表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
85/166

022話『今は遠き熱月の風』(11)


「申し訳ございません」


 (うずくま)るラキリエルの後方より、螺旋階段を登って来たスターシャナが現れると戦場に立つノイシュリーベに深々と頭を下げて謝罪した。


 それは賓客である彼女を戦場に赴かせてしまったことによる詫びなのか。ラキリエルが咄嗟に類稀な行動力を発揮する人物であることは、ノイシュリーベも既にエバンス達から報告を受けていたので、凡その状況を察しつつあった。



「はぁ……はぁ……」


 恐らく彼女にとっての全力……不慣れな両脚で走って此処まで来たのであろう。肉体を酷使して階段を登り、更に古代魔法を放ったことによる消耗が重なり、肩で息をしたまま次の言葉を発することすら出来ずにいた。



 しかし、それはノイシュリーベ達も同じこと。直撃を免れたとはいえ間近で放たれた荷電粒子哮(ドラゴンブレス)の余波たる電磁波に晒され、壁上に陣取っていた者達は須らく皮膚が灼け爛れ掛けていたのである。


 比較的、軽傷と呼べたのは『白夜(ナハト・)の甲冑(ダュアンジーヌ)』に加えて爆散させた豪風を周囲に纏わせていたノイシュリーベと、少し離れた場所にある側防塔に居座っていたエバンスくらいのものであった。

 不完全とはいえ荷電粒子哮(ドラゴンブレス)の脅威に晒されて、誰一人として命を落としていないのだから、上出来どころか奇跡と云って差支えはない。



 また"五本角"のエアドラゴンのほうも無事では済まなかった。


 荷電粒子哮(ドラゴンブレス)は純魔力を変換して放つ竜語魔法の極地であり、純魔力とは惑星の中枢より引き出される根源の力そのものなのである。


 魔力と呼ばれているエネルギーは、惑星の息吹が万象に触れる過程で、生物が取り込めるよう変質した力の総称だが、純魔力は変質する前の原液のようなもの。  非常に強力なれど、故に真っ当な生物が扱うには危険極まりない剥き出しの特異点なのである。

 つまり竜種は、惑星の中枢より直接的に力を引き出すことが出来る存在なのだ。


 だが此度は純魔力を正統な手続きを経ずに荷電粒子哮(ドラゴンブレス)として撃ち出してしまった。したがって軽くない反動により自身の肉体を量子単位で瓦解させる結末(ペナルティ)となるのである。




「説明は……後で、して貰いましょうか……」


 電磁波を浴びて尚も辛うじて立ち上がり、斧槍を構える。エゼキエル達も流石に直ぐには動けないだろう、自分がやるしかないのだ。



「侯爵様……!」


 側防塔に居座っていたエバンスが駆け寄って来た。流石にこの状況では『翠聖騎士団(ジェダイドリッター)』へ配慮して、控えているわけにはいかないと判断したのだろう。

 多面騎士(レングボーゲ)が放り捨てた大戦鎚(グレートハンマー)を拾い上げ、諸手でどっしりと構えながらノイシュリーベの左側に立った。



「……微力ながら、助太刀させていただきますわ」


 スターシャナもまた壁上へと歩み出て、同じようにもう一本の大戦鎚(グレートハンマー)を拾い上げながらノイシュリーベの右後方に立った。




「グゥゥ……」


 瓦解する肉体の痛痒に堪えながらも両翼を羽搏かせて浮帯しつつ、眼下の三名を睨み据える。新たに前線に立った狸人(ラクート)とダークエルフは、他の騎士達と比べても決して見劣りしない猛者であることを一目で看破したようだ。

 戦況的には己が不利で、狩られる側にあることを知能の高い竜種は理解する。




「グルォォォオオオオオオオ!!!」


 有りっ丈の声量にて咆哮を挙げた。純魔力は伴っていないので竜の咆哮(ドラゴン・ロア)ではなかったのだが、それでも生物に本当的な恐怖を刻むには十二分。


 ノイシュリーベ達が出鼻を挫かれた隙に、"五本角"のエアドラゴンは天高く飛び上がり、一度旋回しながら加速させつつ彼女達を激しく、射貫くように睨んだ。




「必ず、貴様達を喰らうために、我は再び此の地に舞い戻る」


 視線でそう告げているように、感じた。



 そうして徐々に高度を上げた後に何処(いずこ)へと飛び去っていく。

 その飛行速度は、音速を越えていた当初と比べれば見る影もないほどに遅かったが、それでもヒトが無策で追い付けるものではない。

 激しく消耗したノイシュリーベもまた例外ではないのだ。


 数秒で遥か大空の彼方に消えていく遠い同胞の姿を、未だに(うずくま)ったままのラキリエルは心配そうに見上げ続けているのであった――






「……逃してしまいましたね。ですが手負いの獣の抵抗とは真に恐ろしきもの。

 誰一人として欠けずに害敵を退けたことを戦果といたしましょう」


 スターシャナが所感を零し、大戦鎚(グレートハンマー)を手放した。


 深手を負ったり、気絶したり、戦闘不能に陥った者こそ多数存在したものの、竜種と対峙したにも関わらず壁上の戦いでの戦死者は皆無であったのだ。

 古来より数多の戦いを経て研鑽された城塞都市の真価を垣間見せたのである。



「だよね~、むしろあのドラゴンを満身創痍にまで追い詰めただけで大金星だよ。

 おいら、後で(うた)を創るよ! そんで酒場で思い切り広めちゃうから」



対空要塞の弩砲(ゾンネンランツェ)まで使って仕留められなかったのは、手痛い結果だけどね。

 後で"あいつ"になんて言われるか……気が滅入るわ」



「相手が相手です。それに対竜戦闘に優れるドニルセン姉妹が不在でした。

 サダューイン様も、この状況では流石に貴方を叱責することはないでしょう」



「だと良いけど……」


 先のことを考えても仕方ない。先ずは周囲の状況を検めることにした。




「ブレンケ卿、ハンマルグレン卿、バリエンダール女史、被害はどうかしら?」



「はっ……身体の痺れは残っておりますが、直に動けるようにはなるでしょう。

 誠に惜しかったですな、"五本角"の討伐は皇国からの勲章授与も有り得ました」


「第四部隊の騎士達も同じく。重傷者はただちに蘇生が必要ですが……」


「……うちの子達も死んではいないわ。一番酷かったのは最初の衝撃波(ソニックブーム)

 強化法衣ごと ずたずたに斬り裂かれた子かしら? 暫くは救護所行きね」



「……よろしい。全員 よく防いでくれたわ。

 皆の命を預かり、この地を治める者として心より誇らしく思います」


 三名からの報告を受け、ノイシュリーベは内心で安堵しつつ壁上で戦った者達全員を見渡して笑顔とともに労いの言葉を送り、次いで必要な指示を出していく。

 自身もまた相応に消耗しており、制霊薬(エリクシール)の軽い反作用も出始めていたので最小限の言葉を選んで告げていった。


 最後に、ラキリエル達の傍へと歩み寄った。




「……あの、勝手に来てしまって……すみませんでした」


 やっと息を整えたラキリエルが、か細い声で謝罪の言葉を呟いた。数日前の第三演習場での件に引き続き、その突飛な行動力を見咎めたのはこれで二度目である。



「いいえ、むしろ貴方が来てくれなかったら私達は全滅していた。

 貴方には貴方の想いと理由が有っての行動だったのでしょう?

 今はそれに救われたことを、純粋に感謝するわ」


 ノイシュリーベ達の危地、そして遠い同胞であろうエアドラゴンへの同情心など彼女の複雑な事情と出自を鑑みて、多くを問い質すことは避けることにしたのだ。



「ありがとう……ございます。

 そして、もし良ければ傷を負った方々の治療のお手伝いをさせていただいても

 よろしいでしょうか?」



「ええ、願ってもないことよ。貴方さえ良ければ是非お願いしたいわ」



「はい! それでは早速 行ってまいります」



「ならば私は、その補佐をいたしましょう」


 そうして既に治癒魔法を施し始めていたバリエンダール女史に合流し、得意の古代魔法による治療を試みていくのであった。




「アンタも、よく居座り続けてくれたわね。おかげで命拾いしたわ」



「へへっ、少しでも侯爵様のお役に立てたのなら光栄ってやつですね」


 魔奏(スピリトーゾ)を行使するために取り出していた愛用のフィドルを鞄に仕舞おうとしていたエバンスにも労いの言葉を送った。


 実際に、彼が居なければノイシュリーベは今頃どうなっていたか分からない。

 そもそもにして、エルシャーナ宮を出た時点で彼に呼び止められていなければ、おそらく精神的に動揺した状態で魔鳥や飛竜種と戦うことになっていた筈だ。

 そうなれば五体満足で切り抜けられたかどうかは非常に怪しいところである。



「それよりも、あのドラゴンの去り際の目をご覧になりましたか?

 きっと再びこの都市を襲い掛かりに来るでしょう。今度は復讐者として」


 公の目がある場なので相応の口調と態度を心掛けようとするも、激しい戦いの緊張感から解放された反動からか、若干 言葉尻に緩みが生じていた。



「ええ、両腕を捥がれても全く戦意が衰えていなかったからね……。

 普通のエアドラゴンなら、とっくに諦めて降伏するか介錯を受け容れているわ」


 『竜弾郷(ドラゴンバレット)』という秘境で生き延びて来た者 特有の闘争心なのだろうか?

 明らかに通常種とは異なる執念深さを見咎め、更なる戦いの予兆を感じていた。



「サダューイン様がお戻りになられたら、よく相談されたほうが良いでしょう。

 じゃあ、おいらはお城の状況を見て回って来ます」



「……癪だけど、そうするのが無難ね。ええ、そちらのほうもお願いするわ」


 立ち去るエバンスを見送り、引き続き壁上に残って戦の後処理を続けていった。



 四半刻が経過するころには、事態の収束にともなって市街地より引き上げたボグルンド卿および第三部隊が到着し、負傷者達を城館の救護所へと運び込んでいく。


 ペルガメント卿の第二部隊は『果樹園』に散乱した魔鳥の死骸の片付けを担っていた。食用には適さないが、羽根や嘴には僅かな利用価値が存在するのである。





 空が茜色に染まる時分には戦の様相はすっかり払拭されて、都市の外に拓かれた農地を耕していた農民達も滞りなく城門を潜って我が家への帰宅を許された。


 想定外の難敵が現れたとはいえ、これまでに幾度となく繰り返されてきた害敵の襲来。激しい戦いではあったが、これがこの都市のもう一つの日常なのである。


 城塞都市ヴィートボルグにまた一つ、戦いの爪痕が刻み込まれた――


・第22話の11節目をお読み下さり、ありがとうございました!

 これにて壁上の戦いも一段落ということで、今回登場した"五本角"とはこの章の終盤で決着を着けることになると思いますので、ご期待くださいませ。

・さて、次回は皇太子殿下からのお言葉を賜って第22話を締めていきたいと思います!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ