鉄の女
玲一が三人の息子を連れてやって来た。珍しくそれぞれの都合がついたらしい。紅落つる晩夏の暮色は迫力がある。玲一を筆頭にした美形家族の顔触れもまた、迫力がある。予め来ることは連絡で解っていたので、私は座卓に酒肴の用意をしておいた。
「大海君のことは心配ですな」
くい、と盃を傾けて玲一が言う。藤一郎が父親の酌をしている。玲一だけではなく、盆を除いても、うちに顔を出す一族の人間はいて、そのいずれもが今の事態を憂えるコトノハを述べていた。結界に覆われた現状は、それだけ異常事態と言うことだ。
「僕たちにも呪術の素養があれば良かったのですが」
茄子の辛し和えを口に含み、藤一郎が愁眉を見せる。言っても詮無いことではあるが、言わずにはいられないのが人情だ。
「そう言えば晃一郎さん。恋人はいつ紹介していただけるのですか?」
水を向けたら晃一郎が飲んでいた酒を吹いた。咳き込んでいる。頬が薄赤くなり、可愛い奴だなあと思う。
「いえ、お見せする程のものではなく」
「またまた」
「御当主。こいつは私たちにも紹介しないのですよ。余程、独り占めしたいと見える」
玲一の薄ら笑いは、完全に息子をからかう父親の顔だ。秀一郎は口を挟まず、静かに飲食している。お利口さんめ。
「著名人では誰に似ています?」
更にいじってみる。こうしたカンフルは今のような時には必要だ。
「え、ええと、――――サッチャー」
「……」
一同が沈黙した。
鉄の女である。どういう趣味をしているのだ、晃一郎。やがてサッチャーの舅になるかもしれない玲一は盃を干す。表情が変わらないのは流石で、彼もまた鉄の男と言える。頑健であるのは良いことだ。怖い女性でなければ良いなあ。すると、それまで黙っていた秀一郎が口を開いた。
「そう言えば近く、良い刺身が手に入りそうなのです。そしたら酒と一緒に参上しますよ」
「有難いですが秀一郎さん、繁忙期なのでは」
鼈甲ぶち眼鏡をくい、と上げる。
「だからこそ色々貰い物もありまして。ご心配には及びません」
休みがなければスケジュール調整をして拵えるのが秀一郎だ。相変わらず尽くす秀一郎に、私は返すものがない。玲一が、私の盃にそっと酒を注いだ。気配りの出来る男たちだ。
「本来であれば我々もこちらに詰めたいところなのですが……」
私は微苦笑する。
「流石に定員オーバーですからね。お気持ちだけ頂いておきます」
蝉がまだ鳴いている。早くお眠り。生き急ぐな。
けれど彼らにも生き急ぐ事情があるのだ。
台所では他の住人たちが夕食を始めている。私たちの話に遠慮しながら、ささやかに賑わっている。こんな人の賑わいが私は好きだ。隼太だけはその輪に加わらず、紫陽花色をぽつねんとさせているが。大海が隣にいないだけに、余計、侘しく見えてしまう。やがて芳江や聖たちもこちらに加わり、期せずして飲み会になった。息が抜ける時は抜けば良いのだ。今回のような長期戦の場合は尚更である。命が零れなければ良い、と、皆の顔を見ながら思う。鉄の女でも何でも良い。晃一郎が照れながら恋人を紹介しに来る日が、やって来ると良い。それは束の間の平和に微睡む夢想だった。




