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コトノハ薬局  作者: 九藤 朋
神代ひもろぎ編 第三章
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白薔薇の君

 一瞬、気を失っていたようだ。私は、固い床、或いは地面に打ち付けられてはいなかった。身体を包み守る温もりがある。紅玉の瞳が暗闇の中、淡い光を放つ。

「こと様、大事ございませんか」

「はい。有り難うございます。聖さんは、私を庇ってどこか傷めたりは」

「ありません」

 浮かぶ微笑。それはそうだ。何せ、聖なのだから。

 何か忘れている気がする。

「…………あ、麒麟さんは?」

「思い出すの遅過ぎ!」

 元気そうな非難の声が響く。良かった。無事なようだ。懐中電灯が床に散らばって、下に光源がある。そこに浮かび上がる白い、長髪の麒麟の姿はあたかも幽霊のようであった。水草が傍についている。恐らく、彼女が助けたのだろう。

「……すっげえ瘴気」

 麒麟が、懐中電灯を一つ拾い上げて、周囲を照らす。保健室の入口で想像したよりも、だいぶ広い。そして、聖がいなければ、私が鳥肌だっていたであろう程の霊の数。中心に座すのが、悪鬼だろう。

「ことちゃん、聖さん。悪鬼を少しの間、任せて良い?」

 私は聖と顔を見合わせ、麒麟に向かって頷いた。懐中電灯の光も伴い、互いの動き、表情などが朧げに見える。麒麟は臆していない。声も凜として、そこに立つのは現代日本、陰陽道の世界の頂点に君臨する青年。他の追随を許さない若き天才陰陽師だった。

 麒麟が持参していた仏花を持つ。色鮮やかな花々が、陰鬱な防空壕の中、華やかだ。

 私と聖は巨大な漆黒の鬼のような存在と対峙した。聖は、こういう場合、決して私を前に立たせない。まず、自分が先陣を切る。銀浄を抜刀し、襲い来る悪鬼の太い右腕に斬りつけた。私もまた、隠刀を顕現している。

 麒麟の声が聴こえる。

早馳風(はやちかぜ)の神、取次ぎ給え」

 場に似合わず、穏やかで優しい声だった。仏花を捧げる。無数の霊が、少しずつ、光を帯びて上に向かう。成仏しているのだ。本来であればこの手法は、亡くなった人の名前を唱えてから成すべしとされる。無論、麒麟が彼らの名前を知る筈はない。麒麟は名前と言う呪なくして、悲しい霊たちを冥福させているのだ。改めて認識する。天才陰陽師の肩書に恥じない手腕だった。


 悪鬼の咆哮が響く。

「聖さん、退いてくださいっ」

 聖が、右腕を押さえ暴れる悪鬼の正面から退く。否やはない。瞬時の判断の遅れが命取りとなる。

「氷華輪舞」

 私の鞘から氷の華が弾け飛ぶ。それは悪鬼の身体のそこかしこを傷つけ、その傷からは、愛らしい氷の小花が咲いた。対峙する敵、戦闘場所との相性はある。ここは、火焔により生まれた嘆きの場所。それならば、その熱を冷ます氷属性の技が適当であると、私は考えた。正解だったようだ。そう判断した時、麒麟に群がる霊の数が増えたように見えた。

「こと様! (ばく)っ」

 私に生じた隙を、聖がコトノハで補ってくれた。副つ家の主の、コトノハ最大限の処方である。悪鬼が、しばし静止する。私は、素早く麒麟に駆け寄った。

「麒麟さん、どうしました」

「――――仏花が尽きた。ここに来るまでにも落としたし、いつもくらいの余分がないんだ」

 事情を聴く間にも、火傷を負った霊たちは、麒麟に縋るように迫る。彼らに悪気はない。只、救われたい一心なのだ。

 その時、真っ白い薔薇の、大きな花束が上から降って来た。恋人に贈る感じに、煌びやかなリボンつきのラッピングがされている。それが、麒麟の頭にぼす、と落下した。麒麟も私も、唖然とする。愛の告白か?

「使えっ! 余計なことは考えるな!」

 昴の声だ。麒麟は迷わなかった。華麗なラッピングを遠慮なくむしり取り、白い薔薇を剥き出しにして、除霊冥福の続きをする。

「早馳風の神、取次ぎ給え」

 心なし、集まっていた霊たちの表情に安らぎが見える。光が、満ちて行く。


 やりにくい、と聖は感じていた。悪鬼は、コトノハの縛りを解き、再び暴れ出した。その巨体のいずれかに当たれば、命に関わることは明白だ。コトノハは有効だ。銀浄も通じる。しかし、この悪鬼はコトノハに対する適応が恐ろしく早い。聖が最も強力に処方したコトノハでさえ、僅かの効果しかない。ゆえに、戦法を切り替える。銀浄で身体の各部に傷を負わせ、弱ったところにコトノハの処方でとどめを刺す。聖はことでも陰陽師でもない。除霊は出来ない。相手が自分ですまないと思いながら、銀浄で斬りつけていた時、ことが戻り、更に、また何やら降って来た。昴が来たのは声や気配で察したが、次もあるとは考えていない。しかも、落下音は重量級だった。

「どえっふっふふうううう。輝美咲院撫子様、参上!」

 

 私は、この時程、撫子の独特の声を頼もしく感じたことはなかった。あ、後、おまけのように芳江もいる。滅茶苦茶、震えているが大丈夫なのだろうか。一応、鉄杖は手にしているが。

「どおりゃあどりゃどりゃあああああ!!」

 モーニングスターが凶器と化して悪鬼を襲う。聖と、私による刀傷もあるとは言え、明らかに押されている。どちらかと言うと、撫子を恐れている感すらある。麒麟と昴のほうは、終わったらしい。こちらに合流する。

撫子は、基本、膂力でモーニングスターをぶん回すのが戦法で、言わば、攻撃がやや雑になる。その隙を、悪鬼は見逃さなかった。鋭く太い爪で、彼女の利き手を裂く。撫子の体勢が崩れ、モーニングスターと共に落ちて来る。そこにいる誰もが、大柄な彼女を受け留めようとした。聖や私はもちろん、麒麟や昴でさえもだ。

 しかし、重量級の姫君を抱き留めたのは、その誰でもない。

 芳江だった。震えが止んで、目が座っている。

「……お前ぇ。人の嫁になる女に何さらしとんねんっ。捌くで!?」

 鉄杖では捌けない。

 そういう、常識を説いている場合ではなかった。私はそっと床に下ろされた撫子の元に駆け寄り、その傷にコトノハを処方した。後ろでは、芳江自身が悪鬼のような形相で、悪鬼と戦っている。……どちらがどちらだっけ。血塗れ虎徹、という、芳江の嘗ての異名を思い出す。

 昴や聖の加勢もあり、戦いは芳江の圧倒的優勢となる。鉄杖の唸り声とは、実に重みがあり、モーニングスターとは別の心強さがある。しかし、芳江には除霊は不可能な筈。滅するしかないのか。この、哀れな鬼を。

 ひらり、と、白い流れが見えた。

 麒麟だ。手には一輪の薔薇の花。あれだけが残ったのだろう。悪鬼の大きさと比較して、心許ない小ささ、可憐さだが、なぜか麒麟の持つ薔薇には不安を抱かなかった。

 今は力尽き、くずおれた悪鬼に、麒麟は正面から向かい合う。

「早馳風の神、取次ぎ給え」

 真っ白な光が溢れた。よく見えないが、悪鬼が笑った、ように見える。そして、大粒の涙を零した。涙はとめどなく降り続け、私たちを濡らした。涙雨が止んだ、と思った時には、もう悪鬼の姿は防空壕のどこにもなかった。


 昴自らが運転する菅谷家の大型ベンツの中、私たちは満身創痍の状態だった。運転手を起こすに忍びなかったそうだ。もう、日付けも変わっているだろう。楓がちゃんと眠れていれば良いのだが。

「あの学校の校長には、明日、きちんと申し入れをする。そして麒麟、お前は当分、仕事をするな。命令だ」

 昴が厳しい顔つきで助手席の弟を睨む。

「……何でだよ。ちゃんと仕事はしただろうが。お前の命令を聴く筋合いもないし」

 語勢が弱い。後ろめたさがあるからだ。昴が溜息を吐いた。

「どこの業界に、素人を巻き込むプロがいる。お前、音ノ瀬ことたちに何かあったら、音ノ瀬一族全てを敵に回すんだぞ。そのへんの自覚はあるのか」

「ことちゃんたちは素人じゃないでしょ」

 ギン、と昴が麒麟を睨み据えた。

「素人だ。陰陽道の修行をしていない以上、いくら素養があっても話にならない。コトノハ遣いと俺たちは別物だ。お前だって解っているだろう!」

 白い頭が沈んでいく。兄の説教が、だいぶ堪えているらしい。

 私は、聖の肩にもたれかかり、ぼんやり兄弟の遣り取りを眺めていた。疲れもあり、眠気もある。

「……あの薔薇は何だったんですか? 昴さん」

 眠気の混じる声で、おっとり訊いてみたら、昴が黙った。

「――――仏花が足りなくなる可能性を考えた。俺たちの仕事には、大抵、必要になる代物だ。しかし、この深夜、開いている花屋は限られている。だから、菅谷のツテを辿り、まだ営業中の花屋に無理矢理駆け込んだ。大量の花が要る、と言ったら、薔薇くらいしか今はないと。それでも良いから寄越せと迫ったら、店員が何やら勘違いしたらしく、あんな花束になった。挙句、プロポーズの成功、祈ってます、と言って送り出されたっ。くそ! 菅谷家当主の屈辱だ!」

 あ~、成程。

「良かったですね」

「何がだ!?」

 駄目だ。眠い。

「麒麟さん、約束は、守ってもらいますよ……」

 そう言いながら、私の瞼は閉ざされていった。



 ことが眠る車中。麒麟が顔を覆っている。怪訝に思った昴が尋ねる。

「おい、約束って何だ」

「訊くな、昴。それこそ、菅谷家の屈辱だから。あ、でも、ことちゃん、眠っちゃったし、明日の朝になれば忘れてくれるかも?」

「麒麟君」

「あああああ、この人がいたよおおおお!」

 聖が、眠ることの体勢が楽なように座り方を調整しながら、麒麟を見ている。

 赤い目でじっと見ている。

「まさか、こと様を危険に晒しておいて、交わした約定を反故にしたりなんて、しないよね?」

「……聖さんって、物静かなのにこんな時の圧は凄いよね」

 弟の言葉に内心で同意しつつ、昴が片手でハンドルを操作しながら麒麟に紙切れを渡した。

「麒麟、これ」

「何、この領収証?」

「薔薇の花束代。えらくかかった。お前が払え」

「うっそ、何で! 昴、お前、金持ちの癖にっ」

「それとこれとは別だ。大人社会はシビアなんだ。それから、その、音ノ瀬こととの交わした約束とやらはきっちり守れ。その上で、俺は巻き込むな。良いな。何か果てしなく嫌な予感がするから!」

「お前はロン毛でもないし、女顔でもないから関係ないと思うよ……」

「? ますます解らん」

 関西組は、規則正しい生活を送っているので、既に熟睡している。或いは眠り、或いは問答をする面々を乗せて、車は静かに音ノ瀬家へと向かった。



昴「タイトル」

こと「素敵ですね。ちょっと昔の少女漫画ちっくで。紫の薔薇の人、とか懐かしいですよね。連載はずっと止まってますが」

昴「タイトルを変えろ九藤。鳥肌が立つ」

こと「今回のMVPに迷いますね。昴さんか、撫子さんか、芳江さんか」

麒麟「俺、ちょっと長期の依頼が入ったからしばらく忙しい」

こと「コトノハ遣いに嘘を吐くとは大胆ですね、麒麟さん。約束はきっちり守ってもらいますよ」

麒麟「頭をマルガリータにする」

こと「どうぞ。それで女装なさってください」

昴「……」(不穏な言葉を聴いた気がするが無視する)

聖「麒麟君。衣装は僕が担当するから任せてくれ」

麒麟「任せたくない。ねえ、どうあっても変わらない流れなの、これ」

こと「九藤いはく『泣こうが喚こうが従ってもらう』と」

麒麟「呪詛してやる」

こと「落ち着いてください、天才陰陽師さん」





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