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コトノハ薬局  作者: 九藤 朋
神代ひもろぎ編 第三章
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物陰の花

 月日の経つのは早いもので、もう日が短くなってきている。私は打ち水を終え、家に入った。今日は少し涼しいので、浅葱色の着物を纏っている。薄暮の紫が激しいくらいに美しい。私は入浴して、夕食の準備に取り掛かった。私が台所に行く頃には、既に摩耶と撫子がいた。客間では奈苗と楓が何やらお喋りしている。茄子の素焼き、胡瓜と大根のバジルソース炒め、セロリの梅酢和え、カマスの塩焼きなどを用意する。芳江の自己回復能力は驚異的で、撫子は今では全く彼のことを心配していない。たくましいものだと感心する。食事が出来たら皆を呼んで食卓を囲む。隼太の隣の不在が寂しい。当の隼太は、無頓着に日本酒を呷っている。不安はないのかと尋ねると、あいつがそんなやわなものか、と返る。信頼と考えて良いのだろうか。冷房を入れた室内での食事は涼しく心楽しい。食事が終わると、後片付けをして、皆、それぞれの場所に行く。私は言うまでもなく縁側に。よく冷やした梅酒をロックでちびちび飲む。団欒の中に欠落している大海は、誰もが口に出してこそ言わないものの、空虚を感じさせる。


 大海は檻からの脱出を試みた。磨理だけでも先にと思ったが、結界が彼女の逃亡を邪魔すると知り、その結界を壊すことも考える。白い部屋に鍵などは掛かっておらず、自由に出ることが出来る。しかし、ここから先、どう道を辿れば良いのかが解らない。何しろこの建物は茫漠として誰かが見ている夢のようで、円筒状の部屋に行く時ですら一人ではままならなかった。目を閉じる。脳裏に出現する光の線を辿るように道を進む。右へ左へ。真っ直ぐ。ひたすら真っ直ぐ。その内、勘で辿れるようになった。

 カツン、と言う音が響き、大海は目を開け、慌てて物陰に隠れた。いつの間にか彼は日本家屋の敷地内にいた。外は満天の星空で、こんな場合でもなければ見惚れてしまいそうだ。ハイヒールの音の主は、やはり耀だった。庭の飛び石の上を歩いている。大海が物陰と思ったのは夾竹桃の茂みだった。耀はカツ、カツ、とそのまま歩みを進める。何かに苛立っているのか、眉間には皺が刻まれていた。大海の鼓動が早くなる。彼女の腕は知っている。そして、ここには他の仲間たちもいるのだろう。脱出することの困難を思う。せめてこのまま、耀を遣り過ごすことが出来れば。耀は夜歩きを気紛れに楽しんでいるようだった。ボブの黒髪が風に靡くのを軽く押さえる。彼女は星を数えるように上空を見ていた。


「何でこんなとこにいんの?」


 大海は一瞬、息が止まった。自分のことを言われたのだと思った。しかし、耀は身体の向きを、大海とは異なる方向へ変えた。

「椎名」

「星が綺麗だなと思って」

 浅黒い肌に、髪の毛の紫が目立つ若い男が立っている。あれが椎名か。大海は内心、大きく息を吐く。

「そんなロマンチストだっけ。――――長老たちに何か言われた?」

 椎名が軽く笑う。

「いつものお小言さ。音ノ瀬聖はまだか。音ノ瀬大海は使い物になるのか。そんなとこ」

「煩いじじいたちね」

「まあ、そう言わない。年寄りは短気でせっかちなものさ」

「消えてしまえば良いとも思うわよ。私は」

「あれでも必要なのさ。術師の束ね役だ」

「ふうん……」


 椎名と耀が話しながら屋内に入り、大海は肩の力を抜いた。


「お前、何やってんだ?」


 真横から、声が響いた。



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