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3 気がかりな助手席





 狭い部屋の中を、バッグを持ってウロウロと歩き回る。


 玄関へ行き、買ったばかりの靴を見て確認、部屋に戻って全身が映る鏡の前に立って確認、洗面所に行ってまた鏡を見て確認。目をパチパチしてマスカラが滲んでいないかチェック。

 バッグを開けて中を見る。お財布、化粧ポーチ、ハンカチ、ティッシュ、ミントのタブレット、もしもの為の頭痛薬、そして携帯。だ、大丈夫かな。本当はもっとあれこれたくさん持っていきたいけど、大荷物になっちゃうから我慢。


 手にしていた携帯が鳴った。皆川さんだ!

「は、はい工藤です」

『こんにちは。今、マンションの下に着いたよ』

「今下ります!」

 携帯を閉じて玄関にダッシュし、靴を履く。

 バッグを腕に掛けて両手を胸の前で組み、深呼吸をした。ああ、やっとこの日が来たのね。イタリアンのお店で映画に誘ってもらってから、今日までがすごくすごく長く感じた。たったの6日だけど。……浸ってないで早く行かなくちゃ。


 階段を下りると、マンションの前に停まっている車の前で携帯を持つ皆川さんがいた。

「こんにちは」

「お待たせ。どうぞ」

 私が挨拶をすると、彼は助手席のドアを開けてくれた。いいのかな? 助手席。

「お邪魔、します」

 車内に入ると彼の香水の匂いがした。ドアを閉めてくれた後、運転席に座った彼は目的地をナビに登録し始める。


 初めて見る私服姿と、たまに見かける黒縁メガネに、もうクラクラしっぱなし。カ……カッコいい。こんなに見つめてたら怪しまれそうだけど、目が離せないよ。

「ん?」

 直ぐ傍で振り向かれて、心臓が飛び跳ねた。膝の上に置いたバッグの持ち手をぎゅっと握る。

「眼鏡、たまにしてますよね」

「ああ、こっちのが楽なんだ本当は。会社じゃコンタクトなんだけどね。休みの日とか目が痛い時はこっち」

 休みの日は、なんて……普段見られない彼に触れたみたいで顔が綻んでしまう。

「すごく似合ってます」

 私の言葉に彼が驚いた顔で私を見た。……言っちゃった。だって素敵なんだもん。

「ありがと。眼鏡好き?」

「……好きです」

 皆川さんのことが。皆川さんがかける眼鏡だから好きなんです……! なんて、一人心の中で呟いて恥ずかしさに顔を赤くする。もうこれじゃ好きバレしちゃいそう。


 車がゆっくり発進した。

「優菜ちゃん酔ったりする? 車」

「いえ、全然」

 あ、あれ? 今……。ハンドルを握る彼を振り向く。

「そう。でも気分悪くなったら言って?」

「はい」

 今、優菜ちゃんって言ったよね? 普通に会話が続いてるから、どんなリアクションしていいかわからない。

「寒くない? エアコン」

「はい。今日暑いから、ちょうどいいです」

「……いつもと違うね」

「え?」

「髪とか服装」

 前を見ながら彼が言った。気付いてくれたんだ。今日はかなり気合を入れたから嬉しい。ワンピも新しいのだし、髪もいつもより丁寧に、でもゆるゆるになるように微妙に巻いた。

「ちょっと、頑張りました」

「そっか、嬉しいなそれ」

 彼の笑顔になった横顔に、心臓がきゅーっと痛くなる。

「……優菜ちゃん」

「はい」

「会社じゃない時は、呼んでも大丈夫?」

「大丈夫、です」

 名前を呼ばれただけなのに、もう倒れそう。

 どうしよう私。ほんとにどうしよう。……話をする度に、知らない表情知るたびに、彼の事どんどん好きになっちゃってる。


 でも優菜、ちょっと待って。だってまだ肝心の事聞いてないでしょ?  車の窓に目を向け外の景色を見ながら、流れている音楽に耳を傾けて、心を落ち着かせる。

 もう一度運転席に視線を戻し、ハンドルに置かれている彼の両手の指をじっと見て、心に引っかかっていることを頭の中で繰り返した。




「今日の映画、やっぱり私好みでした」

「良かった。俺も期待してたよりずっとおもしろかったよ」

 食事中、映画の話で盛り上がり、楽しく会話が続いた。

 でも私の目は車の中でそうしたように、もう一度彼の手を見つめて探してしまう。どの指にも指輪は見当たらないし、ペアっぽいものは何も身につけていないみたい。

 今更だけど皆川さん、彼女……いないよね? 結婚していないのは知ってる。でも、彼女がいるかどうかまでは知らなかったから、彼を好きだと気付いた途端、急に気になり始めた。


 もしも彼女がいたりしたら、助手席になんて座らせないよね? そもそも誘ったりしないよね?

 でも、もし私の勘違いだったら? 彼女はいるけど、ただ単に趣味が合うから私を誘ったんだとしたら?

 彼女がいなかったとしても、社内で、それも同じ部署で好きになるなんて、そういうのは迷惑だって思われるかもしれないし。でも、でも……。

 あー駄目駄目、楽しい食事の席なんだから余計なことは考えない!



「また、誘っても平気?」

 私を見つめる彼が優しく微笑むから、期待してしまう。返事をする代わりにゆっくり頷いて、私も彼を見つめ返した。






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