたところを見たし、何よりその血だらけの服がそれを物語ってるわ」

「で、ですよね…………」


 確かに……。

 服がべっちょり濡れてて気持ち悪いし、何よりむせるほど鉄っぽい嫌な臭いがするもんね。


 やっぱり首チョンパになったのね、私……。


「ジョシュとイオンの首が一緒に消えてる……」


 ニーナさんがそう言ってジョシュさんが倒れていた場所でしゃがみ込む。


「ど、どこかに敵が隠れていて、私の首を持ってジョシュさんを拐って行ったってことですかね?」

「…………」


 ニーナさんは私の問いには答えず、眉間に人差し指を当てて考えている。

 しかしなんでジョシュさんが拐われなければならないの?


「お、覚えていないとは言え、『運命人さだめびと』であるイオン様へ刃を向け首を斬り落としたのであれば、わたくしめは死んで詫びねばなりません。いえ、処刑される前にここで自害させていただきます!」

「へ?」


 見るとゾーイさんは自分の首に短剣を突き付けている。

 なんで短剣なんか持ってるの?

 それにしてもなんでそうなるのよ……。


「さっきまで死んだも同然だったんだから、もう死んでお詫びなんてしないでください! それに、どんなことがあってもゾーイさんを処刑なんてさせませから!」

「そんな訳には……あ……」


 ゾーイさんが私との会話で気を取られて内に、ニーナさんがゾーイさんの手から短剣を取り上げた。

 打ち合わせた訳ではないけど見事なまでの連携。流石ニーナさん。


「もうこんな事しないでくださいね」

「でも……」

「でもじゃなくて、私の言うことを聞いてください」

「も、申し訳ございません……」


 あわあわと頭を下げるゾーイさん。

 せっかく命を救ったのに自殺なんて有り得ないよ。


「これはジョシュのだわ……。この短剣、どこで拾ったの?」


 ニーナさんが短剣をゾーイさんにかざしながら聞く。

 短剣は良く見ると先が折れているみたいだ。


「え……? あ、あそこに落ちてました……」


 ゾーイさんがさっきゾーイさんを治癒した方を指差す。

 ここから優に30メートルくらいは離れている。


 ジョシュさんのだとしたら何であんな所にあるんだろう?


「アノ、ケン、イオ、ン、マモ、ル、ジャマ、シタ……」


 レムがピコピコとニーナさんの手にある短剣を指差した。


「レムどう言うこと?」

「イオ、ン、マモ、ル、ジャマ、シタ、レム、イオ、ン、マモ、レナ、カッタ……」


 ん?


「まさかジョシュが……」

「まさかってなんです?」

「内通者はジジではなくジョシュだったって事よ。裏切り者はジョシュで、ジョシュがイオン暗殺に一枚噛んでいたって事……」


 まさかあのジョシュさんが?


 嘘でしょ…………。



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