麒麟の嘘
多忙な兄を他所に、麒麟は音ノ瀬家で遊んでいた。正確に言うと弄ばれていた。週末の土曜日、服が出来上がったから、と言って無理矢理、連れて来られた麒麟は、これもまた無理矢理、服を着せ変えられ、客間の中央に立ち、その時間、家にいた人間全員の注目を浴びていた。恭司も来ており、麒麟を必死に写メし続ける楓に、半ば呆れていた。同じ男として、哀れを感じているのだろう。
釣忍の音も、心なし、機嫌良さそうに聴こえる。やや曇ってはいるものの、過ごしやすい日和だ。
「よくお似合いですよ、麒麟さん」
「ことちゃん、黙ってて。俺、今、人生で一番ってくらいの忍耐力を使ってるから」
「うん、まあ、私は楓さんが喜んでくれれば、何でも良いので」
「鬼」
「何か言いましたか?」
笑顔で問い直すと、麒麟は沈黙した。
麒麟は、白い髪を高く結い上げ、銀の精緻な髪飾りをつけている。首には、私が貸した真珠のネックレス。聖が彼用に作ったのは、淡いサーモンピンクのロングドレスだった。ウェスト部分が緩く絞られ、男性にしては細身である麒麟の体型をカバーしている。憂い顔で俯く姿は、本人には不本意だろうが、絵になっている。
「着心地はどうかな、麒麟君。サイズは合ってると思うけど」
「鬼兎」
聖は平然としていたが、私は麒麟の二の腕を思い切り、つねり上げた。
「いたたたたたたた、撤回するよ、許して!」
客間にいる男性陣の反応は麒麟に同情寄りだが、芳江などは「すごいなあ」と、素直に感心していた。恭司は、自分が生贄の子羊にされなくて幸い、と思っている。自分のはるか先を行く天才陰陽師の艶姿に、由宇は目をぱちくりして、奈苗は密かに、兄にも女装の素質があるのではないか、と考えている。こうした座興には一切、興味なさそうな隼太が、意外にも姿を見せ、無言で携帯を取り出すと、麒麟の姿をパシャリ、と一枚撮って去った。
「おいこら待て、音ノ瀬隼太ああああああああ! 何に使う積りだそれっ」
「さあ、麒麟君。次の服に行こうか」
「行きたくない!!」
「黙」
「…………!」
ふう、静かになった。次の服は後ろの裾が長い、花嫁が着るような純白のウェディングドレスだった。他、散々、麒麟で遊んで、いや、麒麟と遊んで感じたことだが、聖は、実に見事に麒麟に似合う衣装を複数、縫い上げていた。この、短期間の間にミシンも使わず。千手観音か。
やがて麒麟ファッションショーも終わり、皆が散開して、客間には普段着に着替えた麒麟と聖、私が残った。とっとと楓の部屋に行こうとする恭司の肩をポンと叩き、とっておきの笑顔を見せたら、彼の顔が青ざめ、引き攣った。まあ牽制はこのくらいで良いだろう。水草は、麒麟から客間に入ることを禁じられている。主人としてのプライドがそうさせたものと思われる。
麒麟は畳に倒れ伏していた。黙のコトノハの効果は、とうに切れているが、何も言う気力がないらしい。私は立ち上がり、上等の玉露を淹れ、カステラを添えて座卓に置いた。むくり、と麒麟が起きる。思ったより復活が早い。黙ったまま茶を啜り、カステラを一気に三切れ、喰った。まさにやけ食い。
そんな様子を傍観しながら、私は何気なく口を開く。
「麒麟さんって、言う割にはゆるふわの彼女を作りませんよね」
ごっくん、とカステラを嚥下して、麒麟が肩を竦める。
「最近はね。俺、目が肥えてるし」
「ゆるふわ系がお好きなんですよね」
「そう」
「昴さんは、寧ろ正反対だと思えるのですが」
しばらく、客間がしん、と静まった。
釣忍さえ沈黙している。
「どういう意味? ことちゃん」
何の温度も感じられない問い掛け。
「え? だって麒麟さんは昴さんがお好きでしょう?」
「あんまり好きじゃないよ。何でそんな変な勘違いするかな。兄だから、多少の情はあるけどね」
「私はコトノハ遣いですよ。嘘は通りません」
「…………」
麒麟が黙り込んだ。
「麒麟さんは、人の好き嫌いがはっきりしています。興味のない人間には目もくれない。……私の目には、麒麟さんが世界で一番、執着しているのは昴さんであるように見受けられました」
「俺、ホモじゃないけど」
「そうでしょうね。ですから、恋愛感情は置いて、麒麟さんにとって唯一、大切な人間、ということです」
また、静けさが戻る。今度は先程よりも長い。
麒麟がふう、と溜息を吐いた。
「ほんと、音ノ瀬って鬼門」
「……昔の諍いこそあれ、今は昴さんも麒麟さんを大切な弟と思っているでしょう」
「それなりにね。あいつ、さっさと結婚すれば良いのに」
「ですから嘘は通りませんと。思ってもいないでしょうに」
我が強い。執着心が強い。独占欲が強い。
そんな、子供じみたところのある麒麟が、昴に特別な女性が出来ることなど、我慢出来る訳がない。
「昴の奴、俺と違って働きアリで堅物だからさ、当分、女作る余裕なんてないだろ」
「…………」
「でも、いずれ結婚する必要はある。菅谷が絶えることを、あいつは望まない」
麒麟は微笑を浮かべて語っている。
「家の為であれ、迎えた相手を昴は粗略にはしない。律儀な奴だからな」
それは私にも想像がつく。昴は誠実な人間だ。不器用ながら、妻を愛そうと努めるだろう。優しく接しようとするだろう。そのようにして、昴に愛される女性はきっと幸せなのだろう。
だが、それを麒麟が近くで見続けることに耐えられるだろうか。
「そうなったら、麒麟さんはどうされるんですか」
「別にどうもしないけど。あいつのガキに叔父ちゃん、なんて呼ばれるの鳥肌立つから、どっか遠くに行く」
あっさり、答えたように見えるが、麒麟はもうずっと前から、そのように考えていたのだろうと判る。それから麒麟は立ち上がると、昴には言わないでね、と言って、客間の外で待機していた水草を連れて帰った。
「こと様」
麒麟と私の遣り取りの間中、一言も発さなかった聖が私を呼んだ。
赤い双眸には案じる色。
「背負い過ぎないでください。……潰れてしまいます」
「解っています。大丈夫ですよ、聖さん」
本心からそう言ったのに、紅玉の色は依然、変わらなかった。




