愚者か悪か②
「お父さんたちに違和感ですか?」
カイルの言葉に首をかしげるエミリア。
「えっと……実は、最近ちょっとだけ……あっ! 本当にちょっとですよ!」
慌てたように言うエミリアにカイルは「はあ」と大きく息を吐きだした。
「あんな場面を見てちょっとしか違和感がないのか」
がっかりした、とでも言いたげなカイルにエミリアの瞳が不安に揺れる。
ララスティを打ったことに関しては、どんな理由があろうともアーノルトに非があると思っている。
だが、生まれてからずっと愛情を注いできてくれた存在、すぐに否定はできない。
「あの……お父さんがお姉様を打ったことや、お母さんが人にワインをかけたのはダメだと思ってます」
「それだけ?」
「え……あの……ごめんなさい」
怒られているわけではないが、エミリアはなんとなくしょんぼりと肩を落とす。
「じゃあさ、君自身がララスティ嬢の私物を奪う事を止めないのには、違和感を覚えないの?」
「それは! ……それは」
エミリアからしたらあくまでも返してもらっただけだ。
違和感というなら、以前にカイルに指摘され、ララスティに説明された刺繍糸の件ぐらいだ。
確かに、自分が贈ったものを勝手に他人が使っていたら嫌な気分になるとわかる。
優しいカイルだって、自分が贈ったものを勝手に使われたら気分を害して当然だ。
「ごめんなさい」
「何に対しての謝罪かわからないな」
カイルの冷たい視線にエミリアの体がびくっと震えてしまった。
「あたし、カイル様……じゃない、カイル殿下がお姉様に贈った刺繍糸を勝手に使っちゃって……それで……」
カイルを怒らせたとエミリアは頭を下げた。
だが、カイルは謝罪をするのは自分ではなくララスティに対してすべきだと言う。
「お姉様に?」
きょとんとするエミリアにカイルは、刺繍糸を取られたのは自分ではなくララスティだと説明する。
贈られて大切にしているものを好き勝手にされて嬉しい人間はいない。
そう説明するカイルにエミリアはもし自分だったら、と考えて唸ってしまう。
「そうですね……あたしも、贈られたものを勝手に使われたり持っていかれるのは、いやです」
「そうだろう?」
反省するエミリアにカイルが頷く。
「…………あの! 他にもあたしのダメなところ、教えてください!」
エミリアの言葉にカイルは驚いてしまう。
「あたし、いままでお父さんたちが言うことを信じて動けばいいって思ってて、でも、最近それじゃ解決しないことがたくさんあって……だから!」
教えて欲しいというエミリアに、カイルは「雨が止むまで」と前置きをしてエミリアの間違いを指摘していく。
納得がいかない部分は例を出して分かりやすく丁寧に説明をしていけば、エミリアはちゃんと反省することもできた。
ララスティに対する考えも、幼少期からのアーノルトの言い聞かせが原因であることが分かり、カイルはそれがそもそもの間違いだと指摘していく。
エミリアは雨が止むまでめいっぱいカイルから説明を受け、やっとアーノルトの言うことは正しいものばかりではないと理解した。
「お父さんはどうしてお姉様を憎むんでしょうか?」
「望んでいない子供だと言っていたからそれもあるのかもしれないけど、自分が弱い立場なのを見せつけられているようで、いやなのかもしれない」
「弱い立場……」
カイルは自分が知っているランバルト公爵家の事情を説明する。
そこでエミリアはやっと支援について詳しく説明を受けた。
「それって、アインバッハ公爵家……お姉様の親戚の家が機嫌を損ねたら、今の生活は維持できないってことですか!?」
「むしろ、爵位の維持すら危ういだろうね」
「うそ……」
エミリアはショックを受けたように目を瞬かせたが、カイルはいままでエミリアが知らなかったことに驚きを隠せなかった。
「ランバルト公爵は君を跡取りにしようとしている、と叔父上に聞いているが……家の状況を説明しないというのは、どうなんだろう?」
「そうですね、それに……お父さんの政略結婚って家のために必要だったってことですよね? 確かに愛の無い結婚はあたしだって嫌ですけど、お父さんもなんていうのかな…………。歩み寄り? 話し合いっていうのをしなかったのかなぁって思っちゃいます」
まっとうなエミリアの意見にカイルは頷いた。
「政略結婚で愛情がない故に歪な家庭は確かにある。でも、だからこその当人同士のすり合わせが必要なんだ。とくに支援が絡んでくると、家同士の問題にもなってくるしね」
「なるほど……」
「もっとも、ララスティ嬢は精一杯君の家族を庇っているけどね」
「庇う?」
「うーん、ララスティ嬢はランバルト公爵家にいなくても、アインバッハ公爵家の養女になる道もあるっていう話は?」
「聞きました」
カイルは頷いて、ララスティを手放さないのは、あくまでもランバルト公爵家の要望だとエミリアに説明する。
ランバルト公爵家としては、ララスティを手放せば王命がそこで終わってしまうと考え、籍を抜かずにいるのだ。
「お姉様は利用されてるってことですか?」
「どうだろうね。ララスティ嬢自身、アインバッハ公爵家の養女になるつもりはないと言っていたけど……」
本音はわからないとカイルは言う。
「それって、あたしたちと距離があるから、お姉様が家を出ていくかもしれないってことですか?」
「もちろん理由は他にもあるかもしれないけど、ララスティ嬢がアインバッハ公爵家の養女になるとなったら、よほどのことがあるのかもしれないね」
カイルの言葉にエミリアは「うーん」と悩んでしまう。
ララスティが出ていく原因が家族仲の悪さなら、それを改善すればいいのではないか、そう単純に考えてしまうのだが、その方法が分からない。
(とりあえず、家族で集まって話し合いが必要なんじゃないかしら)
王都に帰ったらやっぱりララスティを本邸の食事に誘おう、とエミリアは心に決める。
話をしているうちに雨が止み、カイルとエミリアはララスティと合流するために湖に向かう。
「お姉様、雨宿りできているでしょうか?」
「さっき護衛に聞いたけど、湖の方にも小屋があるそうなんだ。そっちに行ってるんじゃないかな」
「そうなんですね。よかった」
エミリアがほっとしたように笑ったので、こういうところは悪くないのに、とカイルは思って、すぐに苦笑してしまう。
(ちょっと前までエミリア嬢のことをよく思っていなかったのに、すぐに考えを改めるなんて、我ながらどうなんだろう?)
カイルはそう考えながらも、少し前なら拒否していただろうに、今はエミリアと並んで歩くのが嫌になっていないことには気づいていない。
二人で並んで歩いて湖の方に戻ると、そこにはララスティとルドルフがいて、カイルは驚いて「叔父上!?」と声を出して駆け寄った。
その様子にエミリアは「あっ」と声を出して止めようとしたが、カイルとルドルフの親密な様子に、自分とは違うのだと少しだけがっかりしてしまう。
「叔父上、来ていたのですね」
「ああ、雨が降りそうだから戻った方がいいと言いに来たんだが、一足遅くてね」
「そうだったんですか」
疑いもしないカイルにルドルフは笑みを向け、次にエミリアを見る。
その視線にどきりとしたエミリアは、咄嗟に頭を下げてしまう。
「やあ、エミリア嬢。コテージに居ないと思ったらこっちに来ていたんだね。馬も使わずに大変だったろう」
「あ、いえ……歩くのには慣れてますから」
「そうかい? でも公爵令嬢なのだし、不用心なことをしてはいけないよ」
「はい、ごめんなさい」
素直に反省を示すエミリアに、ルドルフは「おや」と内心で思ってしまう。
カイルと二人にして親密になったような感じはあるが、それ以上にエミリアの意識が変わったのだとわかる。
「そっちはちゃんと雨宿りできたかい?」
「はい、偶然小屋があったので」
「それはよかった。せっかく保養地にきたのに風邪を引いては意味がないからね」
「まったくです」
ルドルフはエミリアからカイルに視線を戻し、にっこりと笑う。
視線が外れたのを感じたエミリアが顔を上げると、そこにはララスティが近づいてくるのが見え、なぜだかほっと息を吐いた。
「お姉様!」
「ああ、エミリアさんよかったですわ。怪我は? 雨に濡れているようですが寒くはありませんか?」
「だっ大丈夫です」
心配してくるララスティに、自分たち家族はひどいことをしているのに、なんて優しいのだろうと思ってしまう。
「お姉様」
「なんでしょう?」
「あたし、お姉様ともっと仲良くなりたいです!」
宣言にも似た言葉にララスティは驚きに目を丸くした後、少しの間を置いて「ありがとうございます」と綺麗に微笑んだ。
その笑みを肯定と受け取ったエミリアは「やったぁ!」と小さく飛び跳ねてララスティに抱き着いた。
抱き着かれたララスティが無表情なのを知らずに……。
えみりあに意識改革が!?
でもな、エミリア……ララスティの心を動かすのは難しいんだ、ごめん
ララスティにとってエミリアは観察対象であり、前回自分を追い落とした相手だからね!
でも、まだ挽回のチャンスはあるかもしれない!
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