表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/31

9 大人のフレンチトースト





 甘くていい匂いがする。キッチンから美味しそうな音が聞こえた。


 ……実家に帰って来たんだっけ? そっか、じゃあもうちょっとだけ寝よう。お母さん、何作ってるんだろ。お布団の中からいい匂いがわかるって、最高だよね。うん、最高。最高って言えば、彰一さん……って、え? あ、あれ、実家じゃない! 目を開けるといつもの天井があった。


 ベッドがちょっとだけ揺れて、天井を見ていた視界に大好きな人の顔が現れた。

「起きた? おはよう」

「お、おは、おはよう」

「お腹すかない?」

「お腹……」

「ごめん、勝手に冷蔵庫開けて使った。キッチンも」

「え?!」

 慌てて飛び起きる。途端に彼が私を抱き締めた。

「優菜ちゃん」

「……はい」

「寒いから服着たほうがいいよ。俺キッチン行ってるから」

 耳元で言われて、頭に血が上り、一気に目が覚めた。


 きゃーきゃーきゃー! すごい勢いで布団を被る。

 私ほんと馬鹿。実家なわけないじゃん! そっと顔だけお布団から出して横を見ると、私の着ていた洋服が畳まれて枕元に置いてあった。……全部。は、恥ずかしすぎる。こういうの、逆なんじゃないのかな。男の人の服を畳んであげるんじゃないの? ていうか、先に起きて私がご飯準備するんじゃないの?


 ごそごそとお布団の中で着替えてから起き上がると、ローテーブルの上には、美味しそうに焼かれた何かが湯気を立てている。一口大に四角く切られた食パンが、黄色くなってお皿の上に積み上げられて、上にはシロップがかかっていた。

「……これ、もしかしてフレンチトースト?」

「当たり。牛乳と卵があったからさ、食パンも使わせてもらった」

「す、すごいすごい! お店のみたい!」

「大げさだなあ。嬉しいけど」

「シロップは? うちには無かったでしょ?」

「ああ、砂糖があったから、カラメルシロップ作ってかけた」

 私は彼の言葉に口を開けたまま、何も言えずに本当に驚いていた。


「昨夜のお返し。優菜ちゃんの夕ご飯の」

「失敗したのに」

「全然。失敗なんかじゃなかったよ」

 彼が私の髪に触れて、ゆっくり梳いてくれた。その優しい言葉と感触にうっとりしてしまう。

「私、紅茶淹れるね」

 ベッドから急いで降りる。


「今日、何がしたい? 天気もいいし、優菜ちゃんの好きなところ行こう」

 彼が笑顔で、ふわふわのフレンチトーストを頬張っている私の顔を覗きこんできた。

「いいの?」

「もちろん」

「……じゃあ、ここにいたい」

「え」

「彰一さんと、ずっと一緒にいたい。ここに」

「……わかった。ほんとにそれでいいの?」

「うん」

 私が返事をすると、ちょっとだけ上を向いて彼が言った。


「じゃあ……昼飯は外に食べに行こう。近所でどこかある?」

「大きい公園があるからそこで食べたいな。昨日の残りのケーキも持って」

「いいね、気持ち良さそうだし。帰りに夕飯の買い物して、一緒に作って……」

「昨日、DVD借りておいたの。それ一緒に見たい」

「うん。ゲームもね」

 頬杖ついてこっちを見ながら、目を細める彼の顔に胸の中が熱くなる。

「それで、あのさ」

「うん」

「……やっぱいいや」

「どうしたの?」

 珍しく、彼が戸惑っていた。どうしたんだろう。じっと見つめていると、私から目を逸らして彼が言った。

「今日も泊まりたいって言ったら、優菜ちゃん怒る?」

 優菜、ほらいい女、いい女。今夜は一人がいいとか、自分の時間が欲しいとか……。


「全然怒らないよ。今日もいて?」

 とびっきりの笑顔で言った。

 もういい女なんて、やーめた! だって結局私にはできないし、そんなの無駄だってわかったから。彰一さんも嬉しそうに笑ってる。私、無理して背伸びしないで、このままでもいいんだよね?


 彰一さんが作ってくれたフレンチトーストは、手作りのカラメルシロップがほろ苦くて、お店で食べるよりも、ずっとずっと美味しかった。

 彼に近付き、そっと囁く。

「今度は絶対美味しいカルボナーラ作るから、待ってて」

「期待してる」



 彼におでこをくっつけた後、朝の明るい光でいっぱいの、おいしい匂いがする部屋の中、二人で笑ってごちそうさまの代わりに、キスをした。
















本編終了です。次話から番外編、二人が付き合うまでのお話を開始します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ