第百話「さだめびと」
次に目に飛び込んで来たのは薄暗い部屋に鈍く光る鉄格子だった。
なんだか前にも来たことがあるような……。
そうだ、あの地下牢よ!
「ゴホッゴホッゴホッゴホッ……」
うえっ、物凄い勢いでクサピ臭が蘇ってきた!
コレ、パブロフの犬ならぬクサピフの異臭だわね?
全く、クラっときたわよ……。
クサピめっ!
それにしてもアイツ、国へは無事に戻れたのかしら?
いやいや、クサピの事なんか考えてる場合じゃない。
ここ何処よ?
あの時はクサピが居たから何かと情報がもらえたけど、今は私ただ一人。
少しカビ臭いだけであの時と比べれば天国みたいだけど、なんだか寂しい。
あの時はあの辺にクサピのクサピたる所以のアイツが居たんだよな……って、そんな不毛な事を考えてる場合じゃない。
ここが地下牢だとすれば、規模的にあの時の地下牢と比べても遜色がない。
あの地下牢が御子息くんのお城だった事を考えると、ここもお城かそれに準ずる規模の屋敷たと考えられる。
でも私をそんな所に誘拐して何になるんだろう?
「あ、そうか……」
忘れてた。
私ってば『運命人』だったよ……。
そう言えば、王都には私を良く思わない勢力も居るって言ってたもんね。
えーと、アレルギー公爵とか言ってたっけ?
とにかくここは王都だし、既にそんな勢力に加担した人達に監視されていたのかも知れない。
現に昨日誘拐されかけてるし……。
もしかしてセードルフさんってば昨日の人達とグル?
まさかイケメン忍者の手先?
いや、年恰好からするとイケメン忍者が手先か。現場に出てたし。
って事はセードルフさんは盗賊って事よね?
しかも盗賊の親玉だったりするのかも知れない。
ちょっと待って。
そう考えてみると、あのお店でセードルフさんが初めて話しかけて来た時って、ルルが私の名前を叫びながら駆け寄って来て話していた時だった。
私ってば盗賊の親玉に誘われるがまま律儀に従ってしまったってこと?
そうゆうことよね……?
私のバカっ!
って今更悔やんでも遅いよね……。
てか、銀一は大丈夫なのだろうか?
レムがいるから万が一ってことはないと思うけど……。
しかし久々に一人ぽっちになっちゃったよ。
異世界へ来てからというもの、何だかんだ誰かが一緒に居てくれたんだよな。
銀一と出会ってからは寝るのも一緒だったから、こうして側にいないとなると心細い。
でもこうなったら無事を祈るだけよね?
うん、レムがいるから大丈夫!
とにかく、私の方こそ誰もいない内にここから脱出しなければ。
幸いにも今は本当に誰もいない。
少し派手めの魔法を使っても大丈夫だろう。
鉄格子から離れて反対側の壁のところまで下がる。
やっぱり手慣れた火炎球かしらね?
そう言えば久しぶりに攻撃魔法使うかも。
ブランクで不安を覚えながらも、おへその下へ意識を集中して魔素の塊をこんもりと作り出す。
同時に地面や大気からも魔素を吸い込むように取り込む…………ってアレ?
イマイチ吸い込みが悪い気がする……??
いつもなら地面や大気からの魔素がドドドドっと、瞬時に体内の魔素の塊に吸い付いて、私の中で魔力が増大していくんだけど今はその感覚が皆無に等しい。
アレ?
それでも構わず火炎球を作り出すことにする。
え?
私の右手の上にバスケットボール大の火炎球が現れるはずが、ボシュっとロウソクの灯火みたいな大きさの炎が現れて、しかもすぐに消えてしまった。
もしかして魔法が使えなくなった?
魔法が使えなくなれば魔王認定される事もないだろうし、転移前に戻るだけのことだからそれはそれでいいんだけど、いざ使えなくなると寂しいものね……。
と思いつつも、もう一度おへその下へ意識を集中し、魔素の塊をこんもりと作り出す。
そしてさっきと同じように地面や大気からも魔素を吸い込むように取り込んでみる。
「あ……」
やっぱり吸い込みが悪いのは変わらないんだけど、魔法が使えない謎がわかった。
この地下牢全体が魔法陣で出来ているのだ。
さっきは気がつかなかったけど、私が魔力を込めると同時に、地下牢の床一面が発光するように文字が浮き出て来たのだ。
きっとこの地下牢全体が特殊な魔石で出来ているのだろう。
あのマッドさんの飛行船で閉じ込められた部屋とは比べものにならないくらい、ここの結界魔法陣は強力に出来ている。
今は銀一もレムもルルだっていないし、私一人じゃこの結界魔法を打ち破る手立てなんて浮かばないよ。
どうしよ……。
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「本当に捕らえたようだな?」
「今までだって約束を違えた事などなかったではありませんか?」
男の人の声に顔を上げると、そこにはセードルフさんと知らないおじさんがいた。
おじさんの方は骨張ったゴツゴツした顔にカイゼル髭を生やしていて、威圧的な細い目をしている。
目が細いだけでなく体の線も細くて背が異様に高い。
見た感じは40歳半ばくらいだろうか。そしてやたらと身なりがいい。
きっと貴族なんだろう。
「ほう、これは言葉通りの美形じゃな?」
私が観察していると、細長いおじさんは細い目を更に細めてセードルフさんの肩を叩いた。
「ええ、ええ。私は嘘は言いませんからね?
まあ、それは置いといて一つ相談なんですがね。此度は万全を期して手練れを使ってまして、約束の報酬に少々色を付けてもらえれば、こちらとしても助かるのですが」
「フッ、如何程色を付ければ良いのじゃ?」
「シェリル一人だけでも8大金程ですし、これだけ集めたとあれば本来ならば25大金程。しかしあとは私を警護して帰るだけで半日仕事で済みますので、あと18大金程色を付けていただければこちらでなんとかしましょう」
セードルフさんと細長いおじさんの後ろにぞろぞろと人が現れた。
その中の一人はジェズさんだ。
ジェズさんは眉間にシワを寄せ、お店で見た時と別人のような強面の顔をしている。
一、二、三……ジェズさん合わせて全部で六人。
みんな屈強そうな男の人でその中に細身の女の人が一人。
いや、七人だ。後ろからもう一人現れた。
しかもあの顔には見覚えがある。
イケメン忍者だ!
てかアイツ、銀一とルルでも手を焼いていたんだよね?
コレ、絶望的だよ……。
「これはこれは誰かと思ったら、アルギーレ公爵家とも所縁の深いミズーロ卿ではないか?」
「なぁにっ」
イケメン忍者が喋り出したら、ジェズさん達がパサッと音を立てて振り向いた。
「余の顔を忘れたか?」
「余だと……?
ま、まさかそのお顔はエドワード殿下……」
ん?
エドワード殿下?
エドワードってもしかして…………。




