怖がり
椎名は京都山奥、社家の生まれだった。両親を早くに亡くし、長老たちに育てられた。物心ついた時から呪術を叩き込まれ、育った。長老たちは現身ではないが、一人だけ、生身の人間がいて、彼が椎名を社会的な面においても育成した。椎名の育ての親と言っても良い。彼らの間に、温かな肉親の情は薄かった。薄くはあったが、確かにそれはあった。長老たちは日本を呪術で操る傀儡国家にしようと目論んでいた。彼らの理想に、椎名も、また、耀たちも取り込まれた。聡い椎名は、長老たちの目的も、その空虚さにも早くから気づいていたが、彼らに従った。椎名にとって、世界は〝玩具〟だった。長老たちの意に沿っていれば、楽しめるだろうと言う、子供じみた思惑が彼の行動指針だった。彼は呪術の呑み込みが良く、山々の中を天狗のように駆け回り、伸び伸びと育った。耀も小栗も紗雪も、共に育った幼馴染だ。敦盛だけは長老が途中で連れて来たので、年は上だが新参者と言う印象が拭えなかった。椎名は、世界を愛していた。春の桜も、夏の緑陰も、秋の紅葉も、冬の雪も、世界は全て美しい。そんな世界は彼にとって、格好の〝玩具〟だった。長老たちが命じれば人殺しも厭わない。だって、人は世界程に美しくはないのだから。殺すことに躊躇はなかった。
居間の和室で頬を冷やしていると、耀が傍に来た。
「茜翁?」
「うん。逃がしちゃったからね。お冠」
おどけて両手人指し指で鬼の角を作る椎名に、耀が眉をしかめる。
「あんただけの責任じゃないのに」
「リーダーだからさ。一応」
耀は荒っぽい溜息を吐くと、座ってゲームを始めた。
「流石は菅谷ってとこね」
ゲームをしながら口を動かす。
「菅谷の兄弟はかなり鉄壁だ。相手取るのは怖いよ」
「九倉は?」
「それも怖い」
「高原」
「今は味方だからその例えは無意味だけど、やっぱり怖いねえ」
「どれもこれも怖いんじゃない」
「そりゃそうさ。俺は怖がりだから」
耀は未だに椎名の性格が掴めない。彼は、剽軽な性格であると同時に、高い矜持の持ち主だ。そんな人間が、仕損じがあったとは言え、茜翁の打擲されるに甘んじている。不可解だ。もしかしたら、と耀は思う。もしかしたら椎名の中では、茜翁でさえ手駒なのかもしれない。自分や、紗雪たちと同様に。それは耀にとって複雑な推測だった。茜翁はまだ良い。自分や紗雪、小栗たちをも駒として扱うのであれば、耀は椎名との付き合いを考え直す必要がある。冷房の入った居間にも、電灯には蛾が群がって羽音が煩い。耀がそう思っていると、椎名がすい、と右手を動かした。
「焔の子」
蛾が燃え上がり、死骸が畳に落ちる。
耀はその死骸を見つめる。
こんな風に。
いつか自分たちも焼かれるのだろうか。




