こんなにも星が綺麗な夜に
大海より高い上背。がっしりした体つき。柄シャツに黒いスラックスを穿いた小栗は、いくつものピアスを着けて、オードトワレの匂いがする。大海は迷わなかった。
「倒」
「祝上奉る」
凄まじい威力の蹴りが飛んで来た。大海は腕を交差させてガードするが、身体は後退した。生身の脚ではない。呪力で覆われている。大海も接近し、拳を繰り出すが、紙一重で避けられる。
「裂」
素早くコトノハの威力が増すよう、念じながら処方すると、今度は効いた。小栗の身体から血がしぶく。小栗は舌打ちすると、大海のみぞおちを狙い肘を出した。コンクリートの塊のような頑丈な肘は、大海が後退して勢いを削がなければ、そのままノックダウンしていただろう。
「インダラヤ・ソワカ」
「オン・バザラ・ユダ」
戦勝祈願の真言がぶつかり合う。効力は相殺された。再び肉弾戦にもつれ込む。
大海の顔面を狙った小栗の拳は、もろに入った。大海が吹っ飛び、鼻血が流れる。受け身を取るので手一杯だ。拳にしろ肘にしろ脚にしろ、呪力が籠められてあるので、なまじな武器より当たれば命取りだ。
「猿沢の池に大蛇がすんでおわします、この水たむけるときは、はれず痛まず、あとつかず。アビラウンケンソワカ」
本来であれば火傷を治す呪文だ。しかし大海はそれを応用した。今はコトノハよりこちらのほうが効力があると判断した為だ。大海の高い適応力こそ、椎名たちが欲して止まないものだった。
「エリートだな」
小栗は一言、評すると夾竹桃の茎を根こそぎ折り取って、大海にぶつけた。視界が効かなくなる。そこを回し蹴りで狙う。大海は後ろに跳んだ。後退が多くて恰好がつかないが、この場合は仕方ない。小栗の攻撃は一撃必殺。避ける他に手がない。避けつつ、大海は地面に規則性のある足踏みを成していた。戦闘しながら、かわしながら、小栗はまだそれに気づいていない。やがて完成した巨大な九字が足元から光を発して小栗を包み込んだ。
「型破りにも程があるだろ……っ」
大海はもう、小栗には構わず、敷地内から出ようとした。結界が当然のように張ってあるが、破れば良い。
「アー・バー・ラー・カー・キャー」
これも応用だ。本来であれば用途の違う梵字を、結界破りに使うのだから、大海の力は出鱈目である。
もう少しで出られる。
大きな門を潜ろうとした。
「逃がさないよ」
振り向くと、椎名と耀、紗雪が立っている。
「派手に暴れ過ぎ」
耀は呆れた口調だ。大海は窮した。こんなにも星が綺麗な夜に、音ノ瀬本家に戻ることを希求しているのに、それが叶わない。いくら大海でも、椎名たち三人相手では勝ち目はない。
「あんたりをん、そくめつそく、びらりやびらり、そくめつめい、ざんざんきめい、ざんきせい、ざんだりひをん、しかんしきじん、あたらうん、をんぜそ、ざんざんびらり、あうん、ぜつめい、そくぜつ、うん、ざんざんだり、ざんだりはん」
大海の隙を突いて椎名は咒言を唱え、一拍手した。大海が気絶して倒れ込む。意識が薄れゆく前、磨理が泣きながら駆け寄って来るのが見えた。
誰かに呼ばれた気がした。
縁側の定位置で梅酒を飲んでいた時。
「どうなさいましたか?」
「いいえ、何も」
聖に答えて、私はまた梅酒を口に含んだ。星の綺麗な夜だ。大海もこの空を見ているだろうか。八月は思うところが多い。両親のこと。音ノ瀬隼人のこと。そして戦争のこと。戦中戦後、人々の苦難を見過ごしに出来ず、音ノ瀬当主は一族に人々を助け癒すことを特別に許可した。今でも伝わる『癒の解禁』である。軍部に目をつけられても、それを果敢に実行に移した当時の音ノ瀬を誇りに思う。軍部で飼い殺しにされていた音ノ瀬隼人は何を思っただろう。表の歴史には記されていないが、あの戦禍の中、術師もコトノハ遣いもそれぞれに奔走した。力の別なく、手を携えて協力したことさえあったのだ。それを思うと、今の状況はとても悲しい。出雲はともかく、伊勢とは、そして椎名たちとは敵対している。大海が無事に帰ることを切に希望する。彼は傷ついた大きな動物だ。優しくしてやらねばならないのだ。硝子戸を開ける。
「大海さん。無事でいてください。何とか、救出の手立てを講じますから」
温い微風が頬を撫で、大海からの返事はなかった。
祝・百万字達成!
読者の皆様に厚く御礼申し上げます。長い道のりでしたが、ここからも気を緩めず、皆さまのお心に叶うような薬局としていくべく邁進いたしたいと思います。




