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コトノハ薬局  作者: 九藤 朋
神代ひもろぎ編 第三章
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水も滴る

 椎名たちの隠れ家は森の中の樹のように佇んでいた。

 外はもう夜の帳が下りて、電気の明かりが路上の星と化している。麒麟たちは近くの旅館から夜闇を縫って隠れ家まで辿り着き、そこで菅谷に伝わる『見ぬの(あや)(ごろも)』と言う呪具を使い、隼太一人を潜入させた。『見ぬの綾衣』は一人分しかない。麒麟と昴は隠れ家の周囲に陣取った。かくして、隼太は屋内の隅々を歩き回る自由を得、大海がいる部屋に通じる空間も、彼特有の直感で探り当てることに成功した。そして、彼がそこで見たのは、思いもかけぬものだった。大海は想定内だ。それが目的で来たのだ。だが、磨理の姿には、日頃、なまなかなことでは動じない隼太でさえ、瞠目せざるを得なかった。磨理は瞳を潤ませて、隼太に歩み寄った。

『隼太? 隼太ね?』

 数十年振りの抱擁は無情にもすり抜ける。しかし、気配は確かに交わった。

「隼太。磨理も連れて行きたいんだ」

「……」

 隼太は頭を目まぐるしく回転させた。なぜ、母が。いや、それは抜きにして、彼女はここから出られるのか。出られたとして、大海と連れて行くと言う離れ業が出来るのか。菅谷兄弟の助力があれば、或いは。

「……こっちに来い」

 大海に命じた声は掠れた。それが、我ながら忌々しい。自分だけならまだしも、大海と磨理の霊体がこの部屋を出れば結界が作動し、椎名たちに感知される恐れがある。そうした事態を想定して、昴たちから教わった真言を唱える。

「インダラヤ・ソワカ」

 勝負事必勝の真言である。結界を弱体化させるくらいの効力はあるだろう。最初からこの真言を用いなかったのは、多用することで真言の力を薄れさせることを恐れたからである。隼太は父と、母を連れて部屋を出た。白い空間を通る。気づけば虫のすだく庭に出ていた。龍の髭が濃い緑を茂らせている。そっと、用心しながら表門に回る。住人たちに気づかれた様子はないが、まだ気は抜けない。門を潜り、麒麟の待つ街灯まで行き着いて、初めて詰めていた息を吐いた。麒麟は、磨理の姿を見て、察したようだ。お疲れ、とだけ言った。後は昴と合流するだけだが、そこで麒麟がふと眉間に皺を寄せた。

「見つかったな、昴」


 昴は家の裏手に待機していた。裏門から隼太たちが脱出して来ないとも限らない。そこで、出て来た椎名と鉢合わせた。互いに互いを敵と認識する。

「紫具羅」

 銀色の毛並みが美しい、狼の式神を呼ぶ。紫具羅は牙を剝いて椎名に飛び掛かった。すんででかわした椎名が、大きく間合いを取る。

「虎」

 動物の害を受けない咒言を唱える。紫具羅の勢いが弱まる。椎名の姿を見失ったようにきょろきょろする。昴は次の攻勢に出た。

「大」

 言いながら回し蹴りを放つ。体術は、幼少期より呪術と共に父より叩き込まれていた。椎名が腕を交差させて防ぐ。こちらも格闘で負けてはいない。カウンターを狙う。拳、肘、脚などを駆使した攻防戦となる。

「タチタ・アンラケイ・ダヤニキャレイ・ミレイキレイ」

 水神・弁財天の真言を昴が唱える。途端、二人がいる場所にだけ、局所的に豪雨が発生した。椎名がその勢いに怯んだ一瞬の隙に、昴は消えた。水はまだ降り続けるが、弱まってきている。椎名はびしょ濡れだ。


「やれやれ。水も滴る良い男ってね」


 濡れそぼった昴は麒麟たちと合流し、追手から逃れるべく、先を急いだ。旅館は元より菅谷の息の掛かった場所だ。深夜にチェックアウトする手間も省き、京都駅に向かった。



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