9煉獄の氷河《ヘアルグライシス》
ブラッドアイウルフの大群は間近まで迫ってきていた。
男は大群の方に身体を向けると剣を両手で強く握りしめる。
「ハァアアアアアアアア」
男からは赤と黒が混ざったようなドス黒いオーラを放出させる。
ブラッドアイウルフ達は少し躊躇いスピードを緩めたが依然として向かってくる。
「フンッ」
男は剣を右手に持ち直し、身を捩じらせてから横に一振りする。
「グァアア」
一瞬の出来事だった。断末魔をあげたと思っていたら狼達の身体はグシャグシャに弾け飛んでいた。
先頭にいた狼は原型すら留めていない。
しかし、後方にはまだ生き残りの狼達が数頭いる。
【煉獄の氷河】
男は剣を地面に叩きつけると地面が凍りつき亀裂のように狼達を目指してまっすぐ進む。
狼達に亀裂が到達すると足先から凍りつき瞬く間に氷像と化した。
す……すごい。
その時、自分の後方から狼の咆哮が聞こえた。
「グルッアア」
完全に油断した。振り返るとブラッドアイウルフが口を大きく開けて今まさに喰い殺そうと迫ってきている。
「!『ロノス』!!」
声がしたかと思うと男が突然目の前に現れブラッドアイウルフを片手で素早く一突きした。
ブラッドアイウルフは叫ぶ隙もなく剣で身体を貫かれ動かなくなった。
男の姿はブラッドアイウルフの返り血で黒い服が赤く染まり、鋭い紅い眼の顔は鬼の形相をしていた。まるで死神そのものだった。
突き刺した剣を狼から引き抜くと小さく呟いた。
「良かった……」
あまりにも小さい声だったが俺にははっきりと聞こえた。
「気配はもう感じられないな」
男は剣を握る力を強めるとバラバラに砕け散り、男の首元に移動すると赤い宝石のついたシルバーネックレスに変化した。
剣が消えたからか眼の色も琥珀色に戻っていた。
「ありがとうございます」
「守ると約束したからな。気配はないとはいえ増援の可能性がある。先を急ぐぞ」
男は元々狼だった氷像を越えて先に進む。
俺も置いていかれないように走ってついていった。
「あの!?」
「どうした。もしかして速かったか」
「さっき『ロノス』って叫んでましたけど、もしかして弟さんですか」
「……。そうだ」
「『ロノス』さんは」
「その話は今はいいだろう。それにもうすぐ目的地だ」
話を半ば強制的に切られた。
弟さんのことを名前で聞くのは、タブーだったのかもしれない。
お互い沈黙のまま進む。
モヤモヤした気持ちで先に進むと前方に赤く優しい光が見えた。
それは待望の出口だった。




