第百六話「話を聞きましょう」
花粉の季節になりましたね……。
今年も既にムズムズです。
このお話は去年このムズムズデビューが発端で書き始めたんですよね。
時間がないのに無謀なことをしたものです……。
ただ、このムズムズ期は比較的仕事が落ち着いてる時期でもあるので、書く時間を確保して更新をがんばろうと思います。
ブックマークや感想をありがとうございます!
「イオンっ!!」
「ッ!!」
びっくりした。
だって扉が半分ほど開いたところで、窓ガラスが割れそうなくらいの野太い声がしたんだもん。
そして次の瞬間にはゴツイおじさんが飛び込んできたから二重の驚きだった。
いや、ゴツイおじさんとか言っちゃいけないよね。
アイルビーバックなマッチョなおじさん。
もとい、冒険者ギルド本部長のブライトンさんね。
ごめんなさい、ブライトンさん。
てか、エドワード王子じゃなかったよ……。
ブライトンさんは私と目が合うと、呆れ顔で大きく溜息をついた。
人の顔見ていきなり溜息って……。失礼な!
「あれだけ無断外出するなと言ったじゃないか……」
「…………」
そうよね。
いきなり溜息。ついて当然だよね……。
それにしても、いきなりタメイキ。
なんかお肉が食べたくなる響きよね?
そう言えばお腹すいたな……。
今だったら300グラムくらいいけるかも!
今日はコーンよりブロッコリーの気分かな。
「とにかく見たところ怪我はないようだが、気持ちが悪かったりしてるのか?」
「…………」
「聞いてるのかイオン?」
「え?」
思考が鉄板の上でジュージューしてる厚切りお肉に行ってたよ……。
「全く……そうやって聞いていなかったんだな?」
「いや……」
ブライトンさんが首を振りながら近づいてくる。
間近でぐいっと眉を寄せて睨まれる。近い。
そんなに近くで睨まなくても……。
確かに今は聞いてなかったけど、でもそれはほら、ブライトンさんがいきなり溜息をついたからであって……。
「ごめんなさい……」
人のせいにしちゃいけないね?
実際、会話中に厚切りレアな妄想してたんだしね。
それに勝手にグレーゾーン認定して出歩いちゃったのも事実だし……。
「だからルークはあれほどしつこく言っていたのだな……」
独り言のようにポツリと呟くブライトンさん。
何をしつこく言ったんだろう、ルークさん。
なんとなくわかる気もするけど……。
「しかしイオン。いくら隠れ蓑で知るよしがなかったとは言え、自らのこのこ盗賊一味の店へ行くなどありえんだろ?」
「まぁ……」
やっぱりセードルフさんは盗賊だったのね。
でも普通わからないよ、あれは。
「まぁってなあ……。
たまたま殿下が居合わせたから良かったものの、もしかしたら取り返しのつかない事態になっていたんだぞ。無用心にもほどがある」
「はぁ……」
確かに無用心だったかも知れないけど、何度も言うけど普通わからないよ、あれは。
「いいか、イオン。これからは自分が『運命人』だと言うことを忘れてはいかん。今からその事を胆に銘じて行動するようにな?」
「はぃ……」
答えたはいいけど、肝に銘じる以前に『運命人』としての覚悟が出来てないんだよな……。
それに、私には『運命人』の他に『運命の人』もいる。
どちらが優先されものかなんて私にはわからない。
ただ正直な話、私はエドワード王子に惹かれている……。
と言うか、それを通り越して好きなんだと思う。
あれだけドキドキするんだから、もう認めるしかないよ。
『運命人』としてエドワード王子との将来を考えてしまう自分がいるのも確かだし。
でも、まずは井伊加瀬先輩の安否を確かめるのが先。それは心に決めた事なんだよ。
もし先輩があの時の事故に巻き込まれて昏睡状態にでもなっていたら、それは間違いなく私のせい。
それなのに私だけ幸せになんかなれない。
でも、エドワード王子を前にしてちゃんと話せるかな。
今だってブライトンさんだった事でびっくりしたけど、内心がっかりしてる自分もいた。
明らかにエドワード王子が入ってくるのを期待していた訳だし、顔を見ないで話す作戦すら忘れて、最初からエドワード王子の顔を見ようとしてた……。
「……着いたらここへ向かわせるから、イオンはこのままここでゆっくり過ごすといい」
「えーと、誰が来るんですか?」
「あのなぁ……」
呆れ顔のブライトンさん。
なんかごめんなさい……。
「何処から聞いてなかったんだ?」
「えー、肝に銘じてなんちゃら……ですかね?」
「…………」
天を仰ぐブライトンさん。
そんなに?
「まず、ここへ向かわせるのはルーク達だ。明朝到着予定との事だから、遅くとも明日の午後には会えるだろう。
その前に話していたのは盗賊一味の事だ。
名をザサルバーンドと言って、盗み先では人も攫うし、奴隷として売れそうもない人間は証拠隠滅で皆殺しにしてしまう、極悪非道な盗賊だったのだ。
これはミズーロ卿と一緒にいた賊が舌を噛み切って死ぬ前に名乗るだけ名乗ったそうなのだ。拷問を恐れて自害するくせに、さも自慢げにな。
と言うのも今までは、殺された者の血で壁に書かれたザサルバーンドの文字のみが手掛かりで、国としてはお手上げだった悪名高い盗賊なのだ」
「ザサルバーンド……」
セードルフさん、ザサルバーンドって名前だったのか。
「そうだ。ザサルバーンド。心を盗むと言う意味の美しい宝石の名前だな。最近では奴らのせいで、その値も暴落の一途を辿っているがな」
「そ、そうなんですね……」
名前じゃなかったみたいね……。
セードルフさんは死んじゃったみたいだから今更聞けないけど、きっと盗賊一味の名称なのだろう。
それにしても心を盗むと言う意味の宝石なんかがあるんだ。
どんなに綺麗なのか、ちょっと見てみたいな。
心を盗まれるような魅力的な宝石なんだろうなぁ……。
ん?
考えたら私、エドワード王子に心を盗まれたのかな?
いや、エドワード王子と言うよりも、人の運命をも決めてしまうような、人智を超越した不思議な何かなのかも知れない。
うーん……。
そう考えると不思議な何かって、やっぱり神様なのかしらね?
神様ねぇ……。
ッ!!
神様と言えばあの白い空間の小学生だ!
そうよ、あの小学生は自分は神様だと言ってたわよね?
てか、あの小学生はこっちの神様なの?
順番を間違えて私を死なせたって言ってたから、元いた世界の神様ってことだよね?
だからお詫びにこっちの世界へ送ったとか言ってたし……。
んん?
てか、神様だからって、勝手に自分ところの人間をよその世界へ送っていいのかしら。
よその世界にも神様がいるんなら、その神様からしたらちょー迷惑よね?
神様って共通なの?
それとも神様同士がお友達?
自分のミスをフォローしあってるとか?
[間違って一人死なせちゃったんだけど、手持ちの世界で空きある神いるー?]
なんて、神様同士でライングループ作ってスタンプ付きで送りあってたり?
てか、この世界にはスマホすらないからそれはないよね……。
とにかく、あの小学生に聞けば何かわかるかも知れないわよね?
そうよ。私がこっちの世界では特別な良縁に恵まれてるとか言ってたから、既にあの時点で私が『運命人』だと知ってたんだし、絶対何か知ってるな、あの小学生。
ただ話を聞こうにも、また会えるかどうか定かじゃないだけどね……。
うーん……。
ッ!!
「ブライトン殿に絞られてしょげているのかと思いきや、フフ、どうやら君の方がブライトン殿をやり込んでいたようだね?」
「…………」
私の目の前にキラキラな笑顔があってびっくり。
もちろんエドワード王子だ。
エドワード王子は私に視線を合わせるように、腰を折り曲げた状態でクスクス笑っている。
とにかく近すぎてドキドキが半端ない。
なんかエドワード王子からいい匂いもするし……。
エドワード王子から目をそらすと、困り顔のブライトンさんが恨めしそうに私を見てた。
てか、なんでそんな目で私を見てるの?
「異世界にでも行ってたようだね?」
「……ッ!?」
ブライトンさんに怪訝な目を向けてたら、不意をつくエドワード王子の言葉にビクリとしてしまう。
恐る恐るエドワード王子を見ると、エドワード王子は意味深に笑っている。
なんでわかるの?
まあ実際に行ってはなかったけど、異世界のこととか色々考えてたもん……。
「やっぱり……。
どうりで僕やブライトン殿が目に入っていなかった訳だね」
クスクス笑うエドワード王子。
えーと。またやっちゃったってこと?
「全く、上の空にもほどがある。そんな事だから……」
「まあまあ、ブライトン殿。多少度を超しているかも知れないが、考えに没頭するのはそう悪い事でもあるまい。それに、今のぼーっとしていた彼女はとても可愛らしかったではないか?」
「そ、そうとも言えますが……」
ずっと見られていたの?
いったい私はどのくらい妄想の彼方へ行っていたんだろ……。
てか、顔が燃えるように熱い……。
「殿下、僭越ですがこの際言わせていただきます。そもそも殿下が無断で城を抜け出したりしたものですから、我々ギルドまで殿下の探索に動かなくてはならなかったのですぞ?
言ってみれば、イオンが無断でギルドから出たのも、探索に人を取られて人員が手薄だったからで、少なからず殿下にも責任がある事を忘れてはなりません。その殿下が本人へ甘やかすような言葉をかけられては、こちらとしては対応のしようがありませんぞ?」
「フフ、そうだったな。すまなかった。だが、今日はこのくらいにして、そろそろ僕らを解放してもらえないか?」
「も、もちろんでございます。過ぎた言葉の数々……どうかこの無礼をお許しください……」
「うむ。構わん。ブライトン殿の言葉通りだからな?
此度は僕の気まぐれにギルドの面々を付き合わせてしまい、本当にすまなかった。そして、ギルドの常の協力を改めて感謝している」
「ははっ」
ブライトンさんは片膝をついてエドワード王子に頭を下げると、私を見てゆっくりと頷いた。
私もコクリと頷き返す。
ごめんね、ブライトンさん。これからはちゃんと話を聞くからね。との思いを込めて。
もしかしたらブライトンのあれは、諦めのアイコンタクトだったのかもだけど……。
「フフ、ブライトン殿は君が話を聞いてくれなかった事に、かなりのストレスを抱えていたようだね?」
「ごめんなさい……」
確かに一国の王子に対して、遠慮することなくかなり熱く語っていたもんね。
ブライトンさん、エドワード王子に返されてからなんか慌ててたし……。
ほんとごめんなさい。ブライトンさん……。
目を閉じてブライトンさんに手を合わせる。
「イオン、これから二人だけで話がある」
「へ?」
目を開けて見上げると、さっきまでのキラキラしい笑顔ではない、真剣な表情のエドワード王子がいた。
話……?




