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コトノハ薬局  作者: 九藤 朋
花屋敷編 第五章
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散らさで添えよと

 今年の桜は寛容、且つ気が長い。

 まだ散り切らぬ様子を見て、秀一郎と俊介、そして丁度、予定が空いていたという真葛も招いてうちで花見をした。

 真葛は息子の瞳の相手を、夫に押しつけてきたと言って笑った。

 主婦にはたまの息抜きも必要なのだと。

 私は異論を唱える立場にない。

 俊介と真葛は初対面だが、すぐに馴染んだ。楓もまた、真葛にすぐ懐いた。

 特に俊介と楓は人に対して垣根を持たないからだろう。

 真葛は、昔はそうでもなかったが、結婚を機に変わった。


 開放的な陽気の日中、私も髪を結ばすに風に靡くままにした。

 左手首には聖から貰った時計を嵌めている。

 指輪は流石にあからさまなので、嵌めていない。


 桜色の風、春風が私を撫でて行く。



 ことの様子を見ていた真葛と秀一郎には察するものがあった。

 秀一郎が俊介の肩にぽん、と手を置く。

「今日はとことん飲もう、俊介君」

「え? え? どうしたんですか、秀一郎さん」

 真葛が弟に笑顔でコトノハを紡ぐ。

「こと様を泣かせたら私が承知しないわよ」

「解っているよ、姉さん」


 出汁巻卵、金平、唐揚げ。

 筑前煮、じゃが芋の千切り炒め。

 胡麻塩お握り。

 飲み物は日本酒、ビール、お茶、ジュースを揃えた。


 御馳走をたらふく食べて、酒を飲んでいた私は、彼らの遣り取りにはまるで気づかなかった。

 真葛が私に姉のような視線を送っているのは感じた。

 姉のような母のような慈しみ。


 そう言えば、両親の死が確定したことを知らせた時、真葛は私を抱き締めてしばらく放さなかった――――――――。



 副つ家の姉弟は、縁側から屋内、聖の居室に移動した。

「本家の婿になる訳ね」

「そういうことになる。ふるさとにも不定期に足を運ぶけど」

「――――覚悟は出来ているのでしょうね。音ノ瀬本家は、重いわよ」

 愚問だと思いながらも、真葛は低い声で念を押した。

「うん。命に代えても」

 さらりと答える弟に、真葛が眉根を寄せる。

「莫迦ね。そんなコトノハを軽々しく処方しないの。聖。貴方の役割は長生きすることよ。少しでも長く生きて、こと様に寄り添って差し上げなさい」


 もちろん真葛には、聖が軽い気持ちでないことくらい解っていた。

 ただ、彼女には、ことも弟も大事だっただけである。

「…………」

 美装のランプの水玉模様を眺める。

 夜に明かりが灯れば、雪原を思わせるそれ。

 ランプの雪原は変わらないが、ことの心の雪は融けた。

 そしてその雪解けは、楓と聖によるところが大きい。

 無論、俊介や秀一郎もその要素に欠かせない。

 誰もが出来ることを精一杯やった結果、雪解けの季節が来たのだ。

 

 真葛は、弟とことが想い合う様子をずっと見てきた。

 五年前の悲劇の後、彼らを結ぶ糸は切れたかのように思えたが。

 硝子細工を聖が好むと憶えていて、この部屋を宛がうくらい、ことの想いは変わっていなかった。

 聖も――――――――。

 ならばもう、自分は何も言わず、今まで通りに二人を見守ろう。


(こと様。貴方は私に普通の女の幸せを与えてくださいました)


 副つ家の人間が一般人に嫁ぐことに反対する声を、当主の権限を以て黙らせた。

 そして今の、真葛の幸福がある。


(次は貴方の番です)


 虚空の吹き曝しに佇む貴人に、幸せを。

 それを成すのが自分の弟である事実に、真葛は誇らしさを感じた。

 



挿絵(By みてみん)





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― 新着の感想 ―
[良い点] 花屋敷編を一言で表すなら、私だったら、「愛」と言うのかなあって。 愛が散りばめられた、そんなやさしい物語だと感じました。どれだけ不安なことがあって、不穏な空気の中にあっても、食事など心の栄…
[良い点] 真葛さん、素敵です。そして、俊介に秀一郎。よく頑張った。でも、ここまでだ。慰めは無礼だから言わない。ただ敬意と感謝だけを告げたい。 そして、聖とことさんにはこれだけの人々に幸せを願われた…
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