風の噂①
「へえ、田舎だから大したことないって思ってたけど、それなりに栄えてるんですね」
シングウッド公爵領に滞在して五日目。
予定通りララスティとカイルは二人で領の街を視察がてら観光することになったが、それを聞きつけたエミリアが当然のように同行してきた。
馬車を降りて街の賑わいが分かる場所にでると、大きな声でそう言ったエミリア。
その言葉を耳にした領民が気分を害したようにエミリアを見たが、本人は気づいていないらしく、楽しそうにカイルの隣に立つ。
「それにしても、こんな服久しぶりに着ましたよ。まるで昔に戻ったみたいです」
エミリアはそう言いながらスカートをつまんで笑う。
「でも、今はドレスに慣れちゃったから、なんだか心もとないですね」
悪気なく言っているのだろうが、いつもよりも装飾のないワンピース姿は、周囲の平民と比べても十分に贅沢なものだ。
貴族のお忍び、もしくは裕福な商家の娘にしか見えない。
エミリアはララスティが王都から持って来たワンピースを着ているが、ララスティはシングウッド公爵領で購入したワンピースを着用している。
どちらが周囲に馴染んでいるかと言われたら、当然ララスティの方が馴染んでいる。
「あ! カイル殿下、あの串焼きはどうです? 美味しそうですよ!」
「……そうだね。ララスティ嬢はどうだい?」
カイルはエミリアの提案に頷きつつも、二人から一歩離れて歩いているララスティに声をかける。
ララスティは屋台を見て、その隣の店を確認し「わたくしは隣の店のものにいたします」と穏やかな声で返答する。
するとララスティの後ろについていた護衛の一人がすぐに動き、ララスティが指定した屋台で品物を購入して戻ってきた。
「お嬢様、あちらに休憩用のベンチがございます。そちらで召し上がってはいかがでしょうか」
「そうですわね。ではそういたしましょう」
ララスティはメイドの言葉に頷き、カイルたちに先に行っていると断って離れていく。
残されたカイルとエミリアは、その動きの速さに驚きつつも、エミリアがカイルの後ろにいる護衛に自分たちの分を購入してくるように指示を出した。
護衛はカイルに視線を向けたが、カイルが笑顔で頷いたのを確認し、無言で屋台に向かった。
護衛が二人分の串焼きを購入して戻って来ると、エミリアは「早く行きましょう!」とカイルの腕を引いてララスティが向かったほうに進んで行く。
だがすぐに道が十字に分かれてしまい、どちらに行けばいいのかわからないエミリアは眉をひそめてしまう。
「あのー、どっちに行くと休憩場所なんですか?」
エミリアが背後にいる護衛に尋ねたが、護衛は「どちらの休憩場所ですか?」と逆に聞き返した。
「どちらって、お姉様がいった方ですよ」
エミリアの言葉に護衛は「でしたらあちらです」と十字路の左を手で示した。
その動きにエミリアは「最初から教えてくださいよ!」と拗ねたように言いながら、カイルの腕を引き続き引いて進んで行く。
進んだ先はしばらく行くと公園になっているようで開けた空間になっており、所々に休憩用のベンチが確認できる。
「あ! あそこにお姉様がいますよ!」
エミリアは目ざとくララスティを見つけるとカイルの腕を離して駆け出す。
その様子にカイルはなぜ走るのか、とも思ってしまうが何も言わずに歩いてエミリアを追いかけた。
「お姉さま! 探したんですからね!」
「そうですの?」
ララスティはカイルたちと別れる際に、護衛を通じて行先を共有している。
公園についてもすぐにわかる場所を選んで座っている。
探したと責められる謂れはない、と内心で思いながらも、表面上は困ったように微笑んだ。
エミリアはララスティが座っているベンチを見て「あっ」と声を出した。
「どうなさいましたの?」
「お姉さま、ずれてくれません? あたしとカイル殿下が座れませんから」
エミリアはそう言ってララスティに端に移動するように言って、「早く」と言わんばかりに腕をくんだ。
その態度にララスティは「わかりましたわ」と立ち上がる。
すぐさま護衛がそれまで下に敷かれていたハンカチを回収し、新しいハンカチを用意して新しく敷いたので、ララスティはそこに腰を下ろした。
「カイル殿下、あたしたちも座りましょう」
エミリアがニコニコしてカイルを振り向くと、カイルは頷いてベンチの中央に座ろうとしたが、エミリアが「カイル殿下はこっちです!」と自分が中央に座り、カイルをララスティと反対側に座らせた。
「早く串焼きをください」
エミリアの言葉に護衛は無言で串焼きを渡し一歩離れる。
渡されてすぐさま、我慢できないと言うようにエミリアがかぶりつき「美味し~!」と満足そうに声を出す。
その様子を見てからカイルも一口食べ、「うん、おいしいね」と頷いた。
串焼きに二人がかぶり着く横で、ララスティは野菜と肉を薄い生地で包んだクレープを口にする。
エミリアのように大口を開けてかぶり着くわけではないが、いつもよりも大胆に口を開けて食べる姿はどこか初々しい。
クレープを食べながらも、護衛が一緒に購入したジュースも口にし、その味に満足したように笑みを浮かべる。
「シングウッド公爵領の食べ物は王都にあるものと少し違いますが、こちらもおいしいですわね」
ララスティは護衛に話しかけたのだが、エミリアは自分に言われたのだと思い「そうですよね!」と笑顔で返事をする。
「田舎だと思ってたけど、食べ物がおいしいのはいいですよね。不便だけど、食べ物がおいしければそれだけで幸せだと思いますよ」
相変わらず悪気のないエミリアの言葉だが、シングウッド公爵領の者にしてみればばかにされているようにしか思えない。
「エミリアさん、シングウッド公爵領はこの国の貿易拠点ですわ。決して田舎というわけでも不便と言うわけでもございませんの。便利性で言えば王都よりも上かもしれませんわ」
「えー、王都より便利って、お姉さまってば何言ってるんですか? ありえませんよ。ねえ、カイル殿下」
エミリアはララスティを馬鹿にするように笑ってカイルに話を振るが、カイルは笑みを浮かべ「ララスティ嬢の言うように、この領地は貿易の拠点だから、不便なんてことはないよ」とエミリアの言葉を否定した。
「……へえ、そうなんですか」
エミリアはカイルの言葉に不服そうにしながらも頷き、無言で残りの串焼きを口にする。
しばらく無言の時間が流れたが、いち早く串焼きを食べ終わったエミリアがきょろきょろをあたりを見渡すように首を動かした。
「どうかしたのかい?」
カイルがエミリアに尋ねると、エミリアは手に残った串を揺らして「思ったよりも人が少ないなって思って」とまだ周囲を見渡し続ける。
「やっぱり田舎だから、公園も不人気なんですかね?」
そこに何の関連性があるのかわからない発言をしたエミリアに、カイルとララスティは苦笑してしまう。
「エミリア嬢。この公園はとても広くてね、今僕たちがいるのはほんの入り口なんだ。あそこに案内板があっただろう? 確かにここで休憩していく人は少ないけど、さっきから人の出入りは頻繁にあるよ」
「へえ、そうなんですか。田舎なのにすごいですね」
あくまでも田舎であることを強調するようなエミリアの言葉に、カイルは困ったように笑う。
カイルは訂正することなく自分の分の串焼きを食べる。
その様子を横目で見つつ、ララスティも自分のクレープをゆっくりと食べ、ジュースでのどを潤し休憩時間を満喫する。
「あら、ララスティ様?」
不意に声を掛けられ、ララスティが視線を向けるとそこにはシングウッド公爵領の重鎮でもある伯爵家の夫人がいた。
「まあ、ごきげんよう」
ララスティがそういうと素早くメイドがララスティの手にあるものを回収する。
立ち上がったララスティに伯爵夫人が近づいてくると、ちらりとカイルとエミリアを見てから、ララスティに視線を戻す。
「観光でいらっしゃいますか?」
「ええ。到着した日はお買い物をメインにしておりましたので、本日は街そのものを楽しませていただいておりますわ」
「そうでしたか」
ニコニコと会話をするララスティに、エミリアはつまらなさそうに視線を投げる。
「せっかくあたしたちと出かけてるのに、他人と話すなんて、お姉さまも気が利かないですね」
その言葉が聞こえたのか、伯爵夫人は一瞬だけエミリアに視線を向けた。
「ララスティ様、次に予定されているお茶会でお会いできるのを楽しみにしております」
「ええ、わたくしも」
「けれど、次回は急に参加者が増えるような珍事がないことを願ってしまいますね」
「その節は申し訳ございません。わたくしがちゃんと言い聞かせることが出来ていればよかったのですが……」
ララスティが申し訳ないと眉を下げると、伯爵夫人はララスティは悪くないと庇う。
「立場をわきまえずに出しゃばる方の常識がないのがいけませんのよ。話には聞いておりましたが、実際に目にしてみるとさもあらんと思えてなりません」
エミリアを見ることなくそう言った伯爵夫人だが、それ以上何かを言うことなく「ではまた」と言って離れて行った。
「はー、なんなんですかね。いきなり話しかけてきて勝手にいなくなるなんて」
エミリアは不満そうにそう言って大きくため息をつくと、カイルに同意を求めるように視線を向けるが、カイルは曖昧な笑みを浮かべるだけだった。
本来なら表向き「ララスティとカイルの仲は良好」とアピールするためのお出かけ予定でした。
もちろん、ルドルフとララスティはエミリアが邪魔する前提で予定を組んでいますw
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