Ⅾ私立高等学校旧校舎
Ⅾ私立高等学校は県内でも知られた名門校で、尚且つ心霊スポットである。胡散臭いいわくつきの学校に、それでも我が子を入学させようとする親が後を絶たないのは、由緒と格式あることに加え、名門大学への進学率が非常に高いからである。学問ばかりではなく、スポーツにおいても優秀な成績を残している。菅谷家の車を学校の駐車場に停め、新校舎のほうの校長室でお決まりの挨拶等すると、私たちは旧校舎の鍵を受け取り、件の建物に入った。広大な敷地の中、新校舎、図書館、体育館、部室棟等々の集まりと、一線を画したところに旧校舎はある。見るからに煤けて、屋根のあちこちが損壊した無惨な建物で、今まで取り壊されなかったのが不思議である。
「不思議じゃないよ。だって、取り壊そうとするたび、霊障が起きて、作業員が何人も死んでるからね。学校側も触らぬ神に祟りなしってやつで、今ではすっかり及び腰。放置してたんだってさ」
私を真ん中に、左に懐中電灯を持った麒麟と、右に銀浄を持った聖が並び、ひたひたと暗闇も同然の廊下を歩く。
「それをどうして今になって?」
「来年がこの学校の開校七十周年にあたって、セレモニーが開かれる。それには各界のお偉方も呼ばれる予定。だから、この際、目の上のたんこぶは除いちゃおーって訳」
「成程。納得しました。賓客にはこの学校の卒業生も多いでしょうし、雰囲気一新したところを見せたい気持ちもあるのでしょうね」
「そゆこと」
「麒麟さん、そう言えば緑王丸は? 今日は連れてらしてないんですね」
麒麟の亡き姉である桜の式神であった鷹の緑王丸は、麒麟が引き継いだ。
「ああ、あいつは上賀茂。偵察にやってるよ」
今日は着物ではなく、綿の白シャツにストレッチ素材の青いジーンズを合わせている。着物を汚すのは嫌だし、万一の時の為、動きやすい恰好でいる必要がある。聖も、いつものTシャツにジーンズで、麒麟も長袖のシャツにボタンダウンのTシャツを羽織り、ミリタリーパンツと言う、やる気が疑われる程、ラフな装いの面々で、これでは除霊に来たのか観光に来たのか解らない。水草はいつも通り、麒麟につき従っている。事ある時には主人を守るのだろう。一階にある教室を、端から見て行く。影が濃い。如何にも、陰陰滅滅である。
「……風通り悪いですね」
「そうだね。ぼろってる割には。気になる?」
「陰陽師の前で、経験則を語るのも気が引けますが、霊の類は、暗い場所よりも風通しの悪い場所を好みますからね」
「そうなのですか」
珍しく、黒子役に徹していた聖が口を挟む。
「ことちゃん、詳しいね。流石、コトノハ薬局さん。そうなんだよ、聖さん。一般には暗い場所=霊障って言うイメージで捉えられているんだけどね」
「……だとしたら、この場所は既に異常です。これだけ雨風に晒された建物だと言うのに、〝内部にいる我々に風一つ吹かない〟。コトノハも、何も伝えません。こと様は?」
聖に訊かれ、私も首を横に振る。聖が少し沈黙し、いつでも抜刀出来る構えを見せた。この旧校舎が心霊スポットとなった由来は、戦時中、ここに避難していた人々の真上に爆撃があり、焼死者が多数出たところに始まる。それ以来、「熱い」、「熱い」、と呻く声や、校内を、火傷でずるむけになった皮膚を引き摺りながら徘徊する人影が見られるようになった。戦禍の生んだ、惨い話である。
一階は大体、見て回った。浮遊霊の何体かにも出くわしたが、麒麟があっさり成仏させた。
「……妙ですね」
「そうだね」
「県内、いえ、全国にもその名を轟かせる心霊スポットの割に、遭遇するのは他愛ない浮遊霊。これ程の瘴気を出すような大本が見当たりません」
「ことちゃん。油断しないでね。知能の高い奴のほうが、手強いから。或いは、我を忘れて怯え、攻撃してくる集合体。聖さん、一応訊くけど、その刀、霊体でも斬れる?」
「銀浄に斬れないものはないよ」
「OK」
麒麟はその時、左側に人の気配を感じた。
粘着性がありながら、火のように熱い。
水草ではない。慣れ親しんだ式神の気配を見誤ることはないし、式神と他の気配はまるで異なる。これは、焼死した本物の霊だな、と確信を持つ。頭は冷静だった。伊達にこの稼業を長く続けていない。か細い、女性。両目が溶け落ちている。着ている着物は焼け焦げて、あちこちの肌が露出していた。
「主様っ!」
主人の危機と察し、声を上げた水草に麒麟が、唇の前、一本指を示し、しー、と声なき声で諭す。
「……痛かったね」
本来なら触れられる筈のない霊体に、そっと触れる。女性の霊からの驚きが伝わる。
「猿沢の池に大蛇がすんでおわします、この水たむけるときは、はれず痛まず、あとつかず」と唱え、女性の霊に頭から桶に汲んで来ていた水を柄杓でかける。麒麟はこの他に、花束など除霊に要り様になりそうなものを持参していた。
「アビラウンケンソワカ」
三度、息を吹きかけた。火傷を治す咒言は、霊体の苦痛も慰撫し、彼女の両目は気づけばそこにある。涙を流しながら、麒麟に礼をして、姿を消した。一部始終を私と聖は見ていた。陰陽師の手並み、とくと拝見したが、まだこれで終わりでないであろうことは、私たちも、そしてまた麒麟自身も確信していた。
こと「麒麟さんの今後に同情します」
麒麟「え、何で?」
こと「この先、九藤が皆さまのお大事に、と言う声も聴かず執筆しまくってる先、あなたに悲しい話が」
麒麟「ろくな話書いてないで寝てろよ!!ことちゃんも巫女さんの預言みたいに言わないで!」
聖「大丈夫だよ、麒麟君。こと様がお怪我でもされたら、僕が君に悲しい話を進呈するから」
麒麟「大丈夫じゃないっ!鬼!鬼兎!!」
こと「ちなみに次の話で、麒麟さんの悲しみが明らかになります。きっかけは私の一言です」
麒麟「結局、ことちゃんがラスボスじゃん…」
こと「いえ、これよりずっと先に、麒麟さんに更なる悲しみが待ち受けています。コングラチュレーション、違った、ファイト!」
麒麟「ねえ、今わざと間違えたよねえ、絶対そうだよねえ!?」




