第百七話「二人だけでお話・1」
「二人、だけで……お話…………?」
エドワード王子は繰り返す私を真剣な眼差しで見つめている。
「そう。出来たら二人だけがいいんだ。僕の部屋で」
「…………ッ!!」
最後の言葉で金縛りのように固まってしまった私の足に、スルリと何かが触った。
足下を見ると、銀一が自分の体をスリスリ私の足に擦り付けていた。
さっきまで部屋の隅で大人しくしていたから忘れてたよ。
「フフ、君も一緒がいいんだな?
でも大事な話だから出来たら二人だけがいいんだ。それに僕はイオンと二人きりになったからって、無理矢理押し倒したりするような男じゃないし、ましてやイオンに危害なんて加えない。君は心配しなくていいんだぞ」
エドワード王子はそう言って銀一に微笑んだ。
てか、無理矢理じゃなかったら押し倒すの?
なんだか身体全体が燃えるように熱いんですけど……。
てか銀一。エドワード王子に目をちょー細めるの、やめなさい。完全に疑いの目よ、ソレ。
エドワード王子は私を無理矢理押し倒すような人じゃ……ダメだ。
考えただけで身体が発火しそうだよ……。
「にゃ〜」
ちょー目を細めながら小首をかしげた銀一の「にゃ〜」に、エドワード王子が苦笑する。
「まあ、君だったらいいか。わかった。君も一緒においで」
「にゃ〜」
当然だと言わんばかりの若干被せ気味の「にゃ〜」に、またまた苦笑するエドワード王子。
案外「にゃ〜」だけでも伝わるものね?
声の調子と表情で言わんとしてることがなんとなくわかるよ。
「レム、イッ、ショ、イオ、ン、マモ、ル……」
いつも控えめなレムが積極的に話に入ってきた。
まあ、既にエドワード王子にはレムがしゃべれるのを知られているからね。
「フフ。そうだった、君もいたね。もちろん君も一緒においで」
レムはエドワード王子の言葉でピコピコと嬉しそうに体を揺らしている。
いつもは人前でしゃべらないようにお願いしてるからね。
ごめんね、レム。やっぱり自由にしゃべりたいよね。
「イオン、今からみんなを連れて僕の部屋へ行こう?」
「あ、はい……」
よほど急ぎの話なのか、エドワード王子は真剣な眼差しで告げてきた。
とにかく私としては頷くしかない。
部屋を出るとシューリングさんが廊下に立っていた。
相変わらずの無表情でエドワード王子を見ると、左手を胸に当ててお辞儀をする。
「今から僕の部屋でイオンと話をする事となった。悪いが食事の用意を頼めるか?」
「畏まりました、殿下」
頭を下げたまま答えるシューリングさん。
てか、ブライトンさんの「いきなりタメイキ」のせいで、さっきからクキューってお腹が鳴っていた……。
きっとエドワード王子にも聞かれていたのだろう。
さり気ない優しさが嬉しい反面、ちょー恥ずかしい……。
『クキュキュ〜』
「急いでおくれ?」
「畏まりました」
だから……。
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「落ち着いたかい?」
「は、はい……。ありがとうございます。とても美味しかったです」
ナプキンで口を拭いていた私にエドワード王子が声をかけてきた。
ホント、余は満足じゃ状態。
だって、出された料理は牛に限りなく近いヒレステーキだったから。
載っているのが鉄板ではなかったけど、まさに「いきなりタメイキ」で見たアレだったんだもん。
私の妄想ってば視覚化されてたのかしらね?
ま、それはないか。あの時はエドワード王子はいなかったしね……。
それにしても、ナッハターレ辺境地区では見なかったけど、王都には牛がいるっぽい。
銀一に出された牛乳らしきものを考えるに、牛がいるのだろう。いや、少なくとも牛に限りなく近い動物はいるんだ。
これは朗報よね?
だって私のバッグの中には、ほぼバニラなゲラバニハがあるのだから。
牛乳があるんならプリンは出来たも同然。
後でシューリングさんに材料を用意してもらって作ってみよう。うん。
それにシューリングさんもプリンを食べれば無表情でなんかいられない。きっとニンマリ笑顔の美味しい顔になるはず。
って、今思い浮かんだのは、ピクリと頬を引きつらせただけの、「それ笑ってる……?」って感じのシューリングさんだったけど……。
ま、少なくとも表情筋が鍛えられるよね?
「これはなんだかわかるかな?」
いけないいけない。また余計なことを考えてたよ。
ちゃんとお話をきかないとね。
見ると、エドワード王子が壁一面に大きく描かれた丸い絵を指し示していた。
「なんかの地図……みたいですが…………。
これって、もしかしてこっちの世界の地図なんですか?」
「そう。“こっち”の世界の地図だよ」
やたらと「こっち」を強調して応えるエドワード王子。
なんだか失言の予感。
「やっぱり君はこの世界の人間ではないんだね?」
「そ、それは……」
エドワード王子は口に人差し指を立ててウインクする。
今は何も答えなくていいってことだろう。
そして、エドワード王子はすぐに話を続ける。
「昨日僕の腕を治してくれた治癒魔術を見て思ったんだ。君は記憶を失くしているとの報告を受けていたけど、もしかして君は異世界から召喚されたんじゃないのか、と。
何故ならばあの魔力量は尋常じゃない。魔王と疑われてもおかしくないレベルの魔力量を保持している。だからと言って君が魔王だなんて考えていないからね?」
「…………」
「フフ、だからいいんだよ、答えなくても。僕はそんな事で君への気持ちは変わらないから」
君への気持ち……って、もうっ!
あー、なんだか色々バレてるみたいだし、一度に色々すぎて処理が追いつかないよ!
一つ言えるのは、私、ドキドキしすぎてもうすぐ爆発する。
「今から凡そ五百年前、魔王復活と共に魔族の中央大陸侵略が始まり、中央大陸のあらゆる種族に大打撃を与えていたんだ。そこで当時の人間族は勿論、あらゆる種族の国家間で協定が結ばれ、魔族に立ち向かう為に英知を結集させ、勇者召喚を行った記録が残っているんだ」
「召喚……?」
アワアワしながらもエドワード王子の言葉の一つに反応してしまう。
魔王復活も気になるけど、私が今一番知りたいのは召喚魔法。
しかも勇者召喚って……。
「そう。勇者の召喚だ。そしてこの話にはもう一つ逸話があって、その時召喚された勇者は、実は異世界の人間だとの文献も残っている」
「ッ!!」
勇者は異世界から召喚された人間……。
ってことは、やはり異世界への送還も可能なのかも知れない。
「この世界地図を見て欲しい」
「あ、はい……」
エドワード王子は改めて壁に描かれた地図を指し示した。
またぼーっとしてしまっていたよ。
てか、情報が多すぎて本当に処理が追いつかないよ……。
「この真ん中の大陸が、その名の通り中央大陸と言って、我々人間族や獣人族、炭鉱族に小人族やエルフなどが居住している大陸で、この海を隔ててぐるりと囲う形で連なる大陸が魔大陸、すなわち魔王が君臨する魔族の大陸と言う訳だ」
「魔族の大陸……」
それはまさに世界を縁取るように黒く塗りつぶされていて、内側は迫り出したりして入り組んだ形をしているけど、外側は綺麗な円を描いている。
これは魔大陸に入ったとしても測量などできないからこんな形をしているのだろうか?
それともこの世界には惑星が丸いって概念がないのだろうか?
「この赤く縁取られているところが、このエクシャーナル王国なんですか?」
「うむ。その通り。君がいたナッハターレ辺境地区はここだね。そしてこの竜王山脈を挟んでここがアレークラ王国だ」
エドワード王子が地図の下の方へ指を移動させて教えてくれる。
エクシャーナル王国とアレークラ王国に挟まれる形でピグメリー王国もある。
両国に比べるとピグメリー王国は豆みたいに小さい。
ただ、大国であるエクシャーナル王国、アレークラ王国も中央大陸全体からすればかなり小さい。
と言っても、両国合わせたら大陸の十分の一に迫る面積があるので、国の領土としては小さいとは言えないのだろう。
それに、このナッハターレ辺境地区から王都までの距離を考えれば、この縮尺だとかなりの面積だ。十分に大国だと言うことがわかる。
そう考えるとこの魔大陸って馬鹿でかいよね?
面積としては中央大陸より大きいのかも知れない。
一体どれだけの数の魔族が住んでいるのだろう。
「イオン、僕が君に話しておきたかったのはここからなんだ……」
「はい」
そうだ。まだ話は終わってないし話の趣旨も良くわからない。
エドワード王子のキラキラしい瞳が私をまっすぐ見つめている。
私は緊張で思わずゴクリと喉を鳴らしてしまう。
その音がまるで部屋中に鳴り響いているかのように、やけに大きく聞こえた。




