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6 雨音の中で





 一つの傘に入って向き合って、きっと周りから見たら恋人同士に見えるんだろうな。……何言ってるんだろ。皆川さんにはちゃんと本当の彼女がいるのに。


 もう、帰らなくちゃ。


 手にしている折り畳み傘を袋から取り出そうとした。でも手が震えて上手く行かない。最後くらい何でもない顔して、ささっとこの場を去りたいのに。カッコ悪い女の子だなんて、思われたくないのに。


 傘を持ち、黙っていた皆川さんが小さな声で呟いた。

「優菜ちゃんは俺とこうして会うの、迷惑?」

「え?」

「正直に言って欲しいんだ。俺は優菜ちゃんの先輩になるわけだし、断りにくいんじゃないかっていつも思ってた」

「……」

「同じ会社で部署も一緒だし、こうして会うだけでも誰かに何か言われるかもしれない。優菜ちゃんを困らせるだけだって思ったら、はっきり言えなかった」

 困らせる? 何を? 視線を上げると、私の顔を見つめる彼と目が合った。


「津田の言う通りだよ」

「!」

「二年も前の話だけど」

「え……」

「入社して一年目の時、学生の頃から付き合ってた女の子と別れたんだ。仕事始めてから、俺全然余裕無くなってさ。上手くいかなくなって、自分から別れた」

「……」

「その頃津田には結構話してたから、多分そのことだよ」

「……ほんとに?」

 私の言葉に彼が頷いた。

「ほんとだよ。津田に確かめてもらってもいい。彼女がいたら誘ったりしないよ、俺。彼女がいなくても、こんな風に会社の女の子に声かけたりしたことなかった。今までは」


 もう一度頭の中で彼が言った言葉を繰り返し、津田さんとエレベーターの前で話した事を思い出す。


「もしかして、それで様子おかしかった? 優菜ちゃん」

「……はい。だって彼女いるのかなって、」

 あの時津田さんは「いたな、彼女。確か、」って何かを言いかけていた。その後は、エレベーターを降りて来た台車の音で聞き取りにくかったけど、皆川さんの言った通り、二年前だけどっていう言葉が続いていたのかもしれない。じゃあ……私一人で勘違いして、勝手に思い込んでたの?


「俺、てっきり優菜ちゃんは田中さんがいいのかと思ってたんだよ。それで最近避けられてるんだって」

「ええ!?」

「……総務に行くエレベーターで、さ」

「あ! あの時、津田さんに皆川さんのこと聞いたばっかりで、田中さんの前で、私思い切り変な顔しちゃったんです。そしたら田中さん、本当に私の具合が悪いんじゃないかって心配して。ただそれだけです。私田中さんに対して何も思ってません」

 一瞬会話が途切れ、傘に落ちる雨の音が耳に響く。


「じゃあ、聞いてくれる?」

 私を見つめる彼の表情が、真剣なものに変わった。

「俺……優菜ちゃんのことが好きなんだ。付き合って欲しい」

「……」

「返事は待つから」

「ま、待たないで下さい! すぐ返事します」

 私の大きな声に彼が驚いている。でも言いたいの、今すぐ。胸が一杯で、もう抑え切れそうにないから、私の気持ちも聞いて欲しい。

「私も皆川さんが好きです。……よろしくお願いします」

 私の言葉に彼は優しく微笑んで言った。

「こちらこそ、よろしく」

 彼の声に、涙が溢れて止まらない。

 ほんとに? ほんとに? って何度も聞いてしまう。その度にほんとだよ、って答えてくれる彼は、傘の中でそっと肩を抱いて私を自分の胸に引き寄せてくれた。



 彼の匂いに包まれて、さっきまでの不安が少しずつ、雨音と一緒にどこかへ流れて消えて行った。








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