5狼の猛攻
――
「このペンダントは……」
「そしたら……」
「預け……」
「いやよ……」
「大丈夫。必ず戻って……」
「約束だからね……」
――
ピチョンと水が落ちる音がした。
ボンヤリとした頭が少しずつ鮮明になっていく。
湿気のある苔のようなニオイ。
冷たくて硬いヒンヤリとした場所にうつ伏せになっているようだ。
顔を上げるとツルッとした岩の上にいたことがわかる。
するとまたピチョンと水滴が落ちる。
上を見上げると尖った鍾乳石から水が落ちていた。
ここは洞窟の中か?
少し滑りながらも立ち上がる。
何か夢を見ていたのか?
少し頭がフワフワする。
そうだ。オレは女神の力で異世界に転移をしたんだった。
ふと自分の服装をみると悲しいかな、村人のような格好に翡翠色のペンダントと高そうな指輪。簡素なポケットには白いハンカチがはいっていた。
あの時は雰囲気に流されたが、どう考えても勇者の装備にしては貧弱すぎる。
何が神光授かりの儀式だ!
親戚から好みじゃない古着を押し付けられた気分だった。
とりあえず最初の目標としては人に出会い、指輪を売って装備を整える!…ただ、この金色の指輪は高値で売れるのだろうか…?最悪ペンダントは高値で売れそうだが、この異世界の保険だ。簡単には手放せない。そもそも人に出会えるのだろうか?正直、この洞窟の内部に人の気配を感じられない。静寂の中に水滴の音が響くだけだった。
「とりあえず出口を探すか」
ツルツルとして不安定な岩場に立ち。時には足だけでなく手で支えながら出口を目指して進み始めた。
幸いなことに洞窟内は光輝く鉱石が暗闇を照らしていて、闇の中を進むことにならずに済んだ。また、今履いている靴が靴底にゴムのようなものがくっついていて見た目に反して滑りにくく、比較的安全に進めた。
「ハァハァ…」
ようやく安定した足場にたどり着く。
「や…やったぞ…!」
その場でペタンと座り込んだ。
「運動神経がないと…やっぱりつれぇわ…」
運動をしない帰宅部の本領発揮です。
疲労困憊なのでもう動かずに休んでいたかったが、それだと何も進展しない。それに、動いていないと不安で押しつぶされそうだったので、立ち上がって自分の体にムチを打ち先に進む。
「ま…真っ暗じゃん」
突然の暗闇。今までは鉱石の光で何とかなっていたが、先の道にその鉱石がなかった。
「どうすっかな」
流石に暗闇の中進むには、灯りがないと難しい。
近くに燃やせそうな物を探したが何もない。
それにあったとしても発火させる物もない。
「これ詰んでねぇか!だいたい転移場所がおかしいだろう!定石通りなら王様がいる城内とか人に囲まれた転移陣とかじゃないか!装備も酷くて転移場所も酷いってベリーハードすぎるだろっ!」
誰もいないのに大きな声で独り言を叫ぶ。
すると、その独り言に呼応するかのように暗闇の奥から赤い光が近づいてきた。
もしかしたら人かもしれない。
「おーいっ!聞こえるかぁ!暗くて進めないんだ!助けてくれぇ!」
一縷の望みにかけて精一杯叫んだ。
その声が届いたのか赤い光はまっすぐ、こちらに向かってきた。
「よし!ありがとうなぁ!」
あまりの嬉しさにお礼の言葉が飛び出す。
赤い光はすごいスピードで順調に進んでいる。
背の低い人なのか赤い光は低い位置で光っている。
両手に光源を持っているのか、赤い光は並んで二つあることに気づいた。
気性の荒い人なのか息遣いが激しい…。
いや、何だかおかしい?
鉱石が光るエリアに近づいたため、その姿を確認できた。
というよりも確認してしまった。
「ま…まじかよ!」
体が黒くて血のように赤い両目の狼だった。
キバをむき出しにして、ヨダレをまき散らしながら迫ってくる。
「やるしかないかっ!」
逃げるのは不可能だと咄嗟に判断をして、近くのボーリング玉のような丸っこい岩を持ち上げて戦う覚悟を決める。
「よし来いやコラァ!」
アドレナリンがドバドバ溢れ出し、気合いを入れて前に踏み出す。全身が逆立ち怯えそうにもなるが、ギリッと歯を食いしばり、とにかく前に踏み出す。
まさに死に物狂いってやつだと感じた。
狼が眼前に迫り、同時に持っている岩を振り下ろす。
「ギャイン!」
狼の速度がついて飛びだした頭に岩がクリーンヒットした。
「もういっちょぉお!」
岩が当たり、ふらついた狼の身体にもう一度岩を持ち上げ振り下ろした。
「グルルォオ!」
岩が顔面に命中する寸前で狼は、けたたましく吠える。
すると狼から赤いオーラが発せられる。
「うぉっ!」
岩は赤いオーラに遮られて狼の顔面に届かなかった。
「グオォオ!」
狼がさらに力をいれたのか、岩は砕け散った。
さらに身体は遠くに吹っ飛ばされ、近くの岩壁に背中から叩きつけられた。
「グハッ!」
身体に今まで味わったことのない痛みが走った。
持っていた岩も砕け散り粉々になっている。
岩壁からフラフラと離れる。
この難易度はベリーハード以上かもしれない。
「ガァァ!」
狼は力強い咆哮をしながら赤いオーラをさらに強め、
にじり寄る。
すぐに近寄ってこないのは、先程の岩の一撃により警戒しているからだろうか。
どのみち、立ったまま意識を保つことで精一杯なので、もはや攻撃の余裕がない。
ふとペンダントのことを思い出す。
ペンダントは命を失うほどの一撃で発動するとフロディーは言っていた。
何とかなるかと思いかけたがペンダントの効果が発揮されて一命を取り留めたとしても二撃目でアウトだ。
赤いオーラを発する狼は今もゆっくりと俺の近くに歩み寄ってくる。
これは「詰み」かもしれない。
「あぁ…。ここまでかよ…」
幻覚なのか狼の後ろに人がいるように見えた。
話かけようともしたが、身体はもう限界だった。
そして俺はその場で倒れ落ちた。




