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第百三話「ドキドキが止まらない」

 


「君を助けに来たのに、このままじゃ逆に助けられて終わってしまうからね?」


 そう言って肩をすくめながら笑うエドワード王子。

 なにこのキラキラな笑顔。

 ちょう眩しいんですけど……。


 あの『天使の吐息』とか言う風が吹いてからと言うもの、私の中でエドワード王子の存在がおかしなことになっている。


「それと、君にお礼を言わなきゃね?」


 エドワード王子はそう言って、私の治癒魔術で元通りになった左手をかざしてひらひらさせた。

 そしてまたキラキラと嬉しそうに笑う。


「い、いえ……あのままでしたら命の危険もありましたし当……ひゃっ」


 当然ですと言おうとしたところで変な声をあげてしまった。

 エドワード王子が私の手を握ってきたのだ。

 剣だこのせいなのか、少し硬くて大きな手。

 でも、とっても優しいぬくもりを感じる手。


 ドキドキが半端ないよ……。


 きっと私の顔は真っ赤っ赤。

 鏡を見なくてもそれがわかるくらい、顔がカーッと熱い。てか、燃えてる?

 でもそれと同時に凄い安心感もあって、なんだか不思議な感じ。


 エドワード王子は私の手を握ったまま、空いてる右手でシャリンと腰の剣を抜くと、


「ありがとう。おかげでこうして君と手を繋ぎながらも剣が振れるよ」


 そう言ってキラキラな笑顔を向けてくる。

 なんだか視界がやけにソフトフォーカスでクラっとする。

 やっぱり私おかしいって……。


「さあ、行こうか?」

「…………はぃ」


 かろうじて応えられたけど、心臓がちょうバクバクいってる。

 コロンって飛び出てきたら治癒できんのかな?

 なに考えてんだろ私……。


 そんな私の動揺をよそに、エドワード王子はぐいっと私の手を引いて歩き出してしまう。

 確かに未だ脱出の真っ最中で、危機が去った訳ではないんだよね。

 それにしても笑みを引っ込めた真剣なエドワード王子の横顔もまた素敵……。

 斜め下から見てこれなんだから、真っ正面から見たらヤバイかも……。

 そして背中が逞しい。


井伊加瀬いいかせ先輩……』


 エドワード王子の背中を見ていたら、何故か井伊加瀬先輩の事を思い出してしまった。

 井伊加瀬先輩は剣道部だったから、先輩の手も剣だこでこんな感触なのかも知れないな……。

 先輩、死んでないよね……?

 いや、運命の人として名前が出てたんだから大丈夫!


「怖いかい?」

「いぇ…………」


 思わずギュッと握ってしまったら、エドワード王子が優しく声をかけてきた。

 別の人の事を考えていたなんて言えない……。

 いや、井伊加瀬先輩も運命の人なんだし、いつかは言わなきゃいけないよね……?

 それにそもそも王都へ来たのは、エドワード王子と会って、クサピの国の何番めかの王子(※アレークラ王国のオーフェス第一王子)から召喚魔法を教わる許しを得るために来てるんだしね。

 それにしてもドキドキが止まらない。


「外へ出たら助けを呼ぶから心配しなくていいよ?

 きっとすぐに援軍が来るはずさ。それまで君には指一本触れさせないから、君は魔法を使う事はないからね?

 と言うよりも、むしろあまり人前で魔法を使わない方がいい」

「はぃ……」


 なんだかエドワード王子の目が切実。

 やはり私の魔力量がアレなんだろうね……。


「でも、レムにも殿下のお手伝いをさせます……」

「レム……ああ、あのゴーレムだね?

 それじゃあ僕が剣を振るっている間はレムの後ろで隠れているといい。

 それと、僕のことはエドでいいよ?」

「…………」


 さらりと言うエドワード王子。

 そんな急に馴れ馴れしくエドだなんて呼べないよ……。

 でもちょっとだけ呼んでみたい気も……。

 でもでも、今の私は江戸幕府ですら噛んで言えなそう……。

 てか、徳川でも江戸を連想して赤面してしまう恐れが……。

 暴れん坊将軍でギリかな?

 うん。呼べてせいぜい新さんね。なんのこっちゃ……。


「レムくんの準備はいい?」


 恥ずかしさをヘンテコな考えで紛らわしてたら、エドワード王子から声がかかった。

 見ると目の前に扉。

 その扉の隙間から筋状に光が漏れている。

 さっき聞こえた足音は今は聞こえないけど、沢山の人が待ち構えていそうな雰囲気が半端ない。

 私でもわかるくらいなんだから、当然ながらエドワード王子も外の様子を察知している様子で、整ったお顔がキリリと引き締まってイケメンどころの話じゃない。

 白馬に乗った王子様ってこんな感じ?

 てか、実際に王子様なんだよね、この人。


 そんなことをぽぉっと考えてたら、ガタガタガタガタと後方から何かが崩れる音が聞こえてきた。


「未だ近くにいるはずよっ」


 そしてシェリルとか言う女の人の声。

 あの壁が破られたんだ。


「魔法を使わなくていいって言ったばかりだけど、もう一度だけ土壁を作ってもらえるかな?」


 そう言って眉を八の字にしながら苦笑いするエドワード王子。

 もちろん私もそのつもりで、エドワード王子が言い終わると同時くらいに土壁を出現させた。

 八の字眉毛を盛大に持ち上げるエドワード王子。

 なんだかそんな仕草が妙に可愛らしい。


「フフ、流石だね?」

「い、いえ……」


 いちいちドキドキするんですけど……。

 私は恥ずかしさを紛らわすようにバッグをモゾモゾ探ってレムを取り出す。


「レム、私たちを守ってね?」

「レム、イオ、ン、マモ、ル……」


 いつもと変わらず、ピコピコと応えてくれるレム。

 抜群に気が紛れたよ。いー子だ、レム。

 いー子なレムの代わりにトロぐにゃをバッグに収納。

 ちなみに銀一くん、もしかしたら治癒魔術で正気に戻るかもとも思ったけど、気持ち良さそうだからそっとしておくことにした。


「準備万端です」

「うむ」


 頷いたエドワード王子は「レムくん、頼んだよ」と指先でレムの頭を撫でると、扉に手をかけながら私に視線を戻して頷いた。

 コクリと頷き返す私の喉がゴクリと鳴る。


 そしてギギーと扉が開いた瞬間、真っ白な光に包まれ一瞬何も見えなくなった。

 カカンと甲高い金属音。

 そして間髪入れずにカカカカカンと、立て続けに金属音が響き続ける。

 何が起きてるのかわからなかったのはほんの一瞬で、明るさに目が慣れて視界がクリアになるにつれ音の正体はすぐにわかった。

 エドワード王子の周りに黒い矢がいくつも転がっていたからだ。

 エドワード王子は尚も剣を振り、カカカカカンと事も無げに矢を弾き続けている。

 どんな動体視力をしてるんだか……。


「皆の者! 斯様な狼藉、余をエドワード・カーユイン・エクシャーナルと知ってのことか!」


 剣を振りながら叫ぶエドワード王子。

 その大音声と迫力に思わずびくっとしてしまう。

 それは射かけていた敵も同じだったみたいで、雨のように降り注いでいた矢が一瞬止んだ。

 それを待っていたかのようにエドワード王子が動く。

 タッと地面を蹴る軽い音がしたと思ったら、既に30メートルほど先にいて、逆手に持った剣の柄から何かを空へ投げ放った。

 その次の瞬間、無数の矢がエドワード王子を襲う。

 まるで放射状の無数の矢がエドワード王子に吸い込まれるよう。


「危ないっ」

「あれですぐに助けが来るよ?」


 思わず目をつぶってしまうも間近から聞こえた声に目を開ける。

 そこには涼しい顔のエドワード王子。

 そのエドワード王子が指し示す先を見ると、黒い矢が無数に突き刺さった地面の真ん中から、一筋の青い光が空高く伸びていた。

 それを見たからかエドワード王子に躱されたからか、なにやら外が騒ついている。


「見ての通り、これで早ければ数分で援軍が駆けつける!

 余が誰かも知らされずに弓を引いたとあらば、これまでの狼藉は不問にいたす故、即刻武器を捨て速やかに投降せよ!」


 エドワード王子の大音声が響き渡ると外の騒めきが一瞬静まり返る。

 そしてまたザワザワとあちこちから人の声。更にはちらほらと武器を投げ捨てているような音が聞こえてくる。

 エドワード王子の言葉に従ってくれてるみたい。


 良かった……。


 ほっとして思わずその場にへたり込んでしまった。

 そんな私を見て笑いかけたエドワード王子の顔が引き締まる。

 同時にズンとレムが私の前に立ちはだかった。


 なに?


「いくらなんでも早すぎる……」


 エドワード王子が呟いた瞬間、


「うおぉぉおおおおおおおお!」


 地響きのような雄叫びが聞こえてきた。


 え?



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