何度でも
縁側に座り流れる雲を見ていると、大海が浮かない顔つきでやって来た。
「どうされました?」
「磨理が、いつも一緒にはいてくれないんだ。触れようとしても避けられて」
「……恥ずかしがっておられるのでは」
「夫婦だよ? 隼太に言っても聴いてくれないし」
それは隼太も返答に困るだろう。もう、磨理は亡くなった人であり、いつも一緒にいることも、触れることも出来ない。大海は当初、そのことを了解していたようだったが、気紛れな狂気がまたもや彼を蝕んでいるらしい。
「……磨理さんは、現世の人ではないから」
私は、大海の双眸にしっかり視線を据えて言う。このコトノハの処方は大事だ。じっくり、大海の中に浸透するように。
「何を言ってるんだ?」
大海がきょとんとした顔をする。ここで怯んではならない。
「彼女は亡くなられています。貴方が今、逢っているのは幽体です」
大海の腕が素早く伸び、私の首を絞めた。万力のような力だ。息が出来ない。
「磨理は死んでいない。彼女を虚言で貶めるな……っ」
たまたま、そこに聖が通り過ぎていなかったら、私はどうなっていたか解らない。聖は大海の腕を遠慮のない力で引き剝がし、私を後ろに庇った。咳き込む私の背中をさすってくれる。温厚な聖だが、大海のこの行為に関しては許容出来ないものがあったようだ。静かな中にも怒気が感じられる空気を纏う。
「こと様に当たるのは止めろ」
「彼女が悪いんだ。磨理が死んだなんて、酷い嘘を言うから」
「それは真実だ」
「君までそんな嘘を言うのか」
『止めて、止めて、大海』
ふわりと姿を現した、ワンピース姿の磨理は涙ぐんでいた。幽霊の身体構造はどうなっているのだろう。もう肉体もないのに、その涙はきららかに光り大海の腕に降り注いだ。
「磨理」
『ことさんたちの言う通りよ。私はもう死んでいるの。ここには、霊場を設えてもらって、存在出来るだけ。だから、触れることも出来ないの』
「――――嘘だ。嘘だろう? 磨理」
『本当よ。ねえ、大海。私は、貴方や隼太に逢えるだけでも満足。幸せなの。例え触れることが出来なくても、私たちは家族よ。傍にいるわ』
大海は、ぼう、とした顔になり、磨理に触れようとした。触れられない。肉体は幽体を通り過ぎるだけ。泣き笑いのような表情が浮かび、磨理は触れられない夫を形ばかり抱き締める。
「……ああ、磨理。感じるよ。肉体でなくても、君を感じることは出来る。そっか。上賀茂で話したね。霊場を作ってもらうって。駄目だな、僕はすっかり、忘れていたよ」
それは磨理の死が、何より大海の許容し難いことだからだろう。止むを得ないことではあるのだ。今は正気を辛うじて取り戻したが、この先もそうだと言う保証はない。その度に、大海が喪失を味わうかと思うと、遣り切れないものがある。磨理が、私を見ている。弱々しく微笑んだ。それでも彼女は、大海と共にいられて、姿を見せることが出来て幸せなのだと、その笑みが言っている。私は、大海を抱き締める磨理を、更に覆うように抱き締めた。感触はなく、儚い空気だけがそこにあった。




