独りだと寂しい
大海の傍、動かずにいてから、時が過ぎた。硝子戸の向こうが赤く染まっている。
「こと様。そろそろ、ご入浴を。僕が代わりますから」
聖がそう言ってくれて、やっと腰を上げる。身体の関節のあちこちが痛い。
「片時も気を抜かないで。磨理さんの後を追わないよう、見ていてください」
「承知しております」
私は後ろ髪を引かれる思いで大海の部屋を後にすると、洗面所に向かった。洗面所のドアを内側から閉め、着物を脱いで浴室に入ると、不意にがくん、と力が抜けた。
まっとうな在り様だったとは思えない。しかし、長年、磨理の喪失に絶望し、狂気に陥っていた大海が、やっと見つけた灯火だった。それは急拵えの、脆いものだったかもしれないけれど、間違いなく大海は幸せそうだった。笑っていた。掛かり湯をする。熱い刺激が心地好い。髪を洗い、足の指先から浴槽の湯に浸ける。湯に入り、改めて自分がどれだけ張り詰めていたか判る。私は、大海を通して傷ついていたのだ。聖を嘗て亡くした絶望を、ありありと思い起して――――――――。
「ことさん?」
浴室の外から声が掛かりはっとする。楓だ。
「ことさん、私も入って良い?」
私は泣き笑いのような顔になっていたかもしれない。
「ええ、もちろんです」
目元を拭い、答える。少しして、若木のような少女が入って来た。楓が目を右に左に動かす。
「ことさん、独りだと寂しいかと思って」
私は浴槽から上がり、楓が掛かり湯をした後、洗髪をする。細く柔らかい髪の毛。こんなものにさえ命が宿っていると感じる。私は、しばらく無言で、指の腹で楓の頭皮をよく洗った。こうすると、この子は大変、気持ちよいと言うのだ。
「磨理さんには、もう会えないの?」
「会えません。もう二度と」
言い方がきつかったかと思ったが、楓はそっか、と呟いただけだった。
「大海さんが、悲しいね……」
居間の上座で、茜翁が閉じていた目を開けた。
「音ノ瀬磨理の魂、逝ったな」
畳に胡坐を掻いていた椎名が目を瞠る。
「えー、マジ? 誰がやったの?」
「音ノ瀬隼太」
「あーあー。そう。そういうことね」
茜翁が左目で椎名を見遣る。
「得心が行くようだな」
椎名が肩を竦めた。
「ファザコンでマザコンだからさ。こんなこともあるかなって」
「それより茜翁。次の手はどうすんの。敦盛、取り戻さなきゃでしょ」
耀の言葉に茜翁は顎を撫でる。
「敦盛は良いとして……菅谷兄弟の乱行は目に余る。少し、痛い思いをしてもらうかな」




