心霊スポットとブルジョワジー
最近、菅谷兄弟、特に麒麟がうちに入り浸っている。大抵は由宇たちとお喋りして、お茶出ないのとか言って、頂き物の高級クッキーを貪って帰って行く。後半はやや業腹だが、これまで自分と同等の実力を持つ陰陽師がいなかったから、由宇たちと親しくなるのが嬉しいのだろう。天才児も人の子である。昴は、別段それを不快に思うこともなく、余り音ノ瀬家に迷惑をかけるな、と釘を刺しただけだそうだ。流石は兄。まっとうなことを言う。
客間で三人が歓談しているところに、麒麟ご所望のロールケーキを持って行く。舌の肥えた坊ちゃまは面倒だ。秋の陽射しはまだ暑く、縁側の硝子戸を通って容赦なく客間にも降り注ぐ。庭も紅葉の兆しを見せて来た。
「何のお話ですか?」
私も盆を脇に置き、座卓に着く。
「俺に来た依頼の話」
「麒麟さんに? 菅谷家、ではなく?」
「んー。元は菅谷なんだけど、昴がお前も独立するのなら、仕事して知名度を上げておけってさ」
兄心である。昴は、麒麟に複雑なコンプレックスを抱いてこそすれ、それはそれとして弟のことを心配している。このあたり、玲一のところの三兄弟の仲の良さを思い出させ、ほっこりする。まあ、だいぶ程度に差があるが。
「除霊ですか」
由宇が湯呑みを手に尋ねる。麒麟が頷いた。白髪、伸びたな。ちょっと鬱陶しいから切ってやりたい。
「県内なんだけどね。旧校舎に出る浮遊霊たちを祓って欲しいんだって」
「ああ、Ⅾ私立高等学校の」
餅は餅屋である。由宇が耳馴染んだ言葉を聴いた反応を見せた。奈苗は静かに兄の隣でロールケーキを食べている。気に入ったらしい。
「行ってらっしゃい」
「ことちゃん、冷たい」
「え? だって浮遊霊でしょう? 麒麟児の麒麟さんなら朝飯前じゃないですか」
「麒麟児の麒麟って、だぶってるんだけど……。そうだけど、ああいう湿っぽい場所、苦手なんだよ。俺は、お日様が燦燦と射す、開放的なところで除霊したい訳」
お日様が燦燦と射す、開放的な心霊スポットが存在するという話を、私は未だ嘗て聴いたことがない。由宇たちも同様だろう。言葉を差し控えている。
「でさ、補助も欲しいし、ことちゃん、一緒に行ってくれない?」
「お断りします。それは麒麟さんの受けた依頼でしょう」
「そこを何とか! コトノハ薬局だったら、心霊絡みの依頼の一つや二つ経験あるでしょう?」
私はロールケーキをあむ、と食べる。
「あるあるですけどね。水草さんだっているんですから、一人で何とかしてらっしゃいな」
「……由宇君!」
「協力したいのは山々なのですが、こちらの守り、及び椎名たちの監視が疎かになりそうで心配ですし」
それに、由宇は菅谷家にも劣らない術者の家の出身で、本人も相応の実力者だ。今回のような小さな案件に、日本有数の術者が二人、雁首揃えて赴くのは考えものだろう。成功報酬も跳ね上がりそうで学校側が気の毒。
麒麟が、最後の頼みの綱とばかりに、湯呑みを座卓に置いて、奈苗の両手をしっかと握った。
「奈苗ちゃん。もう俺には、君しかいない」
語弊を招く言い様。ほーら、由宇が綺麗な顔から綺麗に表情を消して麒麟の手を凝視している。
「いえ、私もここの守りがありますし、」
「駄目ですよ、麒麟さん。奈苗を危険な場所に連れて行かないでください」
「奈苗ちゃんだって呪術者じゃーん。危険なら俺が守ってあげるよ」
それ、一緒に連れて行く意味あるのか。麒麟は由宇に駄目出しされてからも、まだぐだぐだと粘っている。このように麒麟が仕事を受けられるのも、今現在、椎名たちを閉じ込めているからで、そうでなければこうも身軽には動けない。それは私についても言えることだった。私は溜息を吐く。電卓を取り出した。
「麒麟さんの依頼金額、また成功報酬は?」
「合わせて百万」
「……」
この、金銭感覚のバグった頭を一瞬、殴りたくなった。私はポチポチと電卓を叩く。
「良いでしょう。では、こちらの金額をコトノハ薬局に報酬として頂けるなら同行しましょう」
「世知辛いっ」
「何を抜かす、この、金風呂でゆだり切ったぼんぼんが!」
「俺、流石にお金の風呂とかには入ったことないよ……」
麒麟が、些か、傷ついた顔をしている。少し言い過ぎたかもしれない。そのあたりで、家人がわらわら集まって来た。聖、劉鳴殿、芳江、撫子、楓、摩耶、景、かささぎもいる。
「何々、何や楽しそうなお話ですかあ?」
全く楽しくはないが、訊く本人はにこにこと楽しそうな顔だ。撫子は皆でわいわい盛り上がるのが好きだ。
「今度、麒麟さんの同行として、Ⅾ私立高等学校の旧校舎に行くことになりました」
「きゃあああああ」
ん? 今、誰が悲鳴を上げた? 首を巡らせれば、そこには客間の端に避難した芳江の姿。……震えている。
「そ、そこってあれですやん! 出る、言うて有名なとこですやん!」
「芳江、うちらも一緒に行かんか? おもろそうやないか」
「阿呆抜かせっ。行きたいんなら撫子だけで行って来い! 俺は心霊スポットとか、大嫌いなんや」
ははあ。芳江、苦手なんだ。……これは土産話をたんと聴かせてやらねば。
「こと様が行かれるのは決定事項ですか」
「そうだよ、聖さん。奥さん、借りるね?」
「こと様が行かれるのであれば、僕も行きます。念の為に銀浄を持って行きましょう」
ああ、うん。まあ。この成り行きは予想の範疇と言うか、仕方ない。聖にも譲る気はなさそうだ。
「それは心強いけど、お金はことちゃんと約束した分しか渡さないからね!」
「構いません」
「でも、俺がピンチの時にはことちゃんだけじゃなく、俺のことも守ってね!」
「…………」
天才陰陽師って何だっけ。景が珍しく騒がしい客間に残ったまま、茶を飲んでいる。恐らく、摩耶を危険な話に近づかせない為だろう。
「姉さん、俺も行かなくて大丈夫?」
こう訊いて来る弟が可愛い。その頭をよしよしと撫でる。
「大丈夫ですよ、かささぎさん。留守を頼みます」
「劉鳴さんはいかんでええんですか?」
「僕? 僕はお化けに興味はありません。こう、ピチピチした、生きた娘さんなら大歓迎ですがっ」
皆の目が白ける。尊敬すべき筈の師匠が、どんどん俗っぽいエロ親父化してきていることが、私には嘆かわしい。
「じゃあ、来週末の正午。菅谷の車で迎えに来るね」
どこまでもブルジョワな麒麟は、やはり金の風呂に浸かっていると思う。彼が帰る段になって姿を現した水草が、主の不始末を詫びるように頭を下げ、麒麟の後を健気にも追いかけて行った。
麒麟「なんで最近、後書き増えてるの?」
こと「『美食牢』を書き終えた九藤が寂しがってるらしいですよ」
麒麟「病人なら大人しくしてろよ。金曜だっけ。リニューアル新連載も始めるんでしょ?あいつ死期を早めたいの?てか、そっちの作品も後書き、こんな感じになるわけか」
こと「死にそうな人間は意外とずぶとく長生きしますよ。あっちの作品は、ドシリアスなので、後書きが差し控えられるそうです」
麒麟「コトノハ薬局って何なの。あ、今回からオカルトになるから、改めてことちゃん、よろしくね☆」
芳江「きゃあああああああ」
こと・麒麟「「…………」」
聖「麒麟くん」
麒麟「なに?」
聖「もし、こと様に傷一つでもついたその時には」沈黙
麒麟「待って、そこで黙らないで。逆に怖い!!」
こと「三倍返し?」
麒麟「ことちゃん、テレビないのに意外とよく知ってるよね」




