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穏やかな海で君と

続編9話結婚式直後、彰一視点のお話です。





 教会での挙式のあと、レストランでのガーデンパーティーも無事に済み、両親や親戚はそれぞれの宿泊先へと向かった。


「いい式だったね」

「うん。楽しくて、素敵だった」

 二人が泊まる予定のホテルは、都会の海沿いにある。夜の散歩に出てベンチへ座り、夜景を見ていると、隣で彼女が嬉しそうに言った。初めて会った時から変わらない、その笑顔で。


「不思議だね、彰一さん」

「ん?」

「だって、明日から同じ場所に帰るんでしょ?」

「……」

「今までは、どっちかの部屋に泊まったら、当たり前だけど、どっちかは自分の部屋に帰らなきゃいけなかったじゃない?」

 ベンチの背もたれに腕を置き、彼女の肩にそっと手を伸ばした。

「でも明日からはずっと同じところに帰るのって、なんかすごいね」

「……そうだね」

 静かな波の音が、二人を包んでいった。


「これからよろしく、優菜」

「あ、はい。え、あの……よろしくお願いします」

 明らかに動揺している彼女の肩を抱き、顔を覗きこんだ。

「びっくりした?」

「だって……急に言うから。彰一さん、普段は言わないのに」

 恥ずかしそうに上目遣いでこっちを見る彼女に、意地悪をしたくなって、耳元で囁いてみる。


「普段は言わないって、じゃあ……いつ呼び捨てにするんだっけ?」

「え!」

 落としそうになった彼女のバッグを、咄嗟に反対の手で掴む。

「あ、ありがと。彰一さん」

「教えて? いつ?」

「それは……あの」

「うん」

「……えーと」

「こういう時?」

 彼女の髪に指をやり、頬に顔を寄せてキスをした。

「う、うん」

 今度は返事をした唇を塞ぐ。一瞬動揺した彼女も、いつの間にか自分の気持ちに応えていた。


「……こういう時も?」

「そ、そう。かな?」

 困ったような返答がおかしくて、思わず吹き出してしまった。

「彰一さん、ひどい」

「ごめん、ごめん。優菜ちゃんが可愛いくてさ、すごく」

 もう、と言いながら腕を叩いてくる彼女の手を取る。その指には、彼女をずっと守っていくと決めて半年前に贈ったものと、今日お互いに交換し誓い合った指輪が二つ、光っていた。


「じゃあ……部屋に戻ったら、たくさん呼び捨てにしてもいい?」

「……うん」

「俺が言ってる意味わかってる?」

 疑いもせず素直に頷く彼女に、わざと確認してみる。

「わ、わかってる」

「じゃあ、優菜ちゃんにも後でたくさん呼んでもらうから」

「……彰一、って?」

「そう。もう一回言って?」


 彼女の自分を呼ぶ小さな声が耳に届いて、胸の奥から愛しいという気持ちが溢れてくる。

 滅多に言わない、愛してるなんて言葉を使ってみようかと、彼女をこの手に抱きながら思ってしまう。今それを口にしたら、どんな顔をするんだろう。


「……やっぱり」

「?」

「あとのお楽しみに取っておく」

「どうしたの? 彰一さん」

「ううん、何でも」

 不思議そうに自分を見つめる彼女の、胸元まである綺麗な髪をゆっくりと撫でた。


 そう、焦らなくてもいいんだ。始まったばかりの二人には、たくさんの時間が流れていく。

 目の前の穏やかな海のように、これから、ずっと。






~了~


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