36サヤナ姉ちゃん
夜の村を、壁やポールに設置されたアンティーク調のランプが、柔らかい光で照らしていている。その光の中を、俺とガルラは歩いてイグマ亭まで向かう。
イグマ亭の前までくると、室内から笑い声やグラスを合わせるような音が聞こえた。ガルラと俺は宿の喧噪を聞きながらドアを開ける。
室内に入ると、フワァっといい匂いが鼻腔をくすぐる。周りを見渡すとガブリと豪快にお肉を食べる人、シャキシャキと音を鳴らしながらサラダを食べる人、シュワシュワした飲み物を気分良さそうに飲んでいる人など、多くの人たちがいた。すごくおいしそうだな⋯⋯。あーはらへったぁ⋯⋯。
匂いによる刺激で、空腹感に襲われる。
「いらっしゃいませ〜。あれ、ガルラくん?」
料理にばかり意識を向けていると、不意に前のカウンターから、ゆったりとした聞いたことのない声がする。
意識を戻して前を向くと、カウンターにはアニカさんではない別の女性がいた。白シャツにベストは、アニカさんと同じだが腰には茶色いエプロンを巻いていた。エメラルドのような瞳に色白の肌。髪はロングのピンク髪でウェーブがかかっている。そして、二つのアレが大きい⋯⋯。俺のバカ野郎!初対面の人に失礼だろう!
俺は、高校男子特有の病に苛まれる。ピンク髪の女性は、俺の失礼な病気なんて知る由もなく、ただおっとりとした表情を浮かべていた。
「サヤナ姉ちゃん。ただいま!」
横にいたガルラが、とんでもないことを言う。
「ガルラ⋯⋯。お前、姉がいたのか⋯⋯」
「違うぞ。サヤナ姉ちゃんは、ここの従業員で俺が小さい頃から働いてるんだ」
ガルラが瞬時に否定する。
どうやら早とちりをしてしまったようだ。
話がしやすいようにカウンター前に移動する
「あれ?となりの人はガルラくんの友達かな?ええっと、たしか名前はアラタさんよね?アニカさんから聞いたよ〜。ガルラと仲良くしてあげてね〜」
サヤナさんは両手を合わせてニッコリと微笑む。
のんびりまったりとしていてアニカさんとは正反対だなと思った。
「はっはい!」
無駄に背筋を伸ばして返事をした。
「サヤナ姉ちゃん。母ちゃんいる?」
「アニカさんなら今、厨房で料理を作っているよ。呼んでこようか?」
「いや。集中している母ちゃんの邪魔しちゃ悪いから、終わってからでいいや」
「そっか。ガルラは母親思いで偉いね」
サヤナさんはガルラの頭に手を伸ばすと頭をなでる。
ガルラは、驚いた表情でサヤナさんの手が届かない後ろにササッとさがる。
「ガルラ、今日もサヤナさんに甘えているのか!?」
「大人になれよガルラ!!」
宿の常連だろうか?シュワシュワした飲み物を手に取った二人組がガルラをからかう。
「うるせぇぞ!からかうんじゃねぇ!アラタ!これは違うからな!!それにサヤナ姉ちゃんも恥ずかしいから頭を撫でるのやめろって!!俺はもう16だぞ。いつまでも子ども扱いするなよな!」
「あれっ?だめかな?」
「だめなの!!」
やり取りを見ていた他の人たちも笑い始める。
ガルラの顔は、のぼせたように真っ赤だった。
「サヤナ!ハニーラビットの香草焼き。いっちょ上がったよ!!」
ガヤガヤとしていると、アニカさんがカウンターの奥から、料理の乗ったトレイを持って出てきた。




