覗き魔と色ボケと脂身
こんなところであいつらは何をやってる、と言うのがさだめの頭に最初に浮かんだ感想だった。公衆の面前でこそないものの、人に見られる可能性のある場所である。屋内でやれ、他、罵声を浴びせたい。呆れたことに恭司は、〝少女の摂取〟に夢中なようで、さだめの存在に気づいていない。音ノ瀬ことに知れれば殺されるだろう。余りに呆れたので、さだめは神社の階段を一足飛びにして、境内に降り立った。恋愛に現を抜かす、呑気な人間を驚かせてやれ、と思ったのだ。
そして、その目論見は成功した。楓に触れていた恭司が瞬時に振り返り、さだめの姿を認めると、楓を背に庇い、臨戦態勢に移る。さだめは、白けた目でそれを見た。
「今更? さかるならラブホかうちでやれよ。風に聴かれたら音ノ瀬ことに八つ裂きにされるぞ、佐々木恭司。お嬢ちゃんも。楓、だったか。大人しく襲われてやるな。抵抗の一つでもしないと、男はますますつけ上がるし、つけ込むぜ」
恭司が隠刀を顕現させた。
「どうしてお前が、ここにいる」
楓に聴かせていたものとは全く別物の、威嚇するような低い声。
さだめは肩を竦めた。勝手に油断しておいて、態度がこれではやっていられない。
楓はと言うと、真っ赤になって恭司の後ろで小さくなっている。
「成程。それはそれで可愛いな」
「何の話だ」
「野郎には言ってない。白夕に、この神社に咲いてる女郎花を摘んで来いと言われたんだよ。別に、お宅らの邪魔をする積りはない」
さだめは、その証拠、と言わんばかりに剪定鋏をひらひら振って見せた。恭司の右手は、刀の柄にかけられたままだ。目には恨みと敵意が籠っている。楓との時間を邪魔された。よりによって、こんな相手に、無防備な姿を晒してしまった。屈辱だ。
さだめは、その手を観察するように見る。
「俺には、その気はないんだが。天響奥の韻流とは、もう事を構えない方針で白夕とも話がついてる」
お前がどうしてもってんなら、相手しても良いけど、と続けて、楓に視線を遣る。
「お嬢ちゃん、危険に巻き込むぞ。良いのか」
「…………」
恭司のシャツを、楓が背後から握り締める。首を横に振る気配がする。
逡巡が、彼の戦意を次第に鎮めてゆく。その間にも、さだめは、そんな恭司を意に介することなく、小さな本殿の横手に咲いていた女郎花をさくさく切っている。背中を恭司に向けたまま。やがて作業が終わると立ち上がり、まだ身構えている恭司の前を、知ったことかとばかりに通り過ぎた。階段を、今度は普通に下りていたさだめの脚がピタリと止まる。道路に、太った中年男性が立っている。さだめの感覚に触れたのは、その男性の発する剣気だった。見た目に反して遣い手だ、とさだめの本能が告げる。柿や栗が、たくさん詰まったビニール袋を持っている。向こうもさだめを凝視していた。
「……架橋さだめ君?」
立ち止まったさだめを訝しく思った恭司が、階段下を覗く。目が丸くなった。
「寺熊さん」
「あ、やあ、恭司君。あ、楓ちゃんもいるのかい?」
「いる。寺熊さんは、何でここに?」
寺原田が、人の好さそうな笑みを浮かべた。
「柿を、たくさん頂いてね。ことさんのお宅に、お裾分けしに行くところなんだよ。あと栗も」
そう言いながら、さだめをちら、と見る。
「彼は……」
「覗き魔」
「黙れ、色ボケ」
「……喧嘩は良くないよ」
恭司とさだめをそう取り成して、恭司の握る刀もちら、と見る。
「どいて、おっさん。邪魔。俺、仕合う気ないから。そこの色ボケがきにもようく言い聞かせなよ。それからあんた、もっと節制したほうが良いぜ。脂身とか厳禁。折角の資質が勿体ない」
さだめは、そう言い置いて、すたすた早足で行ってしまった。恭司が、隠刀を仕舞う。長椅子に広げていた道具を片付けた楓が駆けて来て、寺原田に頭を下げた。
「寺熊さん、こんにちは」
「こんにちは、楓ちゃん。邪魔をしたかな」
「いいえ」
恭司は、内心で是、と答えた。今は風が空しく通るだけの長椅子を、未練がましく一瞥する。まだ、三分経っていなかった、と思う。時間間隔は、人それぞれだ。
寺熊「やっぱり豚バラとか駄目かなあ。僕、好きなんだけど。あと、魚卵とかチーズとか」
さだめ「悔い改めて、そのメタボ体型をメタモルフォーゼしろ」
楓「……さだめさん。男女の交際ってどれくらいの時間をおいて、どういう順序でいくものなんでしょうか」
さだめ「ふーん。知りたい?」
楓「はい」
さだめ「教えてあげるからうちにおいで」
恭司「殺すぞてめえ」




