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6.苦手

 エドガー様のアプローチが凄まじいために、屋敷中が浮ついている。

 幸いなのはまだ本人がうちに来ていないことだけれど、ここ数か月の間にプレゼント攻撃をうけている。


「情熱的な方ですね」

「そ、そうね……」


 エリンは嬉しそうにエドガー様からの贈り物を整理している。

 可愛い猫のネックレスや、青い鳥の刺繍が入ったリボン、犬の絵が入った栞などなど。いつも私の好みにぴったり合った贈り物をくれるのでエリンは感心している。


「お嬢様が動物をお好きだとエドガー様もご存じなのですね」

「うん……。そんな話をした覚えはないんだけれど……」

「ではお調べになったのかもしれません。となればもう、お嬢様に夢中ということですわ!」


 エリンは頬に手を当てて、きゃっきゃっとはしゃいでいる。

 贈り物をくれるのはありがたいけど、一度しか会ったことのない人にここまでドンピシャで好みの物を送られると少し怖い。

 この間などは虫の画集なんて他の令嬢相手なら絶対にアウトな贈り物をしてきた。私が虫にも可愛さを見出しているなんて家族すら知らない情報を一体どこから集めているのか。まさか魔法で覗き見されているとか……。

 一応、イーノック曰くお兄様とイーノックがそういった魔法を跳ね返す魔法を私にかけてくれているそうだけど、相手はあのパーシヴァル家。どれくらい通じているかわからない。


「無理もありません、お嬢様はこんなに可愛らしいんですもの! おまけにうんと優しいから、エドガー様はお嬢様が愛しくて仕方ないのでしょう」

「私、可愛くも優しくもないわ。心も狭いし、思慮も浅いし、品もないし……」

「お、お嬢様? どうなさったんです、そんなに暗い顔をして。何かあったのですか?」


 エリンが背中をさすってくれる。

 窓辺で退屈そうにしていたイーノックが溜息をついた。


「気にしすぎだろう」

「だって……」


 お兄様がいなくなってから、良い子ぶりっ子に全力で取り組んでそれまで落ちに落ちた評価を着実に上げてきた。それをついさっき水の泡にした。


 お兄様から十歳の誕生日にもらった香水は大事に少しずつ使っていた。その香りにお姉様が気付き、分けてほしいと言ってきたので丁重にお断りしたのだ。これはお兄様に最後にもらったプレゼントで、とても大切な物だからあげたり貸したりはできない、と。

 するとお姉様はポロポロ涙を流し、お義兄様とお父様に泣きついたのだ。

 そこからはもう完全に私が悪者で、心が狭いだ、お姉様のような心の美しい子になりなさいだ、責められた。

 うんざりして、ほんっと、この狸親父は何を言ってるんだ阿保か、と、思わずお兄様のような言葉遣いの罵倒が口から出そうになって慌てて口元を抑えた。代わりにイーノックが「あほか」と私の心を代弁してくれた。

 私の持ち物をお姉様が欲しがると、すぐにあげるようにお父様に言いつけられてきた。今まで諦めて大抵の物を差し出してきた私が断るのだから大切なものだと察してほしい。かしてと言われて返ってきたものはないし、お姉様が私の物を壊しても、泣いてお父様にすがるだけで謝ってもらったことなど一度もない。泣けばなんとかなると思っているし、泣けばなんとかしてしまうお馬鹿な父親がいるのもお姉様にとってよくない。

 今回ばかりは私だって大事に大事に節約して使っているものなので何を言われても差し出す気はない。いくら粘っても無駄だからさっさと部屋に帰してくれないかなー、と、お父様の声を聞き流しているとお義兄様がずいと前に出てきた。

 始めは私の手を握って、お姉様に香水をわけてあげてほしい、と訴えてきて、私が首を横にふると抱きしめて、君は優しい子だと知っているよ、リヴィ。だなんて言うのでゾッとして。


「気安く触らないで! それにあなたにリヴィだなんて呼ぶ許可はしていません! 何度言えばわかるのよ!」


 と突き飛ばしてしまい、お義兄様は困ったような淋しそうな、被害者のような顔をするし、お姉様は大泣きだし、お父様には怒鳴られるし。騒いでいるところに駆けつけたお母様はそれはもう嬉しそうな顔をしつつ私を叱るし、もう、この世の地獄だった。


「あの場ではあんたが一番まともだった」

「あの時の私、きっと機嫌が悪い時のお母様みたいな顔だったわ」

「それは否定できない」

「うぅ……っ」


 私がイーノックと会話してるなど知らないエリンは、まだ不思議そうな顔で首を傾げた。


「あの時? いつのことです?」

「今にわかるわエリン。近くにいた使用人たちが見てたもの。私がヒステリックを起こしたって噂が入るわよ」


 エドガー様から贈られた犬のぬいぐるみをベッドからソファに移す。可愛いのでちゃんと可愛がるけれど、ベッドで抱きしめるのはクマのルビーと決まっているから。


「悪い噂にはならんだろう。使用人たちはほとんどがオリヴィアお嬢様の味方だからな。先生がらみのこととなれば余計あんたは哀れまれて他の家族は悪者にされる」


 そうかもしれないけど。

 良い子ぶりっ子をして波風たてないよう、生活しやすい環境を整えていたのに。家族からのポイントを下げてまた問題児扱いされて行動を制限されてはたまらない。


「はあ……。何があったかはわかりませんが、私はいつでもお嬢様の味方ですからね」

「うん……エリン、ハグしてくれる?」


 お義兄様にハグされた感覚をとにかく誰かに上書きしてほしくて強請ると、エリンは少し驚いた後花のような笑顔になって抱きしめてくれた。


「甘えたの可愛いお嬢様。いつでもおねだりしてください」


 エリンから花の香りがしてホッとする。エリンの香りはお兄様にもらった香水に似ている。あれは使う人の好きな香りを発する魔法の香水だとイーノックが教えてくれた。

 エリンは優しい香りがする。どこか、少し懐かしい香り。




***




 お義兄様のことはどうも苦手だ。

 悪い人ではないと思う。お人よしで、気が弱そう。そんな印象なのだけれど、妙に馴れ馴れしい。いくら言っても私を「リヴィ」と呼ぶのをやめないし、距離が近い。

 人前で恥ずかしげもなくお姉様とベタベタするので見ていられないこともある。お姉様には甘々で、何でもお願いをきく。

 馴れ馴れしいのは私が子どもだからだろうけど、こちらがこれだけ距離をとろうとしているのにぐいぐい来るので極力近づきたくない。

 ぐいぐい来ると言えば、


「この手紙って、全部に返さないとまずい……かな」


 独り言のつもりだったけれどイーノックは役に立たないアドバイスをくれた。


「律儀に考えて出すのから手間なんだろう。毎回同じ文面を返せば少しは楽だぞ」

「それは下手をすれば返さないより失礼じゃない?」


 贈り物よりも頻度が高く、平均して三日に一度ほどのペースで来るエドガー様の手紙は毎回問いを投げる形で終わらせられていて返事をしないわけにいかない。秀逸だ。


「こんなこと、侯爵家の方に失礼だろうけど」

「ああ」

「面倒くさい……」

「だろうな」


 手紙から良い人だということと好意が伝わってきて無下にもできないし……。


「しかも来週うちの近くに来るから寄るって……」

「露骨に嫌そうな顔だな。あいつのこと嫌いなのか」

「嫌いというか、苦手というか」


 あの遺体は実はエドガー様のお兄様で、復讐に来たのでは、とか。パーシヴァル家にエドガー様以外の息子がいたと聞いたことはないけど、エドガー様とあの遺体が無関係ということはまずあり得ない。

 遺体が絡むなら良い関係を築けるとは思えない。


「あの義兄も苦手だろう」

「そっちは単に波長が合わない、相性が悪いってだけなんだけどね……」


 エドガー様は得体が知れない恐怖がある。


「無理もないがな。あんたの義兄、先生とまるきり逆だ」

「ちょっと待ってよ。それじゃ私がお兄様のような人を好きみたいじゃない! あんなトラブルメーカーだってできれば関わりたくないわよ」


 兄妹だから多少、少し、愛着があるだけで、奇跡的にまだ豆一つ分くらいの愛情が残ってるだけで、あんなの兄でなければ今頃私の手で亡き者にしていた。

 とはいえ、お義兄様がお兄様と真逆というのは確かに。

 長男で才能も十分、期待を一身に背負いつつも自由奔放、我が道を行くお兄様。お義兄様は優秀な兄を持つ次男で、何でもそこそこ、期待をかけられることはなかったけれど堅実な道を歩いてきた。


「あの人、馴れ馴れしいのに私と仲良くなるつもりがないから薄っぺらく感じるのかも。仲の良いポーズだけとっておこうって魂胆があからさまなのよ」


 お兄様は私の好きなものを何でも知っていた。私が落ち込んでいるとき、私が欲しい言葉を探って、私の喜ぶものを調べて、仲直りの時は私が喜ぶ食べ物を用意して。私のことを知ろうとしてくれた。

 エリンにしても、エドガー様にしてもそうだ。私の好きなもの、嫌いなもの、趣味、特技、訊ねて知ろうとしてくれる。

 だけどお義兄様は、やたら接触をはかってくるのに私に質問はせず、ただただ褒めちぎるだけ。ご機嫌取りだけとりあえずしておこうとしているよう。


「あの人、興味がないことを隠すのが下手なのよ」

「うまいことを言う」


 イーノックは手紙の返事を書く私の手元を眺めながらフッと笑う。手紙の内容は無難なことしか書いていないので覗かれてもほっておく。


「あなたみたいにはっきり興味がないって言える人ばかりじゃないってことね」


 どっちがいいのかわからないけど。興味がないなら適度な接触だけしてあんなに馴れ馴れしく接してこなければいいのに。お義兄様もよくわからない人だ。あのお姉様と夫婦をできるくらいでは私の理解が及ぶ人じゃないか。


「この家は窮屈そうな人間ばかりだな、あんた含め」

「私が生まれる前から問題山積みの家だったからね」


 結婚してこの家を出ても、この家しか知らない私が果たしてまともな家族を築けるか。無理かもしれない。ましてやトラブルメーカーのお兄様という問題を抱えたままでなんて。


「一日に三回は鳥になって現実から逃げたいって思う令嬢はあまりいない?」

「一日に三回はあんたくらいだろうな」


 その夜、お姉様とのトラブルでお父様にはイヤミを浴びせられたけれど、来週、パーシヴァル侯爵のご子息が私に会いに知ると大喜びで今回の件は不問(そもそも私は何も悪いことはしてないけど)にされた。








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