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029話『招かれざる隣人』(2)


 先行させていた警邏隊の歩兵及び輜重隊達と道中で合流し、更にガシュラ村より半里離れた地点で偵察に放ったエバンスとも合流を果たしたノイシュリーベ達は、その場で陣地を築いて交代で一刻の休憩を挟んだ。


 もし一晩で決着が着かなかったり、手勢が壊滅的な被害を被った際にはこの陣地まで後退することになるだろう。……出来れば避けたい事態である。



「(この一刻の間に、どこまで英気を養えるかに掛かっているわね)

 (先行させていた歩兵部隊は、既に充分な休息は採っているでしょうけど)」


 時刻は夜更けに差し掛かる、西征の刻。

 昼間の暑さは多少 鳴りを潜め、静かな海岸線沿いならではの波打ち音が耳朶に響いて夏のもう一つの風情を醸し出していた。


 これから戦が始まるのでなければ、満天の星空の下で幾らでも海を眺めていられ

たことだろう……。



「(相手は"黄昏の氏族"の若者達……正規兵ではないけれど)

 (それでも一人一人の能力はこちらの兵を遥かに上回っている……)」


 指揮官用の天幕内に配置された簡易椅子に腰掛けながら、ノイシュリーベはエバンスが作成したガシュラ村周辺の地図を眺めて現地の地形を頭に叩き込んでいた。

 僅か一手の過ちが、数百名の命を危ぶませるのだから、想定される戦の展開を脳内で繰り広げておいて損は無い。むしろ必須と云えるだろう。



「侯爵様、お茶をお持ちいたしました」


「ええ、ありがとう。……いただくわ」


 取っ手付きの木盃を二つ持参したエバンスが天幕の入り口より姿を現した。

 中には温かい液体が注がれており、仄かな湯気と爽やかな香りが漂っている。

 鎮静作用の高い薬草を中心として複数種を混合した軍用のハーブティーである。


 受け取った木杯を口元に近付け、ふーふーと息を吹きかけて液体を冷ましながら少しずつ口に含んでいく。飲み慣れた定番の味わいに、僅かに表情が綻んだ。



「……こっちの戦力は四百三十人、か。

 輜重隊や後続部隊も併せれば六百人くらいになるけれど、大丈夫そう?

 ここ最近は、あんまり指揮したことのない数なんじゃないかな」



「問題無いわ。グリーヴァスロで騎士修行をしていた頃は

 盗賊団や魔物の群れを討伐するために五百人ほどの民兵の指揮を任されていた。

 むしろ、これくらいの員数での部隊運用が一番しっくり来るわね」


 更に一口、液体を啜り喉を潤していくと、戦を前にしての緊張感が和らいだ。

 ノイシュリーベがこれまでに指揮したことのある軍勢の総員数は二千名規模だが最も手馴れた員数は五百名であった。



「……生命(いのち)を預かる重責は、一人でも数千人でも変わらないわ。

 勿論、敵対した者達を討ち倒すことへの責任もね」



「そっか、なら後はなるべく被害を抑えて勝つだけだね。

 此処で奴等の目論見を挫いておかないと、確実に被害が広まっちゃうから」



「それが一番の問題なのよ。

 相手は野盗や魔物の群れなんかとは比較にならない"黄昏の氏族"。

 おまけに一度は"あいつ"に土を着けたっていう竜人種(ドラゴニア)の将も居る」


 いったい何名の味方を生還させることが出来るだろうか。幾ら策を練ったところで容易に算出できる数でもないし、軽々しく算盤を弾くべきではないと弁える。

 本来 戦とは無縁の場所で生きるほうが向いているノイシュリーベの精神は人知れず生命(いのち)を預かる重責に震えており、エバンスは常にそれを気に掛けていた。



「ギルガロイア自身もかなりの武人って雰囲気だったね。

 おいらも出来ることをやっていくから、村人達のためにも頑張ろうよ」



「ええ、頼りにしているわ。いつも本当にありがとう」



「へへっ……君の理想を遂げていくためにも、ここで足踏みは出来ないからね!」


 そうして木杯の中身を飲み干すまでの間、両者は作戦内容を含む幾らかの歓談を交えて心身共に最良の状態へと整えていった。






 [ ウープ地方 ~ デルテミアン領 ガシュラ村 (夜) ]


 小さな漁村の東側、従来の正面入り口より百メッテほど離れた距離まで近付いたノイシュリーベ達は目を疑った。


 村を覆い囲むようにして即席の堀が築かれ、更に土塁が盛られている。

 土塁の高さは約五メッテ弱、堀の幅は十メッテほどで海水が流し込まれていた。


 決して難攻不落な要塞とは呼べないが、それでも多少の攻め辛さを感じさせる程度には防備が整えられていた。

 事実として"黄昏の氏族"の者達は、魔境と称されしイェルズール地方の強大な魔物と戦っていく過程で独自の軍用魔法を磨き上げているのであった。


 予想していた状況の一つだとはいえ、総指揮官としては心中穏やかではない。



「僅か百名と少しの軍勢で、よくぞこの短期間で土を積み上げたものですな」



「あの土塁……『水固め』を主軸とした強靭な防護結界が施されているわ。

 見た目とは裏腹に、崩すのはそれなりに大変かもしれない」


 『妖精眼』を稼働させたノイシュリーベの正確無比な分析結果。

 事実としてギルガロイア軍は、魔境と称されしイェルズール地方の強大な魔物と戦っていく過程で軍用魔法を磨き上げているのであった。



「この分だと海側にも何かしらの策を講じているのでしょうね……」



「はい。先程 調べていましたところ、浅瀬には爆裂魔術が刻印された魔具(デミ・マギア)

 幾つも浮かべてありました。皇国海洋軍式の『機雷』という兵器です」


 

「……大陸南部で一般的に普及している『爆燈禍(ボルニアス)』かしら。

 日数に余裕があれば一つずつ除去して海側から攻めることが出来たのに!」


 本来ならば一日も早く魔法使い(ドルイド)達をザンディナムへ送り届けなければならないのである。したがって悠長に"黄昏の氏族"達と戦うわけには行かない。


 理想は今夜中の決着。可能ならば明日には図書学院への帰路にき、幾らかの休息を採ってからヴィートボルグに帰還する。

 これだけでも相当な強行軍であり、ノイシュリーベは改めて頭痛と眩暈が同時に襲い掛かって来たかのような境地に至った。



「皇国海洋軍が絡んでいるのなら、彼等の艦船は?」


 頭を抱えて口を閉ざす主君に代わり、ボグルンド卿が質問を続けた。

 現在、彼女達が前線指令所として敷設した仮設天幕にはノイシュリーベ、ボグルンド卿、ベイロン、そして再び偵察を行って来たエバンスが集っている。



「はい、昼の時点でガシュラ村より引き上げた軍人達は魔術艦に乗り込み

 そのまま何処かへと消えて去りました。使い魔に波音を観測させていますが、

 付近に質量物が迫って来る気配は現在も確認していません」



「置き土産に機雷とやらを捲いてから撤収したというところでしょうな。

 追跡を防ぐという意味合いもあるのでしょうが」



「……状況は判ったわ。なら正面から速やかに攻めるしかない、か」



「それなり以上の犠牲が出そうですね」



「奴等を放置していれば、比較にならない数の無辜の民が犠牲になります。

 ウープ地方の治安を担う我々としては、それは捨て置けませぬ!」


 あくまで冷静さを崩さぬボグルンド卿に対し、ベイロンという男は戦を前にして噴気を隠せぬ様子。芯より義に厚く、民を想う誉れ高き武人なのだろう。



「ベイロン殿、貴方達の高潔さが何よりもの救いね。

 それでは第一案の通りに始めていきましょう、各部隊で村を包囲せよ!」


「御意に」

「はっ!」


 ボグルンド卿とベイロンが仮設天幕から離れ、次いでノイシュリーベも兜の面当て(バイザー)を降ろし、傍に停めてあった白馬フロッティへと騎乗した。



「エバンス、いつものやつを行使しなさい」



「かしこまりました」


 恭しくお辞儀をしてから、子供の頃より愛用してきた竪琴を取り出す。

 其れはエデルギウス家の館で保管されていた旧き時代の宝物(ほうもつ)。サダューインと交流するようになった最初期に、彼から渡された楽器でもあった。




 ~~~♪


 魔力を乗せたエバンスの魔奏(スピリトーゾ)が夜中の浜辺に響き渡る。

 竪琴の優しい音色に合わせて大気が調律を成し、ノイシュリーベの前方に大いなる路を形成するのであった。




「我こそは、このグレミィル半島を統治せし者!

 ノイシュリーベ・ファル・シドラ・エデルギウス・グレミィル!!

 罪なき民を喰い荒らす悪辣者達よ、速やかに我が眼前に出て罪を(あがな)うべし」


 大気を震わす凄まじい声量による名乗りと降伏勧告が付近一帯に響き渡った。

 エバンスの魔奏の効果により極限まで声が拡張されているのである。



「四半刻の猶予を与える!

 武装を解いて投降するならば、ヒトとして裁きの場に立つ権利だけは与えよう。

 然れど、我が勧告を拒否するのであればヒト以下の無惨な最期を遂げるだろう」


 正に砲撃の如き声量で、要塞化した漁村の敷地中に叩き付ける。

 並の小悪党や野盗であれば、これだけで震えあがって戦意喪失するだろう。

 

 しかし此度の相手は凶悪さで知られる"黄昏の氏族"の若人衆。それを率いるのは外様の客将ギルガロイア……最初からこの場の誰もが降伏するとは思っていない。




「我が名はアゴラス家に仕えし者、ギルガロイア・ロシュベルク!

 この地の英雄は既に死んだァ! 力無き為政者に道理と秩序を説く資格無し!

 故に、我等は! 古き慣習と契約を喰い破り、此処に新たな国を興すのだ!」


 拡張されたノイシュリーベに劣らぬ声量で敵将が名乗り返して来ると同時に、長距離攻撃魔法や矢による先制攻撃を仕掛けて来た。彼等なりの挨拶である。




「所詮は魔境の蛮族ということか……防げ!」


 予めこの結果を予期していたとばかりに左掌を掲げ、ボグルンド卿が率いる魔法騎士達へ合図を送る。

 すると事前に詠唱句まで唄い挙げていた結界魔法が一挙に行使され、ノイシュリーベ陣営を丸ごと覆う半透明状の天膜が広げられて、脅威の(ことごと)くを弾いた。


 ノイシュリーベ軍の総数は、約四百三十名。

 ギルガロイア軍の総数は、僅か百十二名。


 四倍近い兵力差なれど"黄昏の氏族"の亜人種の屈強さを鑑みれば、よくて五分と五分……或いはノイシュリーベ側がやや不利といった具合か。



 斯くしてガシュラ村への包囲戦が幕を開けた――




 ベイロンの指揮下の歩兵部隊が弓を構え、天高く矢を射掛けた。土塁を越えて放物線を描いた後に雨の如く降り注がせる。

 これに対してギルガロイア軍は巨体と硬い外殻を兼ね備える亜人種、鎧人(アーマメント)の部隊を整列させて肉壁とすることで矢の雨を容易く防いでみせた。


 続いてボグルンド卿が率いる魔法騎士達の半数が一斉に攻撃魔法を放つが、極限まで強化された土塁に阻まれて本来の効果を発揮するまでには至らない。

 着実に『水固め』の効力を削いではいるが、穴を空けるには暫しの時を要することだろう。


 その間、ギルガロイア軍も負けじと攻撃魔法や投石ならぬ投岩で応戦してきた。

主に砂岩の塊を生成して撃ち出す魔法らしく、残り半分の魔法騎士達による防護魔法や、盾を構えた多面騎士(レングボーゲ)を前に出して砲弾を弾きながら凌いでいった。


 数の上ではノイシュリーベ軍の方が上回るが、強大なる亜人種が揃うギルガロイア軍は兵の質で大きく凌駕している。補強された土塁と堀も厄介極まりない。



「……衝角(ラム)はまだか?」



「はっ! 間もなく出来上がります」



「急ぎなさい。一人一人の保有魔力用は向こうの兵の方が圧倒的に上よ。

 睨み合って遠距離攻撃で撃ち合い続けていたら、いずれ競り負ける」


 ノイシュリーベ個人ならば"黄昏の氏族"の面々にも魔力量で負けてはいないが、彼等は雑兵の一人に至るまで『人の民』の基準からすれば規格外。

 種族の壁とも云うべき明確な格差が存在する。その分、"黄昏の氏族"は文明を発展させる(すべ)に乏しく、未だにイェルズール地方に籠り続けているのだが。



「来ました! 即興ですが五本 仕上がりました!」



「ご苦労様。では直ぐに騎兵達を突っ込ませなさい」



「ははっ!」


 ガシュラ村に到着するまでの間、ノイシュリーベ達はデルテミアン領の森林地帯を潜り抜けており、道中で針葉樹を幾らか切り倒して持ち運んでいた。

 包囲の合間に樹木の先端を削り出し、即席の衝角(ラム)を造ったのである。

 そして騎兵六名で一本の衝角(ラム)を運用できる体勢を整え終えたというわけだ。


 然るべき準備が整ったことを確認すると、己の出番とばかりに白馬に跨るノイシュリーベが前に出る。同時に、彼女を守護する盾持ちの多面騎士(レングボーゲ)が随伴した。





「グレミィルの湖で踊る、大いなる原初の水の精霊達に希う。

 鏡像(エィンセル)の調律を此処に、聖律を以て常理の(たが)(ほど)くべし」


 右掌で握る斧槍(ハルバード)を高らかと掲げ、同時に左掌は海水の張られた堀へと傾けながら朗々と詠唱句を唄い挙げた。




「『――皓き憧映の鏡面装甲(スヴァンヒルド)』」



 鍵語を発すると同時、ノイシュリーベを起点として最寄りの堀の水面が銀色に輝き始め、分子の動きが急激に停滞し始める。

 さすらば水としての在り方が一時的に変容し、氷の如く塗り固められるのだ。


 更に、彼女の頭上……大気中の水分子も同様にして固められ、恰も壁のような形状を象り始めた。




「ベイロン殿、侯爵様の魔法が効力を発揮している間に()く進まれよ。

 今ならば貴隊の蹄は水面の上を平地の如く駆け抜けられることでしょう」



「なんという規模……僅か一手でこれ程の変化を(もたら)すとは……」


 ボグルンド卿が促し、警邏隊の指揮を採るベイロンの双眸が見開かれていた。

 ヴィートボルグで勤めている者ならばノイシュリーベの能力と手管は知悉しているが、それ以外の者にとっては驚愕を禁じ得ないのだろう。 




「だが、これならば……突撃せよ!!」



「……うおおおお!!」

「汚らわしき"黄昏の氏族"どもがっ!」

「せめて、せめて村だけでも取り戻せぇ!」


 号令を受けて衝角(ラム)に繋がれた騎兵達が突撃し、彼等を護るための盾持ちの歩兵も前進し始める。


 最初は半信半疑で堀に張られた海水へ一歩踏み込むが、確りとした足場であることを理解して、そのまま前進し続けて行った。




「ほう……魔法で海水を固めて足場を創ったってところか。

 ハイエルフの手管ってやつはこれだから好きになれん。(こす)い連中だ」


 土塁の内側、最前線で指揮を採る鬼人(デモネア)の剣士が舌打ち混じりに悪態を()いた。



「手を休めるなよ! (まと)が自分から向かって来るなら一匹ずつ貫けば良い!

 それからランブリック達を呼んで来い、そろそろ働いて貰う頃合いだ」


 蛮刀を振り上げ、整列して攻撃魔法を放っている魔眼人(ドゥームズ)の兵に檄を飛ばす。

 その言葉に呼応するかの如く、ギルガロイア軍の砲撃は一層と苛烈さを増した。

 如何に魔法騎士達の防護魔法とはいえ、疾走する騎兵全てに施せる筈もなし。

 土塁に近付く程に、敵の魔法によって産み出された砂岩の砲撃は警邏隊を容赦なく蹂躙し始めることだろう。


 だが、そんな常識は容易く覆される。




「分かり易い連中ですね。侯爵様の『鏡面装甲(スヴァンヒルド)』の御前で、

 斯様に攻撃魔法を乱射するとは、哀れみすら感じてしまう」


 静かに(うそぶ)くボグルンド卿の言葉通り、ギルガロイア軍が放った砂岩の砲弾は空中で展開された銀色の壁に阻まれ、そのまま反射されたのだ。



 …ド ゴォォン !!


 魔眼人(ドゥームズ)の放った強力な魔法がそのまま跳ね返され、術者達を吹き飛ばしていく。土塁の内側は一瞬にして混乱に呑まれ始めた。



「……クソ! 水を固めただけじゃなく魔法反射だと? やってくれる!」


 そうこうしている間に騎兵達が土塁へと迫り、次々に衝撃を与えた端から衝角(ラム)を切り離して土塁の傍に集結を果たしていく。



 …ド ォォン!  ド ォォン!    …ド ド ド ォォン!!


 これには極限まで補強された土塁とはいえ耐え抜くことは適わず、遂には一部に亀裂が入りヒトが通れるだけの割れ目が生じてしまったのである。



「今だ、土塁の内へ雪崩れ込めぇい!」



「調子に乗るなよ、純人種(ノービス)風情が!!」


 自ら馬を駆って割れ目に突撃するベイロンと、対峙する鬼人(デモネア)の剣士が睨み合う。

 ベイロンの得物は馬上刀(サーベル)、相手は蛮刀。接敵と共に剣と剣による素早い斬撃の応酬が繰り広げられていく。


 一方で衝角(ラム)持ち以外の騎兵部隊は土塁の傍まで駆け寄って投槍を見舞い、攻撃魔法を行使する魔眼人(ドゥームズ)達を牽制。

 その間に歩兵部隊が土塁に張り付き、割れ目より侵入を試みるも内側で待ち構えていた鎧人(アーマメント)の剛腕に捕まり、容易く肉体を引き千切られてしまう。



「(思っていた以上に守りが堅い。種族ごとの特性を最大限に発揮できるように)

 (兵の配置がよく練られている……寡兵での戦が日常の彼等らしいわね)」


 渋面を浮かべるノイシュリーベの所感通り、攻勢の成果を挙げられずにいた。

 一定の数の騎兵さえ土塁の内側へと侵入させることが出来れば、後は機動力を駆使して敵陣を内部より搔き乱せるのだが……。




「……そろそろ効力が切れる。

 これで攻め切れないようなら、一旦ベイロンを退がらせなさい」



「そうですね、至近距離から魔眼人(ドゥームズ)の攻撃魔法に晒されれば一堪りもない。

 やはり鎧人(アーマメント)が守備を担っている以上は容易には崩せませんか……」


 『鏡面装甲(スヴァンヒルド)』は強力な複合障壁を産み出す魔法だが、欠点として有効時間が極めて短く、再度詠唱するまでに精霊との再交信時間(クールタイム)を要する。

 故にこの魔法は、ここ一番という局面でのみ使用するようにしていた。


 ボグルンド卿が合図を送り、ベイロンの補佐役が彼に退却の指示を伝える。




「致し方なし。総員、転進せよ!」



「尻尾を撒いて逃げるが良いさ、古風なオッサン!

 劣等種の純人種(ノービス)にしては悪くない動きだった。

 まあランブリック達が出撃()たら、どの道 手遅れだろうがな」


 一騎打ちに近い形で斬り結んでいた鬼人(デモネア)の剣士が不敵に笑いながら、離れ際に放たれたベイロンの騎馬による後蹴りをも難なく躱した。

 ベイロンは鍛え上げられた武人である上に騎乗しているにも関わらず、そんな彼を軽くあしらう程の身の熟しを幾度となく垣間見せている。

 種族として隔絶された身体能力の違いを否応なしに印象付けられる形となった。


 衝角(ラム)を棄てた騎兵を中心に、歩兵達も一斉に踵を返して凝固化が解けかかっている堀の水面を渡って行った。

 この突撃により土塁の複数箇所に罅を入れ、一部には致命的な割れ目を抉じ開けたのだから序戦の戦果としては上々と云えるだろう。


 ノイシュリーベ側の戦死者は、いまのところ警邏隊の歩兵が五名、騎兵が二名。

 対するギルガロイア軍は堀の内側に居た鎧人(アーマメント)は無傷、魔眼人(ドゥームズ)を二名喪っていた。

 怪我人は……流石にこの状況下で把握は困難であった。






「戻って来たベイロン殿はその場で兵を纏めて隊列を整え直しなさい。

 ボグルンド卿は再び魔法戦を続けよ!

 再度『鏡面装甲(スヴァンヒルド)』を唱射可能になったら、同じように攻め込む」



「はぁ……はぁ……了解です、 直ちに!」


「かしこまりました。

 このまま少しずつ敵の前衛を削りながら機を伺いましょう」


 自軍で最も強力な決定打を有するのは、ノイシュリーベ率いる二十騎。

 しかし防備を固めたギルガロイア軍を相手に闇雲に吶喊するわけにはいかない。


 一晩で片を付けるためにも、ノイシュリーベを投入する場面を見誤ってはいけないのである。


 敵軍に鎧人(アーマメント)兵が居なければノイシュリーベの対軍攻撃魔法や、第三部隊が協力して唱える大魔法を撃ち込み続けるだけで事足りるのだが、生憎と鎧人(アーマメント)の頑強な肉体を遠距離から魔法で砕くのは非常に難しいのである。

 彼等を効率的に倒すのならば、懐に潜り込んで関節部分を狙うしかない。




 ベイロンの部隊が堀を挟んで突撃体勢を整え、ボグルンド卿の第三部隊が攻撃魔法の詠唱句を唄い始める頃、土塁の内側より凄まじい勢いで何かが射出された。


 真紅の弾丸。或いは砲弾と見紛うばかりの四つの塊は、高く打ち上げられた後に放物線を描いてノイシュリーベ軍の陣中へと落下していったのである。



「な、なんだ……?」


「砲撃か?! いいや、違うぞ」


「動いただと!? ぐわああああ!!」


 地面に落着した真紅の塊は、翼の如き何かを広げて周囲の兵士達を無作為に斬り裂き始めたのである。




「ぎゃああ!」


「化け物……化け物だッ!」


 例えるならば巨大な鉤爪。兵士達の断末魔と共に夥しい鮮血が戦場を蹂躙し、真紅の塊は更なる暴威を増していく……。



「兵を後退させなさい! 盾持ちは飛翔物を囲め!

 我が第三部隊は攻撃魔法を中断し、防御魔法に専念せよ!」



「はっ!」


「……了解いたしました」 


 大盾を構えた騎士で真紅の暴威を防ぎ、それまで盾持ちが防いでくれていた敵からの砲撃や攻撃魔法に対してはボグルンド卿達が率先して防ぎに掛かる。




「……吸血種(ヴァンパイア)の生き残りか」


 忌々し気に睨み据えたノイシュリーベは、斧槍を振り上げて兵士達の救出に駆け付けようとした。

 しかし新たに打ち込まれた真紅の塊が彼女の進行方向上へと落着し、左右一対の翼のような、爪のような、何かを広げながらヒトガタを象り始めたのである。


 同様に、他の箇所に打ち込まれた四つの真紅の塊達もヒトガタへと変異する。




「お初にお目に掛かる、グレミィル侯爵殿。

 我が名はランブリック……偉大なるレライユフォードに連なる者なり」


 翼爪に覆われた青年のような風貌。肌は色白、頭髪は薄い赤紫、瞳は真紅……グレミィル半島に棲息する模範的な吸血種(ヴァンパイア)であった。



「ノイシュリーベ・ファル・シドラ・エデルギウス・グレミィルだ。

 レライユフォード家の末裔が、ギルガロイアが如き凶賊に与するとはな!」


 戦場での名乗りを返し、ついでに皮肉を籠めて(なじ)ってみせた。




「何とでも言ってくれ給えよ。此方も氏族内での立場が危うくてね。

 それもこれも あの裏切り者の女……ルシアノンのせいなのだが!」



「裏切られるような研究を続けて来たからでしょう。

 いずれにせよ凶賊の尖兵に成り果てた以上、生かしておく道理は無い」



「ふっ、貴方のような若輩者に我々が討てますかな?

 英雄ベルナルドの子供というだけの七光りが……ッ!!?」


 優雅に気取りながら弁論で以て(なじ)り反そうとした矢先、凄まじい速度で白馬を発進させたノイシュリーベが急接近し、斧槍を振り降ろして来た。



「ぐっ……貴様ぁ!」


 真紅の翼爪を振り上げて初撃を弾き、続く斬撃の嵐に対しても的確に応戦するだけの技量を披露してみせる。




「下郎に(かま)けている暇は無い!……『纏え、尖風(フェル・ヴィンタル)』」


 近接戦闘の最中に魔法を行使。凄まじい豪風が巻き起こり、斧槍の刀身へと収斂させていくことで、触れただけで万物を八つ裂きにする風魔刃と化した。



「……ぉぉおお!!」


 其処から先は一方的な展開だった。ランブリックも懸命に翼爪を振るい続けて応戦するも、ノイシュリーベの風魔刃の前に徐々に圧されていく。


 彼が纏う真紅の翼爪とは、血液を凝結して自由自在に操作する『血唱魔法』の一種であり広義の意味ではノイシュリーベが披露した風魔刃と近しい手管。

 媒介とするのが血か、風か、という違いはあれど、いわゆる付与魔法(エンチャント)に分類されるが故に、刃として激突すれば魔法使い(ドルイド)としての技量が明確に現れるのである。




 ザン ッ !!


 白馬フロッティと人馬一体と化し、短距離の跳躍を加味した袈裟懸けの太刀筋が右の翼爪と腕を諸共に斬り裂いた。




「ぐぅぅぅっ、馬鹿な! 巫山戯(ふざけ)るなよ。こんな小娘に……」



「能力と血統に胡坐をかいて、特権階級に甘んじて来た者達に

 敗れるわけにはいかないの」


 『血唱魔法』の一部が解かれ、右の翼爪が破断させられる。

 間髪入れずに白馬を前進。水平真一文字に豪風を纏った斧槍を振り抜き、左の翼爪 諸共にランブリックの首を容赦なく撥ね飛ばした!



「おのれぇ! おのれ、おのれ……このままでは済まさんぞッ!」


 首を撥ねられて尚も罵声を吐き続ける異様な光景。それもその筈で、高位の吸血種(ヴァンパイア)ともなれば肉体自体を『血唱魔法』で象り、自由自在に変容させることが出来るのである。


 つまるところ首だけになったとしても他者から血を奪って補給していけば、半永久的に自己再生が適うというカラクリなのだ。


 神々が斬獲され、"(トーラー)"が秩序を敷く現在の地上世界に於いて、不死身の存在など成立しなくなっているが、彼等は限りなく在りし日の不死性に近い肉体を保持していると呼べるだろう。




 だが、そんなものは『妖精眼』を持つノイシュリーベの敵ではなかった。




「悠長に喋っている暇があるのなら、さっさと逃げ帰れば良かったのに」


 甲冑の奥底で、双眸に三重輪の光輪を灯す"貴き白夜"が冷徹に言い放つ。



 更に前進、まるで薪でも叩き割るかのような要領にて、生首と化したランブリックの残骸を粉砕する。

 一応、ランブリックも頭部を液状化して逃れようとしたものの、魔力の流れ……即ち術式を正確に読み解き、断ち斬ることが出来る彼女には通用しなかった。



「……あぁっ、ご……ぁ……」


 『血唱魔法』の綻びに豪風を注ぎ込まれ、術式を強制解除されたことにより吸血種(ヴァンパイア)が生き永らえる道理は完全に断たれて、絶命したのであった。



「……次に魂が巡った先では、私達の(ともがら)となり得ることを願うわ」


 馬上より略式の祈りを捧げた後に、他の四名の吸血種(ヴァンパイア)の猛威に晒される歩兵達の元へ駆け付けては、襲撃者を各個撃破していった。






 ランブリック率いる吸血種(ヴァンパイア)部隊を狩り尽くしたノイシュリーベ軍は体勢を整えて再び土塁の内側へ突撃するも成果を挙げられずにいた。

 鎧人(アーマメント)兵の存在が、巨大な壁として立ちはだかっていることに加えて、先刻の強襲で大勢の死傷者を出してしまったからである。


 ノイシュリーベの奮迅により比較的 早期に対処できたとはいえ、あの短時間の間で吸血種(ヴァンパイア)部隊によって被った死傷者は実に百名を超えていた。

 主に警邏隊の歩兵と騎兵なのだが、"黄昏の氏族"との交戦経験の乏しい彼等にとって相当に衝撃的だったらしく、大いに恐怖心を植え付けられてしまった……。




「如何しますか? 一人ずつ鎧人(アーマメント)を打ち倒していては埒が明きません。

 突撃の度に此方の歩兵が削られていくばかりですし、士気も危うい。

 更に体力的な意味での継戦能力でも向こうの方が遥かに優れています」



「そうね……何か一手、相手の懐で陽動を起こせれば良いのだけれど。

 例えば奴らの陣中で爆撃を行ってみせるとか」



魔眼人(ドゥームズ)の砲撃と鎧人(アーマメント)の守りを掻い潜って

 漁村内に突入するのは至難の技、奥には鬼人(デモネア)の手練れも控えています。

 歴戦の騎士だとしても気付かれずに潜入するのは不可能に近いでしょう」


 ボグルンド卿からの指摘を受け、ノイシュリーベは極僅かな間だけ思案した後に再び口を開く。




「……エバンスは居るか!」



「ははっ、此処に!」



「貴方なら敵軍に察知されずに漁村に潜入して陽動することは可能か?」


 エバンスは前日の時点でガシュラ村の偵察を行っており、村の構造についてこの場の誰よりも知悉している。また彼の能力も非常に潜入向きではあった。



「気配を絶って潜入することは可能ですし、お命じ下されば実施いたします。

 しかし陽動に足るだけの破壊工作を行う手段はありません……。

 大型の武器や魔具を携えれば、潜入する前に敵に気付かれてしまうでしょう」


 海に捲かれた機雷を利用するという手もあるが、それを回収してから潜入したのでは夜が明けてしまうので話にならない。



「そう……惜しいわね」


 返答を聞き遂げた後、戦況を見据えながら他に手立てはないか模索していると、それまで負傷者の救護を担当していたラキリエルがノイシュリーベの元に近寄って来る姿を見咎めた。



「ノイシュリーベ様、エバンスさん。お話は聞かせていただきました。

 一つだけ、ノイシュリーベ様がおっしゃるような作戦が可能となる方法に

 心当たりがございます!」



「なんですって?」



「それで……少しでも早く、この戦いが終わるというのなら……」


 申し出るべきか迷う素振りを見せながらも、意を決したラキリエルは懐より真珠の如き銀輝の光沢を放つ短剣を取り出したのであった――






【Result】

挿絵(By みてみん)

・第29話の2節目をお読みくださり、ありがとうございました!

・いよいよ始まりました、ギルガロイア軍との対決。

 ここで"黄昏の氏族"の強さと厄介さの一端を描けていければ幸いです。

 ……といった端から吸血種(ヴァンパイア)の皆さんがお亡くなりになりました!

 本来ならばランブリック達は相当の猛者なのでございます。


・ノイシュリーベの能力がギミック殺し過ぎたのが運のツキでしたね。

 逆に彼女はギミックに頼らない、単純なフィジカル面に優れた相手には

 苦戦する傾向があると思います。例えばサダューインとか!


・次回更新は10/25を予定しております! こうご期待ください!

 最近は急激に冷え込んで参りましたので、皆様もどうかご体調など崩されぬようお気を付けください。

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