表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
コトノハ薬局  作者: 九藤 朋
神代ひもろぎ編 第三章
807/817

裁縫箱

 秋も深まる午後。客間で、玉虫色の着流し姿の聖が、裁縫箱を座卓に載せて縫い物をしていた。空は薄い紫めいて、風情を感じさせる色合いだ。

 たまたま通りかかった由宇が、その光景に足を止めた。聖は白い布と赤い布を広げ、慣れた手つきで針を動かしている。縫い目は正確で、きつくも緩くもない。明らかに裁縫を得意とする者の手つきに、由宇は思わず感心した。聖は気にする風でもなく、端座して背筋はピンと伸ばし、運針の手を休めない。

「聖さん、縫い物がお得意なんですね」

 邪魔になるかと思ったが、結局、声をかけた。聖は、由宇の顔を少し見上げて、頷くと、また布と糸に目を戻す。

「得意と言うか、習慣かな。簡単なものなら、大抵、縫えるよ。こと様の産着も、僕が縫ったんだ」

 後半は、僅かに誇らしげな響きだ。

 産着、と言う響きに、由宇は聖の年齢を思う。見た目では自分より一回り、上、くらいにしか見えないから忘れがちだが、彼はふるさとという特殊な地で、人よりも緩やかな時間を送った。五十代あたりだろうが、とてもそうは見えない。こととは、随分な年の差があるが、由宇の目には、聖もことも、互いをなくてはならない存在と想っているように見える。常識では測れない恋愛をする聖たちに、事情は違えど親近感が湧くのは確かだった。

 携帯破損の件ですっかり勘違いしそうになるが、聖は機械以外はおおよそのことを完璧にこなす。多分、サバイバルゲームで最も生き残るタイプだ。大事な人を守り抜いて。病弱な由宇には眩しく映る。由宇の携帯の待ち受けには、密かに奈苗の画像があり、他、保存していた妹の画像も全て台無しにされてしまい、そこだけは由宇の、聖を恨めしく思うところではあったが、他はこの浮世離れした男性を尊敬していた。ミシンは使わないのですか、とは訊かない。何となく(はばか)られた。

「何を縫ってらっしゃるんですか?」

「呪符だよ。こと様と楓ちゃんにと思って」

 言って、聖は糸を白い歯で嚙み切った。糸切狭を使わないのは、やはり聖らしい気がする。しかし、聖お手製の呪符は、陰陽道を修めた由宇に見覚えのないものだった。

「……どこの流派の呪符でしょうか」

 そこで、聖はふ、と手を止めて由宇に真っ直ぐ赤い目の焦点を合わせた。笑って、座りなよ、と促す。由宇は、聖の向かいの座卓に着いた。

「多分、君は知らないよ。副つ家に代々、伝わるものだから、一般に流布しているどの呪術にも属していない」

 そんなものもあるのか、と由宇は物珍しく、聖が差し出した白い呪符を手にした。確かに、神聖な力が感じ取れる。しかし、なぜ、今。

 そんな由宇の疑問に答えるように、聖が言った。

「今、僕らは呪術バトルに巻き込まれているだろう。呪符は、本来、コトノハ遣いが用いる物ではないけれど、状況的にあって損はない。使える武器は、多いほうが良い」

 聖は〝僕ら〟と言ったが、正しく巻き込まれているのは音ノ瀬家のほうだ。九倉は、巻き込んでいる当事者の一部と言える。

「……すみません」

「どうして謝るんだい」

「巻き込んでしまいました。……奈苗とのことでも、お世話になっている」

 聖が白い歯を垣間見せる。赤い双眸が細くなった。

「こと様が望まれることなら、僕には何の異論もない。由宇君と奈苗さんの件では、僕自身も力になりたいと思っているし、ふるさとに来るのであれば歓迎もするよ」

 大きい人間だな、と思う。何よりことを愛していると、発言と声色から、コトノハ遣いでなくとも判る。

「……辛い恋だと言われました」

「うん」

「聖さんは、辛くはなかったのですか」

「辛かったよ」

 そこで少し間が空いた。

「だから、寿命の長い僕にとっても決して短くはなかった年月を経て、こと様が僕を選んでくださっていると知った時、この上なく幸福な気分になった。僕は今でも幸せなんだ。一緒にこと様といられるから」

「奈苗は貴方を好いていました」

「見せかけだけね」

 再び、聖は呪符制作を再開した。それは由宇の存在を邪魔にしているからではなく、作業しながら会話する積りだからであるようだ。

「――――由宇君。迷っているのかい」

「……奈苗を愛しいと思う一方で、あの子には人並みに幸せになって欲しいと思います」

「奈苗さんが聴いたら、泣くね」

 聖は、赤い糸を手に取った。針孔に通す。

「僕が奈苗を泣かせるのですか」

「そうだよ」

 穏やかな声だが、内容には容赦なかった。

「こういうことに関して言えば、女の人のほうが、決断が早い。揺らがずに貫き通す。奈苗さんは、君にも劣らず立派な呪術師だ。一人前扱いして、彼女の意思を尊重してあげなよ。由宇君は、奈苗さんにとって、誰よりも強いヒーローだ。もちろん、僕よりもね。だから君が揺れると、彼女も心細くなる。そんな思いをさせるのは、君だって嫌だろう?」

「…………」

 睫毛を伏せた由宇を眺めて、聖は裁縫箱を、由宇の近くに押し遣った。由宇が問う視線を向ける。

「教えてあげる。副つ家の呪符の作り方。これは秘伝だから、特別だよ?」

「良いんですか」

 陰陽道、呪術の業界では手の内は秘すのが常識だ。だが、聖はあっさり頷いた。

「君と奈苗さんの守りにすると良い。どうせ僕も、こと様と楓ちゃんの分を作り終わったら、この家の全員分、作り始める積りだったから手伝ってくれると助かる」

 由宇も頷いた。

 見た目に反して、意思が強く胆力のある由宇だが、奈苗を想うと思い悩む時もある。聖は、そんな由宇を見抜いて、さりげなく背中を押してくれた。

「有り難うございます。……いつか、ことさんと聖さんのお役に立てるよう、励みます」

「有り難う、期待してるよ」

 そして客間は再び静かになり、男二人が黙々と手を動かす光景となった。



イケメン二人の手芸教室をお送りしました。

糸切狭を使え、副つ家。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ