境界人
さて待ち兼ねた山海の美味――――でなく、俊介が我が家にやって来た。
鮃の干物、鰆の粕漬け。
純米吟醸の瓶は客間の電気に燦然と輝くようだ。
法蓮草のお浸しに、豆腐とえのきの味噌汁を作り、人参とカリフラワーを茹でた物に柚子味噌を合わせて食べる。
これがまた、酒もご飯も進むのだ。
「お仕事はどんな具合ですか?」
楓と聖と俊介と夕餉を囲み、私はにこにこして俊介に尋ねる。
食と酒の満ち足りた効能は大きい。
「暮れに溜め込んでしまいましたからねえ。結構、忙殺されてます。確定申告は何とか済ませましたが」
「…………」
相変わらず、ここに来てる暇があるのか、と問いそうになる台詞を、私は呑み込んだ。
恩を返すと明言したものの、そんな機会などそうそうある筈もなく、今まで同様、俊介からは貢物、もとい、差し入れを貰っているあべこべな現状である。
釣忍が鳴り、うちのみならず近所方々の夕餉の匂いを運んでくる。
晩春の宵が桜の樹に暗くしっとりした紫の影を生み、少しずつ夜の帳を降ろそうとする刻限。
最初に気づいたのは私だった。
「あれ」
「え?」
「ああ、俊介君。連れて来たね」
「え? 誰をですか?」
よく見れば俊介の斜め後ろに、額に真珠色の角を一本生やした小鬼が座っている。
ふるさとなどでは馴染みある生き物だが、ここまで出てくるとは珍しい。
うちの灯りに釣られ、俊介について来たのだろう。
強いコトノハの気配にも惹かれたのかもしれない。
私はご飯を小鬼のぶんまでよそうと、箸と一緒に彼に手渡した。
小鬼は嬉しそうにご飯を食べ始める。
初めは目を白黒させていた楓や俊介も、愛嬌ある仕草と姿にすぐ馴染んだようだった。
私や聖は免疫があるからともかくとして、この二人の順応性の高さは中々のものである。
「境界が曖昧になっていますね」
その様子を見ながら聖が述べる。
「元より明確な区切りなど無いのです。良いではないですか」
ほろ酔い加減も手伝い、私は気楽に言った。
それに境界が曖昧になっているのは、聖が家に住まうようになってからな気がする。
似たようなことが最近、他にも幾つかあった。
ふるさとの空気を、聖がうちに運んで来たのだ。
そもそも音ノ瀬一族は、境界人なのだ。
あちらとこちらの境に立つ。
いや寧ろ、厳密に区分するならあちら側の住人だろう。
副つ家の聖たちも同じ。
だからこそ、真葛が一般の人間と結婚する際には異類婚とまで言われた。
ふるさとは人の世に在りて人の世ならず。
音ノ瀬もまた然り。
小鬼や動物、植物の精などはすぐ横に居座る隣人なのだ。




