表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
コトノハ薬局  作者: 九藤 朋
神代ひもろぎ編 第三章
815/817

コトノハ遣いは嘘を吐く

 部屋の隅に、布団の塊がある。

 隼太は、その塊の前に盆を置いた。

「大海、喰え。粥くらいなら食べられるだろう」

 塊の中から返答が返る。

「要らない。食べたくない」

「飢え死にする気か」

「それでも良い。どうでも良い」

「……母さんが悲しむぞ」

「お前が消した癖に」

「――――やってられるか」

 隼太は舌打ちして荒い足取りで部屋を出た。


 私は、客間の座卓に着いて、茶を飲んでいた。今日は気温がやや高い。晴れていて、洗濯日和だ。聖が、私の正面に無言で座っている。最近は、玉虫色の着物を着る率が高い。

 物思いに耽っていた私のところに、隼太がずかずかとやって来た。

「どうかされましたか」

「大海に物を食わせろ。俺が何を言っても聴かない。埒が明かん。あいつは、お前の言うことならなぜか聴く。当分、面倒を見ろ」

 権高な命令口調に、聖が咎める視線を隼太に向けたが、私は無言で立ち上がった。

 磨理が消えて、大海は食事を摂らなくなった。動かない。入浴もせず、部屋の隅に(うずくま)っている。生命活動を放棄しているように見えた。彼を心配する人間の声も聴こえない様子で、息だけをしているような有様。人の接近を拒み、隼太が無理矢理、食べさせようとしても断固として口を開かない。私が声を掛けると、反応が返る。接近も拒まない。食事も、勧めると辛うじて少量だが口にする。入浴なども、促すと気の進まない様子で済ませる。自然、私が大海の世話係となった。

「大海さん。入りますよ」

 襖を開けると、布団の塊がもぞ、と動き、中から大海が顔を出した。青白く、やつれた顔だ。彼の前に置かれた盆に載った粥は、もう冷めているだろう。

「粥を温め直して来ますから、食べてください」

「……うん。――――行くの?」

「すぐに戻りますので」

「解った」

 いなくなることに怯える口調に、胸が痛くなる。隼太は大海がこんな状態になってもまだ、自分のしたことを正しかったと思うのだろうか。彼は、彼なりに大海と磨理のことを考え、決断を下したのだろうけれど。

 大海に食事を摂らせ、盆を手に戻ると、聖が手を差し出した。粥の入っていた土鍋を持つ。

「僕が洗います」

「有り難うございます」

 聖に任せ、再び座卓に着く。

 懸案事項が多過ぎる。私は神ではない。それらの全てを、丸く収める手腕など持ち得ない。長老たちの動きは、佐保子の襲来以降、途絶えている。長くはないモラトリアムだろう。

 それよりも厄介なのが人の心である。

 呼び鈴が鳴ったので、振り向いた聖を制して玄関に向かう。何となく、予想していた人間が立っていた。

「麒麟さん」

「ことちゃん、悪いけどしばらく泊めて」

 彼の後ろには心配顔の水草。私は、一切の追及をしなかった。

「はい。お上がりください」

 懸案事項の一つがやって来た。

 麒麟が使う部屋に、荷物一式を運ぶ様子を見て、いつもより量が多い、と思う。彼はそれから客間に来ると、縁側に後ろ向きで寝そべった。

「……ことちゃん」

「はい」

「膝枕して。聖さん、俺、今、すげー弱ってるから目を瞑って」

 聖は無言だった。私は溜息を一つ吐くと、麒麟の望むままにしてやった。着物の上に、生成りじみた長い白髪がある。

「昴には言ってある。音ノ瀬家なら良いだろうって許可が出た」

 私が気に掛けることに先んじて麒麟が告げた。白髪を撫でてやる。麒麟が望む手は、私のものではないのだろうけれど。

「……心配されたでしょう」

「うん。あいつ、意外に過保護だからね」

「大事な弟だからですよ」

「桜姉さんが生きててくれたら、俺たちの事情もちょっとは違ったんだろう」

 けれど桜はもういない。

「これから、どうなさるお積りですか」

「さあ……。国外逃亡でもするかな。ことちゃんたちに、知られちゃったし」

 私の指摘したことが、麒麟を追い詰めるきっかけになったのだとしたら、私はひどい過ちを犯したことになる。知らぬ存ぜぬで、通すべきだったか。

「ことちゃんは悪くないよ。遅かれ早かれ、俺がぶち当たる問題だった」

 私の後悔を察したように、麒麟が言う。

「けど、俺が抜けると戦力に大きな穴が出来るだろ。そこは、ごめん」

 麒麟の言う通り、彼はこちら側の陰陽師サイドの中核だ。だが、そんなことも今は些末事に思えた。

「ことちゃんの膝、いー匂い」

「余り聖さんを刺激しないでください」

 窘めると、はは、と麒麟が力なく笑った。


 麒麟が部屋に引っ込んで、そろそろ昼食の準備に取り掛かろうとしていた頃。私の携帯が震えた。相手を確認して、私は縁側に行き、座る。恐らく黒電話の番号のほうに掛けて、私以外が出ることを懸念したのだろう。

「はい、もしもし」

『俺だ。菅谷昴』

 麒麟の携帯に掛けてやれと言いたいが、彼は彼で思うところがあるのだ。

「麒麟さんでしたら、無事にお出でになりましたよ。しばらくうちでお預かりします」

『こと。あいつの様子が、おかしいことに心当たりはないか』

 いきなり名を呼ばれてびっくりした。そういう、フランクな人間でもないと思うのだが。私のファーストネームを呼び捨てにするのは、かなでくらいのものだ。

「様子がおかしいのですか」

 しれっと尋ねる。

『何か、一人で抱え込んで勝手に苦しんでる気がする。あいつはプライドが高いから、俺が問い詰めても吐かない』

「……ゆるふわなどの、話をされましたか」

『したが。何か関係があるのか』

 ひたすら案じているな、と彼のコトノハから判る。

 私は青い空を見て、大きく息を吸った。

「麒麟さんは、海外に行くお積りのようです」

『――――何だと?』

「数年は、帰らないと言っていました」

 嘘八百。昴がコトノハ遣いでなくて良かった。

 私は、しがらみのない空を見ながら、昴と話がしたかった。

「そのまま、居つく可能性がある、とも」

 嘘を重ねる。私は業が深い人間だ。

 昴は、自分のもとから永遠に麒麟が去ることをどう感じるだろうか。電話の向こうからは、唖然としているらしい気配がある。

『……あいつが、本当にそう言ったのか。菅谷も捨てて?』

「はい」

 嘘だらけの私は、きっと地獄に落ちるのだろうな。

「失いたくない、とお思いでしたら、昴さんが直接、うちにいらして彼を説得してください」

 多忙であろうが何だろうが。大切だと思うのであれば。

『こと』

「はい」

『信じられないかもしれないが、俺には麒麟が必要だ』

 信じる。貴方にとっても、きっと唯一なのだろう。麒麟とは、色合いが異なるかもしれないけれど。

「麒麟さんに、直接、仰ってください」

『時間が出来次第、そちらに行く。それまで、あいつを頼む』

「承知いたしました」

 通話を終えて、私は縁側に、身体を丸めてしゃがみ込み、目を閉じた。

 ほとんど不可能のない、何でも成し得そうで、実は不器用極まりない兄弟。


 ――――――――彼らの心が救われることを願う。




挿絵(By みてみん)








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] ことさんの優しい嘘が兄弟を救いますように。 強いものほど、弱点はもろい。 大海さん……しつこかった特定の幻覚が医師の処方によって消えたときのことを思い出します。 私も動けませんでした。 […
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ