愚者か悪か①
(どうしてっどうしてお姉様ばっかり!)
エミリアは悔し涙を流しながら森の道を走る。
ただ気になるカイルと一緒に居たかっただけなのに、カイルはエミリアを気にも留めない。
平民だった頃はこんなことはなかった、と思ってしまう。
ずっとお姫様のように扱われ、だれもがエミリアの要望を叶えようと我先に動いていた。
それが貴族になって、社交界に出るようになって変わってしまった。
アーノルトやクロエは別だが、誰もがララスティを優先し、エミリアは二の次。
勉強や人付き合いなど気を張ることが多く、息抜きもろくにできない。
そんな中で気になり始めたカイル。
いつものように、当然自分を優先してくれると思ったのに、それはエミリアの勘違いだった。
(あたしだってがんばってるのに!)
走り疲れ、「はあ」と息を吐きだした足を止める。
近くの樹にもたれかかるように座り込み、「なんでよ」と呟く。
もっと思い通りになるはずだった。
今回の旅行について来たのだって、少しでもカイルとの距離を縮めたかったから。
「ランバルト公爵家の令嬢なら、あたしだっていいじゃない」
不貞腐れたように呟き、落ちている枝で地面をつつく。
アーノルトは、ララスティがカイルの婚約者なのはランバルト公爵家の娘だからと言っていた。
それならば同じ公爵家の娘である自分でもいいはずだと、エミリアは勝手に思い込む。
本当はララスティの血筋こそが重要なのだが、そのことをアーノルトもララスティも知らない。
「どうしてお姉様ばっかり……」
初めて会ったとき、ララスティを見て本物のお姫様だと思った。
そんなララスティの持ち物を好きにしていいとアーノルトに言われ、なんの罪悪感もわかなかった。
だって、ララスティがいなければ本当なら全てエミリアの物だと言われたから。
だから他人が奪ったと言ってきても、エミリアからしてみれば返してもらった感覚でしかない。
「みんなわかってくれない」
エミリアはため息をついて枝でさらに地面をつつく。
しかし、ララスティやルドルフに言われ、カイルに責められてその考えも揺らいでいる。
自分は特別ではないのかもしれない。
そう考え始めているのだ。
「あーあ、ハンカチ……また受け取ってもらえそうにないな」
エミリアはポケットからハンカチを包んだものを取り出してため息をつく。
以前ララスティのところから貰った刺繍糸が余っていたので、あの後もまた刺繍をした。
少し絵柄がよれてしまったが、愛嬌の範囲内で収まると自分で包んだ。
カイルにプレゼントしようとずっとポケットに入れていたが、渡すタイミングが見つからない。
(がんばってる、よね? あたし……)
しょんぼりと肩を落とし、手にした枝を落とす。
ハンカチをポケットに戻すと、エミリアは「あーあ」と声を出して空を見た。
「ばっかみたい」
なんのために頑張っているのだろう。
公爵令嬢として皆に褒められるため? がんばって偉いと言われるため?
ララスティに負けなようにするため?
「わかんないよ……どうしたいのかなんて……わかんない」
ずっとアーノルトの言うように生きてきた。
それで十分だと思っていたから、周囲がそれでいいと言ってくれていたから。
でも貴族になってそれだけではうまくいかないことが増えてしまった。
エミリアが深くため息をついた瞬間、ポツリと頬に水滴が当たる。
「え?」
目を凝らしてみれば、少しずつ雨粒が空から落ちてくるのが見え、エミリアは「うっそ!」と声を上げてしまった。
「もうっ! なんでよ!」
八つ当たりのように言うとエミリアは立ち上がってきょろきょろと当たりを見渡す。
どんどん強くなる雨足に焦りが強くなり、とにかく雨宿りをしようと考え始めたところで、バシャバシャとこちらに近づいてくる足音が聞こえ、びくりと体を揺らしてしまった。
(だ、だれ?)
不安そうに音の方を見れば、そこにはカイルが走って近づいてくるのが見え、エミリアは思わず「カイル様!」と大声を出した。
「エミリア嬢!?」
カイルの驚きの声と近づいてくる足音にエミリアはほっと肩の力を抜く。
その時、初めてルドルフの言葉を理解できた気になった。
親しくないものが駆け寄ってくる恐怖。
それが高貴な身分であれば暗殺や誘拐の可能性もあり、その恐怖はもしかしたら今自分が感じたもの以上なのかもしれない。
(あたし、とんでもないことしてたんだ)
「まったく、こんなところに居たのか」
「あの、こんなところって?」
「道を外れてる、というか……わき道にそれているよ」
「ええ!?」
思いがけないことを言われ、エミリアは自分が辿ってきた道を見るが、いつの間にか違う道を走っていたようだ。
(全く気付かなかった)
もしカイルが来なかったら迷子になっていたかもしれないと、思わずぞっとする。
「はあ、とにかく雨も降ってきたし……」
カイルがそう言ったところで、護衛が近くにある小屋の話をする。
「小屋? わかった……とりあえずそこで雨宿りをしよう」
そう言ってカイルは動かないエミリアを見る。
「いかないのかい?」
「え、あたしも行っていいんですか?」
「こんなところに一人で置いて行ったら僕がララスティ嬢に責められてしまうからね」
「あ……そう、ですね」
エミリアは一瞬俯いた後、パッと顔を上げてにこりと笑う。
(あたしを助けてくれるのは、お姉様のためか)
その事実に胸が痛くなるが、ここで泣いてもきっと迷惑だとエミリアは泣くのを我慢した。
カイルと共に移動し、小屋に到着したころには二人ともずぶぬれになってしまい、護衛が暖炉に火を入れる。
「寒いだろう、上着は脱いだ方がいい」
「あ、はい」
エミリアは言われたとおりに上着を脱ぎ、近くに来た護衛に渡す。
カイルも上着を脱いで護衛に渡し、ため息を吐きだした。
「まったく、すぐに止むといいんだが……」
カイルがそう言って窓の外を見た瞬間、ぽたりと髪の毛から水が垂れたので、エミリアは咄嗟に「これ!」とハンカチの包みを差し出す。
「よかったら使ってください!」
「……それは、ハンカチかい?」
「はいっ!」
「悪いけど」
カイルはそっけなく言うと、自分のポケットからハンカチを取り出して髪の水滴を拭う。
そのハンカチには綺麗な刺繍が施されており、エミリアはハッとしてしまった。
「そのハンカチ……」
「ララスティ嬢からのものだ」
当然のように言うカイルにエミリアは胸が痛くなった。
自分の刺繍とは比べ物にならない、お店で売っているようなきれいな刺繍。
途端に自分の拙い刺繍が恥ずかしくなってしまい、エミリアはハンカチを慌ててポケットにしまう。
「……君は?」
「え?」
「君こそ水気を拭わなくていいのかい?」
「あ……」
そこでエミリアは自分用のハンカチを忘れている事に気が付いた。
「あの、あたしは大丈夫です……」
本当は意識した途端に張り付く髪や服が煩わしく感じてしまったが、まさかハンカチを忘れたとも言えず、「えへへ」と笑った。
その態度に、なんとなく事情を察したカイルが「先ほどのハンカチを使えばいい」と言ったので、エミリアはショックを受けてしまう。
「え、あ……でも」
「使われた方がハンカチも役目を全うできるだろう」
「…………そう、ですね。あはは」
エミリアはそう言って笑うとポケットからハンカチの包みを取り出し、ガサガサと開ける。
現れたのはクリーム色のハンカチに赤い花っぽいものが刺繍されたもの。
(お姉様の刺繍とは全然違う)
内心でしょんぼりとしながら、ハンカチで水気を拭い取っていく。
その様子を観察しながら、カイルはエミリアを素直ではありそうなのに、と内心でため息をついてしまった。
(ララスティ嬢の言った通りなのかもしれないな)
カイルは以前ララスティに言われた、エミリアは育った環境さえ違えば、もっと素直でまっすぐな子だと思うと言っていたことを思い出す。
言われた時はまさかと思ったし、今も僅かに疑ってしまうが、少なくともカイルの発言に対して素直に行動はしている。
(環境、か……)
あのアーノルトとクロエに育てられているのなら、偏った考えになってもおかしくはない。
「君は、自分の両親の行動に違和感を覚えたことはないのかい?」
「え?」
唐突なカイルの質問にエミリアはキョトンと目を瞬かせる。
エミリアとカイルのターン!
こっちはこっちで甘酸っぱい雰囲気になるかなぁ?
さて、どうしましょう('ω')
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