生きている彼女
深夜、呼び鈴の音が鳴り響いた。
私を始め、皆が電気を点けて起き出して来る。麒麟と昴、隼太と、そして大海が疲弊の気配を漂わせて入って来たので、客間に招き寄せる。大海奪還の首尾は上手く行ったらしい。磨理の姿はないが、大海がいると言うことは、この家の敷地内にはいるのだろう。彼女を迎えるべく、由宇と奈苗に霊場足り得るよう、計らっておいてもらっていた。
「何はともあれ、お疲れ様でした。風呂を沸かしますので、お入りください。何か召し上がりますか?」
「お握りでも何でも良いから頂戴。後、何か飲み物」
麒麟の注文に応じて、冷やご飯を温め、胡麻塩お握りを幾つか作る。具は梅干しとおかかだ。撫子が冷えた緑茶をその間に振舞う。埃と喧騒の漂う男たちに寛ぐよう言って、拵えたお握りを出すと、凄い勢いでなくなった。彼らは、戦場から帰還したのだ。大海を見る。やつれたような様子はない。良かった。風呂が沸くと、まずは大海と隼太を入れ、次に麒麟と昴を入れた。入浴して人心地ついたのか、客間に再び姿を現した彼らは、うちに来た当初よりも落ち着いた顔つきだった。
「今日はうちにお泊りください」
「うん。悪いけど、そうさせてもらう」
麒麟がくあ、と欠伸をする。菅谷邸には比べるべくもないが、それなりに部屋数があって良かったと思うのはこんな時だ。事の経緯は明朝にでも聴くとして、私たちは新たな寝床を設え、自分たちもまた、再び眠りの床に就いたのだった。
翌朝、麒麟たちは遅くまで寝ていた。強行軍だ。疲れているのだろうと、私たちは急かすことなく、彼らを寝かせておいた。平日だったので、楓を学校に送り出す。遅くに起こしてしまいすみませんでしたねと詫びると、彼女はかぶりを振って、大海さん、帰って来て良かったと言った。子の成長は著しい。聖と一緒に午前中、庭の草抜きなどしていると、ようやく麒麟たちが起き出して来た。私は家に上がり、手を洗って摩耶たちと彼らに今度は朝食の準備をした。とは言ってもシンプルなもので、卵かけご飯、薄揚げと大根の味噌汁、焼き鮭と大根おろしである。それから、桃を剝いて出した。黙々と平らげる彼らを見て、大の男だなと思う。
「ああ、ご馳走様!」
麒麟たちは手を合わせて、満足の体であった。昴はそんな弟よりは控え目で、隼太と大海は、以前と変わりない。本当に、戻って来たのだなと感慨が湧く。それから、京都での顛末を聴いた。
「会敵が椎名だけだったのは幸運だったな」
昴が食後の緑茶を飲みながら評する。
「まあ、元々、隠密行動だったしね。総当たり戦は、今回の趣旨に反するし」
麒麟が頷く。
蝉が鳴いている。いつも通りの賑わいだ。空には白雲がゆったりと流れ、しかし酷暑は和らいでいない。今も冷房を強めに入れている。緩和した空気が心地好い。それもこれも全て、菅谷兄弟の尽力の賜物だ。私は彼らに厚く感謝した。そんな風に和んでいると、ずっと黙っていた大海が口を開いた。
「磨理はどこ?」
「ここに来ているから逢えるわ」
答えたのは、座卓に兄と着いていた奈苗だった。
「場を調節したの。磨理さんがいやすいように。だから、また逢えるわよ、大海さん」
大海は、その時になって初めて奈苗の存在を認識したようだった。顔を輝かせる。
「有り難う。じゃあ磨理も、家の中で食事したり出来るね」
ここで、妙な沈黙が下りた。大海の言動の奇異を、誰もが感じたのだ。大海は、〝正気ではない〟。磨理を霊体として認識しておらず、常人として捉えている。彼の中で、磨理は生きているのだ。そのことを察した皆が複雑な表情になり、客間は縹色の靄が漂うようだった。




