散らさで添えよと
今年の桜は寛容、且つ気が長い。
まだ散り切らぬ様子を見て、秀一郎と俊介、そして丁度、予定が空いていたという真葛も招いてうちで花見をした。
真葛は息子の瞳の相手を、夫に押しつけてきたと言って笑った。
主婦にはたまの息抜きも必要なのだと。
私は異論を唱える立場にない。
俊介と真葛は初対面だが、すぐに馴染んだ。楓もまた、真葛にすぐ懐いた。
特に俊介と楓は人に対して垣根を持たないからだろう。
真葛は、昔はそうでもなかったが、結婚を機に変わった。
開放的な陽気の日中、私も髪を結ばすに風に靡くままにした。
左手首には聖から貰った時計を嵌めている。
指輪は流石にあからさまなので、嵌めていない。
桜色の風、春風が私を撫でて行く。
ことの様子を見ていた真葛と秀一郎には察するものがあった。
秀一郎が俊介の肩にぽん、と手を置く。
「今日はとことん飲もう、俊介君」
「え? え? どうしたんですか、秀一郎さん」
真葛が弟に笑顔でコトノハを紡ぐ。
「こと様を泣かせたら私が承知しないわよ」
「解っているよ、姉さん」
出汁巻卵、金平、唐揚げ。
筑前煮、じゃが芋の千切り炒め。
胡麻塩お握り。
飲み物は日本酒、ビール、お茶、ジュースを揃えた。
御馳走をたらふく食べて、酒を飲んでいた私は、彼らの遣り取りにはまるで気づかなかった。
真葛が私に姉のような視線を送っているのは感じた。
姉のような母のような慈しみ。
そう言えば、両親の死が確定したことを知らせた時、真葛は私を抱き締めてしばらく放さなかった――――――――。
副つ家の姉弟は、縁側から屋内、聖の居室に移動した。
「本家の婿になる訳ね」
「そういうことになる。ふるさとにも不定期に足を運ぶけど」
「――――覚悟は出来ているのでしょうね。音ノ瀬本家は、重いわよ」
愚問だと思いながらも、真葛は低い声で念を押した。
「うん。命に代えても」
さらりと答える弟に、真葛が眉根を寄せる。
「莫迦ね。そんなコトノハを軽々しく処方しないの。聖。貴方の役割は長生きすることよ。少しでも長く生きて、こと様に寄り添って差し上げなさい」
もちろん真葛には、聖が軽い気持ちでないことくらい解っていた。
ただ、彼女には、ことも弟も大事だっただけである。
「…………」
美装のランプの水玉模様を眺める。
夜に明かりが灯れば、雪原を思わせるそれ。
ランプの雪原は変わらないが、ことの心の雪は融けた。
そしてその雪解けは、楓と聖によるところが大きい。
無論、俊介や秀一郎もその要素に欠かせない。
誰もが出来ることを精一杯やった結果、雪解けの季節が来たのだ。
真葛は、弟とことが想い合う様子をずっと見てきた。
五年前の悲劇の後、彼らを結ぶ糸は切れたかのように思えたが。
硝子細工を聖が好むと憶えていて、この部屋を宛がうくらい、ことの想いは変わっていなかった。
聖も――――――――。
ならばもう、自分は何も言わず、今まで通りに二人を見守ろう。
(こと様。貴方は私に普通の女の幸せを与えてくださいました)
副つ家の人間が一般人に嫁ぐことに反対する声を、当主の権限を以て黙らせた。
そして今の、真葛の幸福がある。
(次は貴方の番です)
虚空の吹き曝しに佇む貴人に、幸せを。
それを成すのが自分の弟である事実に、真葛は誇らしさを感じた。




