表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
コトノハ薬局  作者: 九藤 朋
神代ひもろぎ編 第三章
784/817

生きている彼女

 深夜、呼び鈴の音が鳴り響いた。

 私を始め、皆が電気を点けて起き出して来る。麒麟と昴、隼太と、そして大海が疲弊の気配を漂わせて入って来たので、客間に招き寄せる。大海奪還の首尾は上手く行ったらしい。磨理の姿はないが、大海がいると言うことは、この家の敷地内にはいるのだろう。彼女を迎えるべく、由宇と奈苗に霊場足り得るよう、計らっておいてもらっていた。

「何はともあれ、お疲れ様でした。風呂を沸かしますので、お入りください。何か召し上がりますか?」

「お握りでも何でも良いから頂戴。後、何か飲み物」

 麒麟の注文に応じて、冷やご飯を温め、胡麻塩お握りを幾つか作る。具は梅干しとおかかだ。撫子が冷えた緑茶をその間に振舞う。埃と喧騒の漂う男たちに寛ぐよう言って、拵えたお握りを出すと、凄い勢いでなくなった。彼らは、戦場から帰還したのだ。大海を見る。やつれたような様子はない。良かった。風呂が沸くと、まずは大海と隼太を入れ、次に麒麟と昴を入れた。入浴して人心地ついたのか、客間に再び姿を現した彼らは、うちに来た当初よりも落ち着いた顔つきだった。

「今日はうちにお泊りください」

「うん。悪いけど、そうさせてもらう」

 麒麟がくあ、と欠伸をする。菅谷邸には比べるべくもないが、それなりに部屋数があって良かったと思うのはこんな時だ。事の経緯は明朝にでも聴くとして、私たちは新たな寝床を設え、自分たちもまた、再び眠りの床に就いたのだった。


 翌朝、麒麟たちは遅くまで寝ていた。強行軍だ。疲れているのだろうと、私たちは急かすことなく、彼らを寝かせておいた。平日だったので、楓を学校に送り出す。遅くに起こしてしまいすみませんでしたねと詫びると、彼女はかぶりを振って、大海さん、帰って来て良かったと言った。子の成長は著しい。聖と一緒に午前中、庭の草抜きなどしていると、ようやく麒麟たちが起き出して来た。私は家に上がり、手を洗って摩耶たちと彼らに今度は朝食の準備をした。とは言ってもシンプルなもので、卵かけご飯、薄揚げと大根の味噌汁、焼き鮭と大根おろしである。それから、桃を剝いて出した。黙々と平らげる彼らを見て、大の男だなと思う。

「ああ、ご馳走様!」

 麒麟たちは手を合わせて、満足の体であった。昴はそんな弟よりは控え目で、隼太と大海は、以前と変わりない。本当に、戻って来たのだなと感慨が湧く。それから、京都での顛末を聴いた。

「会敵が椎名だけだったのは幸運だったな」

 昴が食後の緑茶を飲みながら評する。

「まあ、元々、隠密行動だったしね。総当たり戦は、今回の趣旨に反するし」

 麒麟が頷く。

 蝉が鳴いている。いつも通りの賑わいだ。空には白雲がゆったりと流れ、しかし酷暑は和らいでいない。今も冷房を強めに入れている。緩和した空気が心地好い。それもこれも全て、菅谷兄弟の尽力の賜物だ。私は彼らに厚く感謝した。そんな風に和んでいると、ずっと黙っていた大海が口を開いた。

「磨理はどこ?」

「ここに来ているから逢えるわ」

 答えたのは、座卓に兄と着いていた奈苗だった。

「場を調節したの。磨理さんがいやすいように。だから、また逢えるわよ、大海さん」

 大海は、その時になって初めて奈苗の存在を認識したようだった。顔を輝かせる。

「有り難う。じゃあ磨理も、家の中で食事したり出来るね」

 ここで、妙な沈黙が下りた。大海の言動の奇異を、誰もが感じたのだ。大海は、〝正気ではない〟。磨理を霊体として認識しておらず、常人として捉えている。彼の中で、磨理は生きているのだ。そのことを察した皆が複雑な表情になり、客間は縹色の靄が漂うようだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 愛する者の死は容易には受け入れられない。ましてや霊体とはいえ姿が見え言葉を交わすことができるならなおのこと。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ