10確かめない幸せ
男と一緒に出口に飛び出す。
洞窟の中では感じられなかった冷たくスキッとした風を体に受ける。
鼻には突き刺すような外の冷気。
そして目の前に広がるのは大きなの湖
大きくて赤い太陽を水面に映していた。
湖と空。二つの太陽。
その二つの赤い光はブラッドアイウルフの時とは違って温かく安心出来る光だった。
男と二人でその光を立ち止まり見ていた。
「……。きれいですね」
「俺もこんな綺麗な朝焼けは初めてだ」
「そうなんですか」
「あぁ。……いいものだな」
何だか心が洗われる。
今度は心地良い沈黙の時間だった。
「さて、お前の両親は湖畔の辺りですぐ近くだ。準備はできているか」
俺の両親。
買い物好きでお節介だけど誰よりも優しい母さん。
厳格だけど実はゲーム好きで頼れる父さん。
何だか色んなことがありすぎて頭がゴチャゴチャしてたけど会えるんだな。いきなりいなくなっちゃったから母さんは泣いてるかもしれないな。父さんは大丈夫だろうとか言いながら酒の量を増やしているかもしれないな。もしも会えたら家じゃないけど『ただいま』って言おう。正直会えなくても姿が見れたらそれでいいや。
「お願いします」
「……。わかった」
正面の湖付近に向かうため、現在地から少し下る。
そして、しばらく歩くと男は指を差した。
「あそこだ」
指を差した方向を見ると馬のいない横転した馬車があった。ドア付きのタイプで内部はわからなかった。
両親がこの馬車に乗っていた?
すると、両親は異世界転移したのか?
様々な疑問が頭で渦巻く。
「馬車内を確認してこい。だが無理はするな。受け入れないことは恥じゃない。確かめないことが幸せなこともある」
逃げたい気持ち。見たい気持ち。苦しい気持ち。吐き出したい気持ち。色んな気持ちがあるけれど自分に選択肢はなく「見る」一択。ここで見ないと何も始まらない気がした。
倒れた馬車に恐る恐る近づく。
横転した馬車に登り、戦々恐々とした身体に一喝して震える手でドアを持ち上げた。
生ごみが腐ったような臭いが鼻にこびりつく。
臭いに負けず、馬車内部を覗き込んだ。
馬車内部では二人の男女が乗っていた。いや乗っているというよりも転がっているが正しいかもしれない。
腕や足が二人で絡まりグチャグチャの状態。吐きそうになる衝動を抑えて顔を見る。少し腐敗はしているものの顔の判別はできた。その顔は残念ながら両親ではなかった。見るのも嗅ぐのも限界だったため馬車のドアを再度しめて馬車から降りる。人のリアルな死体をはじめて見て嗅いで感じたが気分のいいものじゃなかった。




