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コトノハ薬局  作者: 九藤 朋
神代ひもろぎ編 第三章
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ラブ、ブラザー

 昴は電話した翌々日にやって来た。亡き祐善の遺した式神である桂、青虫、紫具羅を夢のパトロールに加えることで、彼の負担は以前よりも軽減された筈だが、それでも見て判る程に憔悴した様子だった。青虫は、榊の葉の式神で、一度は祐善に不要、と切り捨てられたのだが、昴がそれを復活させた。

 私は、麒麟と昴を客間に二人残して去ろうとしたが、双方からいて欲しいと引き留められた。その為、野暮なようだが同席している。

「……ひでー面。桂たちを加えることで、少しは楽になるんじゃなかったのか、昴」

「お前が莫迦なことを言い出すから、寝不足が加速した」

 弟がいなくなるかもしれない事態に思い悩み、眠れなかったのか。

 私が出した緑茶を飲んで、昴が麒麟に尋ねる。

「どうして海外に行きたいんだ」

「日本に飽きたから。俺、ワールドワイドな天才だし」

「今、お前が離脱することの意味を承知で言ってるのか」

「俺が抜けても、補えるだけの人材がこの家にはいる」

 麒麟が昴を苛めているように見える。昴は苦しそうだった。だが、それは麒麟も内心では同様だろう。

「許さん。行くな。命令だ」

「菅谷家当主の?」

「そうだ」

 ふ、と麒麟が笑った。どこか悲哀を感じさせる、儚い笑みだ。

「そういうの、もう飽きたよ」

 昴も解っているのだろう。麒麟は、命令云々で縛られる人間ではない。

「――――俺にはお前が必要だ」

「俺には昴が必要じゃない」

 鋭利な口調に、昴が明らかに傷ついた顔を晒す。真っ赤な嘘だ。そんな言い方をして何になる、麒麟。自分で自分の傷を抉っている。

「……それ程、恨んでいたのか。俺は、お前を傷つけたのか。だからもう、菅谷も俺にも嫌気がさして行ってしまうのか?」

 違う。麒麟は、とうに過去のことなど水に流している。だから、昴が言うことは見当違いだ。

「……うん」

 麒麟が重ねる嘘は痛い。昴が顔を伏せた。

「俺には、肉親らしき人間はもうお前しかいない」

「お前、俺と違って性格良いから、友達も多いだろ」

「比べられるか! お前と、他の人間とが」

 麒麟が僅かに目を瞠る。無表情が揺らぐ。昴は今、麒麟の存在を他と比較にならないくらいに重い、と言った。

「――――俺、性格悪いよ。我儘だし、自分勝手だし、気紛れだし、人に優しくない。霊を相手にする時のほうが、よっぽど親身になれる」

「知ってる」

「そういう弟で、お前は良い訳。悪趣味」

「良い。お前なら」

「…………」

「頼むから、うちに戻ってくれ。あの家は、俺一人が住むには広過ぎる」

 麒麟が、次の言葉を躊躇しているように見える。

「昴」

「何だ」

「天才でなくても、俺が大事?」

 昴が憮然とした表情になる。

「解り切ったことを訊くな」


 私は、知らず潜めていた息を吐いた。

 もう、良いだろう。麒麟。昴にここまで言わせて、満足だろう。このあたりで譲歩しろ。麒麟が昴を想うのと、昴が麒麟を想うのとでは、落差があるが、最も大切であることには変わりない。

「解った」

「え?」

「家出の真似事をやめる。うちに帰ってやるよ。お前が、そんなに言うなら」

 昴の身体が揺らいだ。そのまま、倒れそうになるのを、麒麟が右腕を掴んで引き留める。気が緩んで、疲労が一気に押し寄せたのだろう。

「おい、軟弱野郎。ずっと突っ込み損ねてたけど、あれ、何」

 麒麟の視線の先には、白い薔薇の花束。

 除霊の際、昴が麒麟の頭に落としたのと似た華やかさだ。

「……俺に訊くな。ことが、お前を説得するのに必要だと言ったんだ。安心しろ、お前に金を払えとは言わん。菅谷の金でもない、俺の自腹だ」

「ふうん? 昴、ことちゃん呼び捨てにしてたら聖さんに殺されるぜ」

「女として見てない。友人のように感じるからそう呼ぶことにした。フルネームも敬称も面倒だ」

 ああ、そうですか。


 麒麟の髪の色に近い白薔薇の花言葉は、無邪気、清純、尊敬。

 ――――相思相愛。


 我ながらお節介が過ぎると思う。まだごちゃごちゃ言い争いをしている二人を置いて、盆を持って台所に行った私の隣に、蛍光黄緑のスーツが現れる。

「礼を言うべきかどうか、迷うところだよ、姫君」

「必要ありませんよ、桂さん。姫君と呼ぶな」

「君は、昴様たちが敬意を払う、稀な女性だからね。余計なことをしてくれたとも、私は思っているが」

「なぜでしょう」

「菅谷が絶えるかもしれない。あのご様子ではお二人共、生涯独身で通す可能性が高い」

「家も血脈も、いずれは途絶えますよ。遅いか早いかの違いです。貴方の大切な主人たちが、幸せならばそれで良いでしょう」

 桂が紫水晶のような目を細める。

「音ノ瀬家当主の君が言うには、些か滑稽に聴こえる台詞だね」

「私は別段、音ノ瀬の存続に執着していません。今は、言わば義理で家の習わしを踏襲していますが。音ノ瀬の一族が消えることとなるなら、それはそれで自然な流れなのでしょう」

「君は解っていない。音ノ瀬一族、コトノハ薬局、コトノハ遣いは人間世界の根幹だ。不敬を承知で言うなら、菅谷よりはるかにその価値は重い。自然な流れとあっさり言うが、それら全てが消える時は、即ち人類終焉の時だよ。重責を担う心優しい姫君。私ですら、哀れと思う。ここまで聴いて、それもやむなしと思える君ではないだろう。君の歩む道は血みどろの修羅道だ。今までも、これからも」

「…………」

「気分を害したかい?」

「いいえ。貴方の言うことは、きっと正しい」

 そう認める。気が遠くなるような思いで。

 紅玉の色が心に灯る。愛してやまない人の目の色。

 だからまだ、歩ける。

 客間でまだ言い争っている兄弟を残し、私は自室に足を向けた。当たり前のように玉虫色が待っていてくれて、ほっとする。彼の胸に顔をつける。だいぶ、消耗した自覚はある。

「……ですから、背負い過ぎないよう、申し上げましたのに」

 静かな聖の苦言に微笑する。

「ええ。ですが、願う方向になりました。私は満足です」

 その後、私は少し眠った。

 目覚めた時にはもう夕暮れで、麒麟も昴もいなかった。

 あの人騒がせな兄弟は、また憎まれ口を叩き合いながら帰ったのだろう。目立つ白薔薇の花束を抱えて。


 それで良い。





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― 新着の感想 ―
[良い点] 一段落。 ホッとしました。 大きな問題は全然片付いていませんが。 ことさんのことですから雄々しく立ち向かってゆかれるのでしょう。 遠い遠い大団円を期待しつつ。 [一言] 感想は勝手に書かせ…
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