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第十一話「初仕事」

 


 ニーナさんにガッツリ絞られた。


 思いのほか厳しい面があるらしい。

 でも命にかかわる事なんだから当たり前か…。

 優しさの裏返しってことだろう。

 聞いていなかった私が悪いんだからしょうがない。


「まあそのくれぇにして、そろそろメシ食わねぇか?」


 あのルークさんの言葉がなかったら、エンドレスだったかも。

 日をまたぐのではないかと思ったくらいの勢いがあった。


 ニーナさんは怒らせてはいけない。


 私はそう肝に銘じた。


 それはさておき、今の私は洗い場で食器を一生懸命洗っている。

 ここは冒険者ギルドに併設された、ギルド直営の定食屋。

 お酒も置いていて、夜は飲み屋さんみたいに営業しているらしい。

 私はそこで働くことになっていたのだ。


 あれからルークさん達と一緒に朝食を摂って、ニーナさんに借りた服に着替えてのことだ。

 着替えたと言っても、あの生成きなり色のオールインワンの色があい色になっただけ。

 ゆったりサイズのクルーネックオールインワン。

 ウエストを同素材の細い紐でキュッと結んで着ている。


 さっきは思わなかったけど、色が違うだけで

 魔◯の宅急便っぽくもある。

 なんか動きやすくて楽だし、可愛い。

 強いて言えばポケットが欲しい気がする。

 ま、とりあえず斜めがけバッグでも持つか…。可愛らしいネコちゃんも。


 ルークさんはワイバーンに襲われたばかりなんだから、仕事は明日からでいいって言ってくれたけど、そうも言ってられない。

 それに実際、腕は痛くも痒くもない。

 勿論、目も鼻も痒くない。


 最高のコンディションだ。


 もっと言えば、ワイバーン騒ぎで壊れた部屋だ。

 あれの修繕費がある。

 ルークさんは気にする事ないと言ってくれたけど、そう何から何まで甘えていてはいけない。


 少しでも誠意を見せなければ。


 そう。ちゃんと形にして恩を返して行かねば。


「イオンちゃん、これも頼むね!」


 恰幅かっぷくのいい小人族のジュリエルさんだ。

 肝っ玉かあさんと言ったところ。

 私の胸ほどしかない彼女の横幅は優に私の倍はある。

 大きな目がキョロっとしてて、少し団子っ鼻なところがキュートだ。


「いやぁあ、本当にイオンちゃんは真面目だねぇ。いい子を連れて来てくれたって、ウチの人も言ってるよぅ? あの人は滅多にそんな事言わないんだからね?」


 キョロっとした目をわちゃって細めて笑うジュリエルさん。


 真面目は日本人の美徳ですもの!

 なんて思いながら、私も誇らしげに笑ってみせる。

 ウチの人と言うのはジュリエルさんの旦那さんで、ジャーナイルさん。

 二人でこの定食屋を切り回している。

 主にジャーナイルさんが料理を作ってジュリエルさんが配膳をしているようだけど、ジュリエルさんも料理をするみたい。

 ちなみに食事時には娘さんのジェシエルさんが手伝いに来ているので、家族でやってる定食屋さんって感じだ。


「もう少しでお客さんもはけるから、そしたら休憩して食事にしようね。それとも疲れたかい? 疲れてんなら先に休憩に入っちゃっていいよ。洗い物も客が来なきゃ後回しでいいんだから」

「いえ。大丈夫です、ジュリエルさん。私まだまだ疲れてませんので、これ洗っちゃいます」

「そうかい? でも疲れたら遠慮なく言うんだよ? それに、ジュリエルさんなんて呼ばれるとムズムズするから、最初に言ったようにジュリって呼んでおくれよ」


 ジュリエルさんは本当にムズムズしてるのか、首すじを掻きながら言う。

 そして私が「わかりました…ジュリ」と返すと、ムズムズが治まったとばかりにニカリと笑って、ご機嫌で店の中へと入って行った。


 ジュリエルさんはジュリ、ジャーナイルさんはジャン、ジェシエルさんはジェシーと呼ぶように、最初の挨拶の時に言われていたのだ。

 なんでもいつも家族だけでやっているので、さん付けとかは改まった感じがして嫌なのだとか。


 洗い場は井戸のある店の外にあり、大きなたらいと洗った食器を並べて置く台があるだけの、いたくシンプルなところだ。

 でも、ちゃんと屋根があるので、嵐とかじゃない限り濡れる事はないはず。


「さ、もう一仕事だ」


 気合いを入れるように言葉に出して、再び食器洗いにとりかかる。

 ジュリエルさんが新たに持って来た食器は、確かに先に休憩するかと言うだけあって、なかなかの量…。

 でも、逆を言えばお客さんのピークは過ぎたとも言える。

 そんな風に前向きに気持ちを持って行きながら、ひたすらジャブジャブと食器を洗う。


「おい、貴様。貴様は何族だ?」


 私の後ろで子供の声がした。

 私のこと?


「私に話しかけたの?」

「そうだ。貴様に聞いている。答えろ」


 なんだこの子。

 やたらと偉そうではないか…。


 この赤い髪の男の子は、肌の白い割りかし整った可愛らしい顔をしてるけど、7、8歳くらいの割りに擦れた目をしているせいか、ちびっ子の体に大人の顔がのっかってるみたいで、なんかチグハグ感が物凄い。

 まあ、容姿からして人間族の子だろう。

 臙脂えんじ色に近い赤の詰襟つめえりジャケットの襟から紺色のシャツが覗いていて、薄グレーのサルエルっぽいパンツを焦げ茶色のロングブーツの中へ突っ込んでいる。赤いジャケットに並ぶ金ボタンがキラキラしい。

 微妙なファッションセンスだけど似合わなくはない。

 でもそれが故に、チンチクリンな大人みたいに見えるのだろう。


「あのねぇ。私はお仕事中なの。あなたも私が忙しく洗い物してたところ見てたでしょ?」

「だからどうした」


 なにこのガキ。

 偉そうどころか、言葉にトゲがあり過ぎだし…。


「そんな風に一生懸命仕事してる人に向かって、突然『貴様は何族だ』はないでしょ? せめて、今話しかけていいかって断わりを入れるくらいの、ちょっとした配慮をしなさいって事よ」

「貴様は平民だろ? そんな配慮は必要ない。早く答えろ。貴様は何族だ?」


 凄キャラが現れた…。

 なんだコイツ。超ムカつく。

 平民とか言ってるって事は、貴族ってやつなのだろうか?

 どうせ甘やかされて育ったのだろう。

 ボクちゃんの過保護が祟った、ドロドロボロボロの将来が見えた気がしたよ。あー可愛そうに。


「なんだその目は? 貴様、反逆罪で捕らわれたいのか? 早く答えろ」

「ちょっと、なんでそうなんのよ!」

「脅しではない。早く答えろ」

「……ッ!!」


 私は深呼吸して凄まじい動悸を落ち着け、洗い物の続きをする事にした。

 こう言うイッチャッタ系の子供は無視に限る。

 悪ふざけにも程があるってもんよ。全く。


 そうして洗い物に精を出していると、程なく背後で男の子の気配が無くなった。


 ふん。飽きたみたいね。

 うん。子供らしくて良し。

 それにしても貴族ってやつは、なんて傲慢なのかしら。

 もっとエレガントなものだとばっかり思ってたわ。

 サウズ◯ンドのお歴々を見習いなさいよね。小説の中のお話だけど…。

 とは言え、小説の中でもいちいち嫌味な貴族だったり、醜悪な貴族だったりも付きものなんだけどね。


「あと少しよぉおおっ」


 口に出してみる。

 流石に疲れて来たよ…。

 でも本当あと少し。

 とっとと片付けちゃおう。


「この女でございますか、ヴィンツェント様」

「そいつだ」

「痛たたた…痛い、痛いって!」


 背後で声がした次の瞬間、私は問答無用で羽交い締めにされていた。



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