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コトノハ薬局  作者: 九藤 朋
家督相続編 第一章
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境界人

 さて待ち兼ねた山海の美味――――でなく、俊介が我が家にやって来た。

 (ひらめ)の干物、(さわら)の粕漬け。

 純米吟醸の瓶は客間の電気に燦然と輝くようだ。

 法蓮草のお浸しに、豆腐とえのきの味噌汁を作り、人参とカリフラワーを茹でた物に柚子味噌を合わせて食べる。

 これがまた、酒もご飯も進むのだ。

「お仕事はどんな具合ですか?」

 楓と聖と俊介と夕餉を囲み、私はにこにこして俊介に尋ねる。

 食と酒の満ち足りた効能は大きい。

「暮れに溜め込んでしまいましたからねえ。結構、忙殺されてます。確定申告は何とか済ませましたが」

「…………」


 相変わらず、ここに来てる暇があるのか、と問いそうになる台詞を、私は呑み込んだ。

 恩を返すと明言したものの、そんな機会などそうそうある筈もなく、今まで同様、俊介からは貢物、もとい、差し入れを貰っているあべこべな現状である。


 釣忍が鳴り、うちのみならず近所方々の夕餉の匂いを運んでくる。

 晩春の宵が桜の樹に暗くしっとりした紫の影を生み、少しずつ夜の帳を降ろそうとする刻限。

 最初に気づいたのは私だった。

「あれ」

「え?」

「ああ、俊介君。連れて来たね」

「え? 誰をですか?」

 よく見れば俊介の斜め後ろに、額に真珠色の角を一本生やした小鬼が座っている。

 ふるさとなどでは馴染みある生き物だが、ここまで出てくるとは珍しい。

 うちの灯りに釣られ、俊介について来たのだろう。

 強いコトノハの気配にも惹かれたのかもしれない。

 私はご飯を小鬼のぶんまでよそうと、箸と一緒に彼に手渡した。

 小鬼は嬉しそうにご飯を食べ始める。

 初めは目を白黒させていた楓や俊介も、愛嬌ある仕草と姿にすぐ馴染んだようだった。

 私や聖は免疫があるからともかくとして、この二人の順応性の高さは中々のものである。


「境界が曖昧になっていますね」

 その様子を見ながら聖が述べる。

「元より明確な区切りなど無いのです。良いではないですか」


 ほろ酔い加減も手伝い、私は気楽に言った。

 それに境界が曖昧になっているのは、聖が家に住まうようになってからな気がする。

 似たようなことが最近、他にも幾つかあった。

 ふるさとの空気を、聖がうちに運んで来たのだ。


 そもそも音ノ瀬一族は、境界人なのだ。

 あちらとこちらの境に立つ。

 いや寧ろ、厳密に区分するならあちら側の住人だろう。

 副つ家の聖たちも同じ。

 だからこそ、真葛が一般の人間と結婚する際には異類婚とまで言われた。


 ふるさとは人の世に在りて人の世ならず。

 音ノ瀬もまた然り。


 小鬼や動物、植物の精などはすぐ横に居座る隣人なのだ。




挿絵(By みてみん)





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