(16/16)【最終回】だってサトルが好きだから
翌週の日曜日。紫陽はタカハシの家で洗濯物を干していた。
前の日が嵐で、『つっかけサンダル』がびしょびしょ。仕方ないので玄関の靴を庭に持っていって使った。
洗濯物を干し終わってベランダからリビングルームに入るとガラガラッと音がした。
『是也さん。ホームセンターから帰ってきたんだ』
どうも台所に入った気配がする。
台所をのぞいた。
あ! サトル!!
サトルの後ろ姿だ。ふわふわとした薄茶の髪の毛。なんとなく声をかけそびれるとサトルが冷蔵庫を開けて何か白い箱を押し込んだ。
それから。慣れた手つきで冷蔵庫1番上の黒いビニール袋を取り出した。
あ……私が高校3年の時に『高橋先生』にあげたチョコレート……。
サトルは黒いビニール袋から箱を取り出しフタを開けた。
そしておそらく『ジッ』と中のチョコレートを見つめた。
冷蔵庫から『ピーッピーッ』と音がしていてもまだ見つめていた。『中のものがあったまっちゃう』紫陽はハラハラした。
どれだけ経ったのか。『バフン!』とふたを閉めると黒いビニールに入れ元通りの場所に置いた。
そして冷蔵庫を『バタン!』としめた。
紫陽は慌てて後ずさった。
なんか。見てはいけないものを見た気がする。
慌てすぎてそのままお尻からコケた。
ドシーーーンッッッ!!!
「なんだぁ?」サトルが台所から顔を出す。
「イタタタタ……あっ。サトルじゃん!」
「おう。なんだぁカブラギ。お前日曜日までタカハシの家か!」
「せっ洗濯物干してたんだよっ」
「あ〜。それで玄関に靴がなかったのかよ。タカハシのもないし誰もいないかと思ったわ」
「是也さんはホームセンター!」
笑って手を伸ばしてくれた。手を握る。
柔らかい手だ。是也さんの。すべすべした。少し冷たい手とは全然違う。心地よい暖かさだ。
ぐいっと引き上げてくれた。顔が近づく。
サトルが『ニヤッ』と笑った。
「…………この距離ならキスができるな」
「冗談じゃないよっっ」
急に手を振り払ったのでまたバランスを崩し『ドシーーーン!』とコケてしまった。
「何やってんだぁ。カブラギ」
「アンタが変なこと言うからでしょっ!!!」
体を起こしてくれた。
「はははは。悪りぃ悪りぃ。それにしてもお前またパンツ『マウンテンズ』か! いい加減そのペンギンのやつはくのやめろよ!」
「ちょっ! 見てんじゃないよっ」
「目に入ったんだよバーカ!!」
紫陽が『イタタタタ……』とお尻をさするとサトルがニヤニヤした。
「そーいや。カブラギいつか『ペンギンパンツはいたとこ見る?』って言ってたなぁ。まさか叶うと思わなかった。信じられないほど色気ねぇな」
「色気あるのも持ってます!」
「アレだろ? 白のレースとか、ピンクの薔薇柄とか、ハートが上下になってるヤツとかだろ?」
「なっ。なんで知ってんのよっっ」
「オレの衣装部屋に下着干すなっつーんだバーカ!」
「ここ私の家ですけど!?」
サトルはそのままクルッと回れ右するとスタスタ玄関に行って靴を履いた。
「カブラギー。『布袋屋』の限定ロールケーキ買ってやったからなぁ。冷蔵庫に入れといた。タカハシと食えよ。美味いぞ」
「えっ。うちで是也さん待てばいいじゃん! もう帰ってくるよ」
「オレはタカハシが美味いもん食えばそれでいいんだバーカ」
靴べらを靴箱にかける。
「あっ。駅まで送るよサトルッ」
「いらねぇわ。子供じゃねえんだ」
シャラっとポケットから『ピーポくん』のキーホルダーがついた鍵を出した。
紫陽の目の前でブラブラする。
「ほらよ。お前んちの鍵。返すわ」
「えっ!? なんで?」
「新婚十分にからかえたからな。もういい。お前もヤだろ。男が自分の家の鍵持ってたら」
そして紫陽の手にガラスの靴を乗せるようにそっと置いた。
「じゃーなーっ」ガラガラッと玄関の引き戸を開ける。
「あっ! 待ってサトルッ!!」
「あ?」
振り向いた。
「…………また来てくれるよね?」
「来るぞ。なんでだ」
「だってさぁ。鍵返したりして。もう家に来てくんないみたいじゃん」
「バーカ。ここアニキのうちだぞ? フツーにくるわ。これからはタカハシの在宅を確認してから来るってことだよ」
「よかった…………」
サトルがポケットに両手をいれてそっぽを向いた。
「メーワクじゃないの?」
「え? なんで?」
「新婚家庭にしょっちゅう弟が上がり込んでくるとかよ」
「いや。だって。私サトル好きだし」
言ってしまってから『あっ!』と思った。そのセリフ。『高橋紫陽』だけは言ってはならなかった。
だって紫陽はサトルの気持ちには応えられないのだから。かつてのタカハシみたいに。キチンと相手を手放して。『3人とデートしてこい』とか言って突き放して。もう自由にさせてあげないと。
それが大人じゃない。おもちゃを2つとも手放せない子供みたいなこと言っちゃダメじゃない。大人なんだから。相手の本当の幸せを願わなきゃダメじゃない。
サトルはしばらく紫陽を見つめると『ニヤッ』と笑った。
「はいはい。タカハシの次にね。ありがとよ」
あっ……。上手いことかわしてくれた……。
「カブラギッ」
「はいっ」
「てめぇ。オレが『2番』だからな。ぜっったいタカハシとオレの間に誰か入れんなよっ。浮気すんなよっ。わかったかっっっっ」
「はいっっ。誓います!!」紫陽は直立不動になった。
え? サトル言ってることおかしくない? 何から何まで異様じゃない!?
サトルが雲が吹き飛んだ青空みたいな笑顔になった。
ミッキーマウスが、シンデレラ城の前でゲストを抱きしめるときのあの笑顔だ。
IQ148とか。年収億越えとか。YouTube10位とか。そんなの何も関係ない。ただ、ただこの人の笑顔がまぶしいから好きなんだ。
いつも。見えない手で。紫陽を抱きしめてくれる。
「よーし。それでいいぞ。またすぐ来るわ。オレの、紫陽」
(終)
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【次回作】は『彼の役割』〜17歳年下の妻の好意が結婚以来カンストしてくるのですが、俺は単なるオッサンだし訳がわかりません!!〜
高橋是也は高校の現国教師。38歳。結婚したばかりの妻がいる。年齢はなんと17歳差!
『若くてきれいでスタイルのいいお嫁さん』と周りは羨ましがるが、それはそれで大変なのです。
妻、紫陽21歳。どうも『結婚』というものに過剰な期待をいだいているらしい。
ある時は夫! ある時は先生! ある時はお父さん!
次々要求してくる妻に毎日振り回される。
ええっ!? 今日は『お兄さん』になってくれ!?
無理ですけど!?
17歳差新婚コメディ。
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【2021年6月21日初稿】
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