そういう日もある
朝、目覚めたら。または真夜中。夢の中でやり合いましたとの事後報告が多い。陰陽師に夢パトロールを頼んでいる以上、致し方ないことではあるのだが、こちらが手出し出来ない領分での戦闘報告をされると、心配が先立つ。麒麟たちにしろ、由宇たちにしろ、日本屈指の術者なのだから、万一のことはあるまいと思うのだが、相手も相手である。殊に椎名たちを幽閉している現状、どうしても心中穏やかならざるものになるのは仕方ない。
それは良いとして。
由宇と佐保子が仕合ったと聴いた翌朝、麒麟がある男の首根っこを摘まんでずずいと私の前に押し出した。
「……おはようございます。麒麟さん、いらしてたんですね。師匠。何をやったんですか」
みー、とか細く鳴く仔猫の声が聴こえてきそうな有り様である。
「僕は只、耀さんの顔を一目見ようと……」
「このおっさん、夢の牢獄に力技で入り込もうとしたんだよ! もう! 呪術で編み上げられた空間が、どんだけ繊細で維持に気を遣うか解ってんの!? ことちゃんからも劉鳴さんによく言っておいてよね!」
ぷりぷり怒りながら朝食の席に着く麒麟の、生成り色の髪をぼんやり見ながら脱力する。日射の強い秋の好日。朝っぱらからなぜ師匠格の人間に説教をかまさなければならない。私は、とりあえず劉鳴殿の首根っこを引っ張り、ずるずると縁側まで引き摺って行った。正座させる。これではどちらが師匠なのか解らない。
「思い上がったか最強野郎」
「ことさん、言葉遣いが。仮にも僕は師匠ですよ」
私は腹の底に溜まっていた息を深く吐き出す。
「それなら師匠らしい振舞いをしてください。椎名さんたちの扱いに、麒麟さんたちがどれだけ神経を遣っているか、お解りでしょう。お嫁さん候補とかちゃらい理由でぶち壊すのは感心しませんよ」
劉鳴殿が両手人指し指をつんつんくっつける。
「だって僕、強いもん」
「もんとか言うな! 師匠が最強なのは知っていますよ。でもそれは、あくまで現世、剣術の世界においての話でしょう! 門外漢がプロの領域を荒らすなと言ってるんです!!」
「あ、僕、呪術フィールドにも干渉出来ます」
「は?」
「はい。言ってませんでしたし、流石に麒麟君たち程のレベルじゃないですけど」
「…………」
どれだけ規格外なのだ、この男は。道理で耀を嫁候補と堂々、明言する訳である。当の耀にとっては迷惑この上ない話だろうが。
「まあ、でも僕、強過ぎてちょっと虚しいんですよね」
「はあ」
「今の僕に伍する可能性があるのは、ことさんくらいでして寂しいんですよ」
最強の、孤高に立つ者の宿命か。劉鳴殿は庭のほうに目を遣る。
「だからお嫁さんが欲しいんですよねえ……」
うん。最後はやっぱりそこに帰結するのか。私は孤高の師匠の白髪をよしよしと撫でた。
「その内、茜翁とか、雅さんとかと仲良くなれるかもしれませんよ」
「じいさんばあさんは嫌だ!」
「抜かせ五十路!」
全く。せっかく、人がフォローしてやろうとしているのに。とりあえず説教は切り上げて、私たちも朝食の席に着いた。鯵の味醂干し、出汁巻き卵、茸の白和え、茸具沢山の味噌汁。食卓の上も段々と秋めいてきている。話題は昨夜の由宇の活躍と劉鳴殿の悪戯に終始した。
「高原佐保子を退却させるとか、由宇君も聞きしに勝るよね」
麒麟は滅多なことで人を褒めない。本人が天才だからである。その麒麟をしてここまで言わせるのだから、由宇の実力の高さが窺えると言うものである。由宇は静かに微笑するだけ。控え目なものだ。
「夢の牢獄ってモーニングスターでも壊せますか?」
味噌汁を飲みながらの撫子の質問に、麒麟と昴が同時に顔をひきつらせた。
「……基本的には不可能だけど、コトノハ乗せの撫子ちゃん並みの膂力でぶつかったらどうなるか解らないから、絶対に試してみようとは思わないでね!」
ふむふむ、と納得している撫子の袖を、芳江が引っ張り、小声で「あかんで撫子」、と言っている。ぶっとんだ許嫁を持つと苦労する。わいのわいのと賑やかな朝食を終えて、私は聖と散歩に出た。護衛の為と言い、劉鳴殿がついて来たがったが、聖に珍しくご遠慮ください、と言われて渋々引き下がった。椎名たちの身柄は抑えてあるし、今はそれ程、防御に神経を遣う必要はない。閑静な住宅街を歩きながら、聖が私の右手に指を絡めた。
「あの家は賑やかで楽しいですが、僕は時々、こと様と二人になりたいのです」
うん、解る。
そして、だからそういう伴侶を求める劉鳴殿の言動も、困ったことに理解出来ないものではないのだった。
劉鳴「エリ・エリ・レマ・サバクタニ!」(※キリストが磔刑に処せられる時に言った、「神よ、神よ、私をお見捨てになるのですか」という言葉)
こと「宗旨替えですか、師匠」
劉鳴「ほっといてください、ことさん。お嫁さんがいない僕は、絶望してるんです」
こと「今度は『絶望先生』ですか?シュールで面白いですよね。私も好きです。何でいるんですか、隼太さん?」
隼太「俺に訊くな。気づけばここにいた」
こと「それ、きーちゃんの為の、九藤の計らいですよ」
隼太「ああ、きーちゃ、…………誰だと?」
劉鳴「黄札さんでしょう。『ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる 』の」
隼太「知らん。帰る。振り回されるのは不快だ」
こと「そんな隼太さんでも気に入ってくださっているそうですので、まあそう仰らず。撫子さんもお茶を持って来てくれるそうなので」
隼太「エリ・エリ・レマ・サバクタニ!」
こと「あなた無神論者ですよね」




