20温泉
棚田のように段々となった岩場からほんわかと湯気が立つ。温泉は日の光を優しくキラキラと反射させて岩場を仄かに照らしていた。温泉内にはオレンジ色の湯浴み着を着た男女の多くの人たちが気持ちよさそうに入浴していた。混浴には驚いたけどその気持ちを吹き飛ばすくらい山々と一体になった景色はとても美しかった。
「いかがですかアラタ様。マグフェル石を採掘した際に産まれた至福の副産物。温泉です。」
ヤフトコさんが誇らしげに説明する。
確かに、この絶景がある村なら誇らしくなる気持ちもわかる。
「あちらで温泉の入浴料を支払いましょう」
ヤフトコさんが指し示す先には岩場をアーチ状にくり抜いた人工的な洞窟だった。カンテラのような灯りに照らされた内部の奥には岩で作られた円状カウンターのようなものが見えた。人が立っているので、あそこで支払いをするのだろう。
しかし、入浴料か⋯。
無一文の自分には払うことができない。
ヤフトコさんに目で訴えてみる。
「アラタ様。料金のことならご安心ください。人気の温泉ですが、旅の人に良さを知ってもらいたいという思いから格安の5ソリアで入浴することができます」
ヤフトコさんは察してくれたのか温泉の入浴料を教えてくれた。ライアスさんと翡翠石のペンダントの話をしたことを思い出す。確か⋯ペンダントは10ソリア。10ソリアがパンが二つ分だから、5ソリアはパン一つ分か⋯。パンの料金は分からないが、パン一つ分の料金で温泉に入浴できるのだから間違いなく安いのだろう。でも⋯そのお金もない⋯⋯。
「ヤフトコさん⋯⋯」
「どうしました?」
「5ソリアもないんです⋯」
「えっ。50ソリアではなく、5ソリアですよ?」
「はい。というか1ソリアも持ってないんです」
「1ソリアも⋯⋯」
ニコニコしていたヤフトコさんの表情が固まる。
とても引きつった笑顔をしていた。
「失礼ですが本当に何もお持ちではないのですか?」
「あっ。実は指輪を持ってまして。コレをお金に変えようと思ってまして⋯」
ヤフトコさんに指輪を見せる。この指輪を売れば多少はお金になるはずだ。
「指輪⋯ですか⋯」
ヤフトコさんは笑顔を崩して、険しい表情で指輪を見る。しばらく見るとまたニコニコとした表情に戻った。
「ご事情承知いたしました。私がアラタ様の懐事情を把握せずに案内してしまったことが事の発端です。ですから、お詫びの意味も含めまして温泉の料金は私がお支払いします」
「いや。流石に悪いですからいいですよ」
「ここまで来たのですから温泉に入浴せず帰るのは勿体ないですよ。大丈夫ですからお任せください」
ヤフトコさんは少し口調を強めて言ってきた。
その優しさに少しウルッときてしまった。
「ありがとうございます。じゃあお願いしてもいいですか?」
「もちろんでございます」
指輪を売ってお金が出来たら必ず返そうと心に誓う。
「それでは温泉の受付場所に参りましょうか」
ヤフトコさんの笑顔が凄く優しく見えた。




